■アメリカ東海岸音楽便り〜ボストン響のコンサート・レポートを中心に

2002-2003 シーズンを振り返って
私が選んだボストン響年間ベストコンサート。だが・・・

ホームページに戻る
アメリカ東海岸音楽便りトップページに戻る


January 25, 2003 8:00 PM

Sir Neville Marriner, conductor
Lynn Harrell, cello
Boston Symphony Orchestra
Symphony Hall
Boston, MA

TIPPETT : Concerto for Double String Orchestra
ELGAR : Cello Concerto
VAUGHAN WILLIAMS : A London Symphony (Symphony No.2)

このコンサート、発表された当初はロシアの巨匠スベトラーノフさんが指揮する予定でしたが昨年5月の彼の突然の死により指揮者、および曲目が変更になってしまいました。私としては当初の予定通りマーラーの交響曲第一番を演奏してほしかったのですが、イギリスの指揮者ネヴィル・マリナーさんにはこのオールイングランドプログラムが相応しいであろうと思います。

最初のティペットの作品はタイトルどおり弦楽器群だけによる作品ですが、弦楽器だけでもかなりの数の演奏者が舞台に上がりバイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスと舞台前から奥に順番に並んでいる様を見るのは壮観でした。またそれらが一斉に音を出すと弦楽器だけによる渋い憂いを帯びた響きがホールを満たし、とてもいい感じでした。曲自体には初めて聴いたせいもありましょうがピンとくるものはありませんでした。

2曲目はエルガーのチェロ協奏曲です。今回の演奏会でチェロの独奏を担当したのはアメリカのチェリスト、リン・ハレルさんです。昔写真で見た長髪のイメージがあったが今ではすっかり頭の毛も寂しくなりいいおじさんといった感じです。体格は指揮者のネヴィル・マリナーさんと比べるとかなり大きく、チェロが小さく見えたほどでした。しかしその大きな体に似合わずその演奏は大変丁寧で、繊細で美しい音をそのチェロから引き出していました。エルガーのチェロ協奏曲というと私にはどうしてもデュプレさんの激しく心を揺さぶってくるような名演奏が耳に染みついているため、比較するとその迫力、情熱等は物足りなく感じましたが、これは比較するものが悪いのでしょう。ちなみにリン・ハレルさんの愛器はそのデュプレさんが使用していたチェロのひとつだそうです(もうひとつは現在ヨー・ヨー・マさんが使用)。第四楽章に入ってからやや疲れてきたような感もありましたが最後は気力を振り絞り素晴らしい音楽を造ってくれました。オーケストラは派手ではありませんが伴奏だけに踏みとどまらず、金管群がドスの利いた音を響かせるなど自己主張していたと思います。聴衆の拍手に応えて珍しくソリストがアンコールを演奏したのには驚きました。

休憩を挟んでのヴォーン・ウィリアムズは記憶に残る名演でした。指揮者のネヴィル・マリナーさんはメインのマーラーをこの曲目に変更しただけにこの曲に賭けていたのではないでしょうか。決して有名な曲ではありませんが聴いていてどんどんと音楽が心に響いてきました。分けても第二、第四楽章は本当に素晴らしかったと思います。思わず涙ぐんでしまいました。なんていい曲なのだろうと感じさせてくれました。これは演奏家にとってもっとも重要な仕事だと思いますがなかなかそういった演奏に出会うことは出来ません。指揮者はもちろん今日のボストン交響楽団は私が聴いた中でベストの状態でした。これは私の仮説にすぎませんが、メジャーな曲でないことがかえって幸いしたのではないでしょうか。ボストン交響楽団ほどのメジャーなオーケストラであってもこの曲を演奏することはそう多くないことだと思います。もしかすると多くの若い演奏者達は初めて演奏したのではないでしょうか。よってかなりの時間練習し、しかも新鮮な気持ちで演奏できたのでないでしょうか。もちろんマリナーさんの力も大きいと思います。彼がこの曲の良さを楽団員達に伝えたのでしょう。そうでなければいつも気のない音を聞かせる管楽器群奏者達があんなに生き生きと演奏するはずがないからです。マリナーさんは決してスター的な指揮者ではなく、どちらかというと地味なイメージが強い指揮者ですがこれからも注目しなければならないと感じました。

そういったわけで素晴らしい名演奏を聴かせてくれたマリナーさん、ボストン響の団員方々には感謝の気持ちでいっぱいなのですが、一つこの感動の演奏をぶち壊したものがありました。この交響曲は最後ピアニシモで消えるように余韻を残して終了するのですが、聴衆の一人がそのピアニシモの中で携帯電話を鳴らしたのです。しかも滑稽な着メロで!その場にもっとも相応しくない雑音は音楽を著しく傷つけてしまいました。本来ならば最後の和音が消えた後しばらく間をおいて爆発的な拍手があったであろうにどこかシラッとした空気が流れてしまいました。これには本当に怒りを感じました。日本でも「ブラボー野郎」や早すぎる拍手などが問題になっていますが、アメリカの聴衆のマナーは残念ながらそれ以下です。このことはまたいずれ詳しく書きたいと思います。この日の演奏会のことは心震える名演奏とこの苦い思いを伴って私の中に残ると思います。

《私のお気に入りCD》

ヴォーン・ウィリアムス:ロンドン交響曲(交響曲第2番)
リチャード・ヒコックス指揮ロンドン交響楽団
CHANDOS(輸入盤 CHAN 9902)

 マリナーさんものではありませんが、このロンドン交響曲には素晴らしい演奏があります。ヒコックスさんによる指揮のものです。第一楽章冒頭から共感あふれた響きが充満し、第二楽章の憂いのある、またどこかなつかしい響きも心にしみます。ドビュッシーの『海』を思わせるような響きも登場します。第三楽章は人懐っこいメロディー満載で魅力的。『笑点』を思わせる楽しいメロディーにはヴォーン・ウィリアムスさんのにやりとした顔が浮かんできそうです。第四楽章は悲劇的響きとそれを否定し鼓舞するかのような響きが幾重にも重なりながら盛り上がり頂点を築きます。そして心の平安を取り戻し最後は静かに消えるように終わります。
透明感ある素晴らしい録音、愛情を感じるブックレットも含め、イギリス音楽をあまり聴かない方(私もその一人なのですが)にも聴いていただきたい名演奏です。


(2003年5月15日、岩崎さん)