■アメリカ東海岸音楽便り〜ボストン響のコンサート・レポートを中心に

フェドセーエフ指揮ウィーン響のベートーヴェンを聴く

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ウラディーミル・フェドセーエフ指揮ウィーン交響楽団

2003年11月5日 午後8時〜
マサチューセッツ州ボストン、シンフォニーホール

オール・ベートーヴェン・プログラム

今回は、フリート・ボストン・セレブリティー・シリーズの一つである上記のコンサートに行ってまいりました。今シーズンはベルリン・フィル、ウィーン・フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウ等の錚々たるオーケストラがアメリカ公演を予定しているのですが、残念ながらボストンの地は訪れません(涙)。しかし、ウィーン響は上記のオーケストラほどメジャーではありませんが、それだけ国際化しておらず、ウィーンのベートーヴェンが聴けるのではないかと期待しています。また指揮者のフェドセーエフさんは、私はCDを含め今回が初体験となるのですが、巷の評判はなかなかよろしいようなので楽しみにしてこのコンサートに出かけたのでした。

まず最初、オーケストラが今まで見慣れた配置と違うのに気づきます。舞台の左側から右側に、第一バイオリン、チェロ、ビオラ、第二バイオリンの順に並び、コントラバスが、舞台最後方に横一列に並んでいました。いわゆる対抗配置と言うやつでしょうか。当然、低音部が舞台中央から聞こえてくることになります。しかしそれだけでなく、ウィーン響の音色は独特でした。ボストン響やニューヨーク・フィルとは明らかに違います。決して輝かしい音ではなく、ほの暗くややくすんだ印象のある響きで、色でいうと深緑といった感じです。

プログラム最初の曲はベートーヴェンのバイオリン協奏曲。妻が大変楽しみにしていた曲です。フェドセーエフさんは大変ゆったりとしたテンポをとって進めてゆきます。語尾がボワンと広がるようなユニークな響きで、切れがないのか、意図してそうしているのか(きっと、後者でしょう)、ともかく変わっていました。ズナイダーさんのバイオリンは以前ゲルギエフ指揮のブルッフのバイオリン協奏曲で聴きましたが、今回は曲との相性が良くないのか以前ほどのいい印象はなかったです。大きな体からは想像できない、とても繊細な音を出す彼のバイオリンですが、今回は線が細すぎたと思います。高音部では相変わらず美しい音を聞かせる部分もあったのですが、中低音部は音がやせているように感じました。もっと豊かに響いてほしい部分がいくつもありました。音程が不安定な部分もありましたから調子が悪かったのかもしれません。唯一の見せ所は第三楽章のカダンツェでそこだけは良く回る指で豪快に盛り上げていました。フェドセーエフさん率いるウィーン響は終始ゆったりとしたテンポで、でしゃばることはありません。豪快なカダンツェを受けた後もマイペースに進みまったく煽ることもなく曲を終えました。妻にはかなり不満が残ったようです。

後半の「エロイカ」は、前半の演奏から想像してゆったりとしたテンポで悠々と進めていくのかと思っていたのですが、予想をまったく裏切ってくれました。爆発するような、しかも厳しい二つの和音が響き、曲が始まりました。私の持っているCDでこれに一番近い表現はシューリヒト指揮ウィーン・フィルによる演奏です。とにかく、その最初の予想外の一撃に見事にやられた後は、フェドセーエフさんの演奏に完全に鷲掴みにされてしまったのです。前半のバイオリン協奏曲とはオーケストラの響きもぜんぜん違っていて、もっとギュッと凝縮した密度の濃い物になっていましたし、その切れのある厳しい音は常に胸に迫ってくる物がありました。第一楽章は速めのテンポで一気呵成に進みました。楽章前半押さえ気味だったティンパニが皮も破らんばかりに一気に爆発したをはじめとして、後半部の畳み掛ける迫力は誰もが興奮するものでした。第二楽章が厳かになるのは普通ですが、こんなに宗教的、神懸り的だった演奏は初めて聴きました。オーボエの心のこもった音にはじまり、弦楽器群の重心の低い真に力のある音、決して大げさにはならないが迫力ある金管の咆哮。それらがばらばらになることなく積み重なっていく様は圧巻でした。感涙を禁じえませんでした。妻も含め周りの人達も涙ぐんでいました。第三楽章は再び、切れ味鋭い勢いのある演奏。ホルンの三重奏も決してハデではありませんが、過不足なく鳴っていました。第四楽章もまさに交響的な音楽で、オーケストラの内側から続々と曲が噴出してくるような興奮を覚え、体がゆれそうになる衝動を抑え、じっとしているのがつらいほどでした。唯一、本当に唯一、物足りなかったのは最後のコーダの部分がなぜか小型になってしまったことです。しかし、この偉大な演奏の前では些細なことに過ぎません。私は言いたい「ありがとう」と。こんなに感動する音楽を聴かせてもらったのは久しぶりです。妻もこの曲がこんなに凄い曲だったと初めて気づいたと関心しきりでした。帰り道で、第二楽章の葬送行進曲について、「こんな演奏をかけてもらうには、よほどのことをやり遂げた人でないといかんわな〜」と言ったのには頷くほかありませんでした。

ところで、アンコールが一曲ありました。舞台上にエロイカでは使用しないハープが置いてあったので、何かするだろうとは予想していました。この感動の「エロイカ」の演奏の後では、正直蛇足ではないかと最初は思いました。しかし、冒頭のあまりにも有名な、「美しき青きドナウ」の旋律が聴こえ、拍手喝さいがホール内に満ちると、私たちも嬉しくなってきて、腰を据え演奏に耳を傾けました。そして、この演奏がまた単にアンコールだけに終わらない、楽しくも優雅な素晴らしい演奏でした。ここ数年、テレビで聴いたウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートの同曲よりもずっと良かったです。

終演後、フェドセーエフさんに今日のすばらしい演奏のお礼を言うため舞台裏を訪ねました。私たちがお礼を述べた後、フェドセーエフさんは私たちが日本人と知ると、日本語で「さようなら」といって見送ってくださいました。帰る道々、私は決心しました。是非、また彼の演奏を聴かねばならないと。

《私のお気に入りのCD》

ベートーヴェン:交響曲第3番変ホ長調 作品55「英雄」
ジャン・フルネ指揮東京都交響楽団
Fontec(国内盤 FOCD 9151)

ここ2〜3年で、私が購入した《エロイカ》で一番感心したCDがこのフルネ指揮東京交響楽団の演奏です。フェドセーエフさんの演奏と違い、テンポはとっても遅く、抉るような迫力はありません。しかし静かな祈りを内に秘めつつ、粛々と気品を持って進めたこの演奏もまた深い感動を誘います。


(2003年11月16日、岩崎さん)