■アメリカ東海岸音楽便り〜ボストン響のコンサート・レポートを中心に

オペラって素晴らしい! その三
メトで「トスカ」を観劇する

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 パヴァロッティ・フェアウェル・コンサート

 

プッチーニ:歌劇「トスカ」

ジェームズ・レヴァイン指揮メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団

  • トスカ:キャロル・ヴァネス(S)
  • カヴァラドッシ:ルチアーノ・パヴァロッティ(T)
  • スカルピア:サミュエル・レイミー(Bs)

演出:フランコ・ゼフィレッリ

2004年3月6日 午後8時〜
ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場

 

最初にお断りしておきますが、私はパヴァロッティさんに特別な思い入れがあるわけではございません。単にミーハーなだけです。オペラは聴き始めて日の浅い私ですが、さすがにこの人の名前だけは昔から存じておりました。声を初めて聴いたのは確か1994年のアメリカでのサッカー・ワールドカップでの開幕式か何かでの「三大テノール」と銘打たれたコンサートのテレビ中継だったでしょうか。確かそのときのライブCDの売り上げは爆発的だった様に記憶しておりますが、私は試聴器で少し聴いただけで結局は買いませんでした。あれから10年、夢の共演はその後も、フランス、日本でのワールドカップで再現されました。そんなパヴァロッティさんも近年は声の衰えがささやかれるようになっていました。そしてついに2005年10月12日の70歳の誕生日に引退のラストコンサートを行うことが発表されました。このラストコンサートに向けてのファイナル・ワールド・ツアーは今回のメトでの「トスカ」3公演以後になるとのことで、メトの舞台に立つのは今回が最後になるとのことです。

今回のチケット、実はあらかじめ手に入れることは出来ませんでした。一般発売当日に電話をしたのですが、すでに完売。どうやら企業やパトロン、定期会員の方々がすでに買い占めてしまったようです。そこで見つけたのがスタンディング・ルーム・チケットと言う方法です。その名の通り立見席ですが、メトでは毎週土曜日の朝、当日の土曜日の分から翌週の金曜日の分まで一気にこの席が発売されます。これを今回手に入れてようやく観ることが可能となりました。

ちょっと話はそれますが、苦労話をさせていただくと、この立見席、朝10時から発売ということで、私は朝の7時に着くように出かけました。私の先入観ではアメリカ人は並んでまで何かを買ったり、待ったりしないだろうというものでした。しかし甘かったです。私に与えられた番号は163番。4時にはもう並んでいた人がいるんだとか・・・。実際にチケットを見るまでは、本当に手に入るのかドキドキしながら待ち続けたのですが、無事、ファミリーサークル後方(要するに最上後方部)の立見席を買うことができました。お値段はなんと15ドルです!!後で聞いた話ですと、立見席の数は250程あるとのこと。それならそんなに心配する必要なかった!?ちなみに私の妻はそんなに朝早く並んで、しかも立ち見なんて我慢ならんというので、同じ時間帯に隣のエヴリフィッシャー・ホールで行っていましたニューヨーク・フィルの定期公演に放り込んでゆきました。曲目はドヴォルジャークのチェロ協奏曲とバルトークのオーケストラのための協奏曲。それはそれで素晴らしかったのだそうな。実はそちらにも多少未練があったのですが・・・。みなさまならどっちのコンサートに行きますか?

閑話休題・・・。

私が言うまでもなく「トスカ」は素晴らしいオペラだと思います。そしてなんとも言えない悲劇だと思います。主要な出演者3人(カヴァラドッシがかくまった友人アンジェロッティも入れると4人か!?)が物語の最後までに死んでしまうのですから・・・。このどうしようもない悲劇を美しくも豊饒に支えていくのがプッチーニの天才的な音楽です。これまた本当に奇跡的な融合だと思います。

今回の公演、パヴァロッティさんのメトにおけるフェアウェル・コンサートということで最初から会場全体が異様な雰囲気に包まれていました。彼が最初に舞台に姿を現した瞬間、拍手と「ブラボー」の嵐です。それが収まるまで演奏が数分間中断されました。歌う前からこれですから、もう彼が歌い終わるたびに大喝采です。その肝心の歌ですが、私には・・・。今回の公演をもってパヴァロッティさんの歌声を代表させるのは酷と言うものでしょう。ここに今回集まった聴衆のどれだけの人が過去に彼の歌声を聴き感動を与えられたのかは分りませんが、それらの人たちにはきっと自動補正機能が備わっていて昔日の素晴らしい歌声が聴けたのに違いありません。これは何も嫌味で言っているのではなく、このすさまじい熱気の大喝采を見て本当にそう思ったのです。もちろん今までの偉大なる貢献に対しての感謝の意を込めた拍手もあっただろうとは思います。しかしこの熱狂に入りそこなった私はなんとなく疎外された気持ちでした。

実際パヴァロッティさんはかなりつらそうでした。多分この長舞台を立って歌うことはもうすでに不可能なのでしょう。その動きは最小限に抑えられ、ほとんどの場面座って歌っていました。それでも第一幕から苦しそうな場面が続き、第二幕では渾身の「ヴィクトーリアー」の叫びの後、ほとんど声が出なくなりました。第三幕は今回の公演で唯一パヴァロッティさんの歌声が輝いていた場面かもしれません。それもトスカ演じるキャロル・ヴァネスさんと、レヴァインさん率いるオーケストラの献身的な支えがあってこそでしょう。

そのキャロル・ヴァネスさん、このフェアウェル・コンサートの相手役に選ばれただけあってパヴァロッティさんをフォローしつつも素晴らしいトスカを演じてくれました。「スカルピア、神の御前で!」というトスカ最期の叫びには背筋がゾクゾクとさせられました。そしてもう一人の影(でもないかな・・・)の功労者はスカルピアを演じるサミュエル・レイミーさんであったことは疑いのないところです。その本当に憎々しい、それでいて冷徹なスカルピアは私には主役二人以上の印象が残りました。

ゼフィレッリの舞台演出は言うまでもなく豪華絢爛で文句の付け所がなく、メトの広い舞台の左右、奥行きを有効に使っていました。特に第一幕ラストの物量を総動員した舞台演出はプッチーニの劇的な音楽とレイミーさんの素晴らしい声も加わり、その部分だけで別世界へと誘ってくれました。

今回はパヴァロッティさんのメトでのフェアウェル・コンサートということで、彼の歌声にかなりの期待を込めて聴きに行ったわけですが、残念ながらその本当の実力を味わうまではいたらなかったようです。しかし世紀の大スターの生の舞台に接することが出来たのは、これからも私の財産になりそうです。パヴァロッティさんの生の歌声を聴く機会は、私にはもうないでしょうが、彼には多くの録音が存在しております。幸い私にはまだまだこれから時間がありますから、これらのお宝をこれからゆっくりと楽しんでいきたいと思います。とりあえず手始めは、名盤の誉れ高い「ラ・ボエーム」と「蝶々夫人」から聴きましょうか・・・。

 

2004年4月22日、岩崎さん