ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団来日公演2006

2006年11月27日(月) 19:00
倉敷市民会館

文:青木さん

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ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
指揮:マリス・ヤンソンス

 

■ 演目

2006年来日公演プログラム

ベートーヴェン:劇音楽「エグモント」序曲

ベートーヴェン:交響曲第8番 ヘ長調 作品93

ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 作品95「新世界より」

アンコール

  • ブラームス:ハンガリー舞曲第6番
  • ドヴォルザーク:スラヴ舞曲第15番(第2集Op.72〜第7番)
 

■ はじめに

 

 会場の倉敷市民会館はそこらの市民会館や文化会館とは異なり、リッパな建物でした。古びてはいますが、それが時を経たことによる風格を醸し出していて、陳腐さや貧乏臭さはありません。コンセルトヘボウ管の演奏会場としては、京都コンサートホールなどよりむしろ似合っております。

2006年倉敷プログラム

 ロビーでは、梶本音楽事務所製のものとは別に、地元主催者が作成したパンフレットが500円で販売されていました。首席ヴィオラの波木井賢氏の寄稿があったりして、なかなか内容充実。こういうものを入手できることと、割安に設定された料金が、地方公演のメリットといえましょう。

 今回選んだ座席は1階のほぼ中央という、いたってノーマルな位置。19,000円のS席です。客席はほぼ満席に近い盛況で、京都より西の公演はここだけとあって、相当広範囲から集まったのかもしれません。主催者が招待したという制服姿の中高生も多く、開演前のにぎやかさが目立ちました。

 

■ 前半

 

 「エグモント序曲」冒頭の合奏に度胆抜かれるような電撃。暖かい質感と木目細かな密実感、落ち着いたブラウン〜ゴールド系の音色…なんという美しさ!マッシヴな迫力!これですよこれ!といきなりのクライマックス到来に鳥肌が立ちます。ヘボウによるこの曲にはハイティンク指揮の完璧なる録音があり(交響曲全集にフィルアップされた唯一の序曲)、フィリップス録音芸術の最高峰の一つだと思っているのですが、まさにそれを髣髴とさせるような超極上サウンドが、この倉敷市民会館に現出したのでした。演奏内容も堂々たる威容を誇るもので、グッと凝縮された集中力に満ち、劇的表現やメリハリなどすべてが理想的な名演です。個人的にはティンパニの音色が少々冴えなかったのがマイナスながら、それを除けばまったく文句なしでした。

 続く交響曲第8番も基本的には同じアプローチだけに、この重厚さや恰幅のよさがそぐわぬ面も多々あって、完成度は劣ります。それでも、変な表現ですが伸縮自在という感があるオーケストラの表現力と瞬発力は最高でしたし、音色の素晴らしさも含めて、満足度の高いものでした。弦楽合奏のこの密実感は、コントラバスが左で第二ヴァイオリンが右という対向配置の影響もあるのでしょうか。全体では60人ほどの編成で、重すぎず軽すぎずの適正規模だったと感じました。

 

■ 後半

 

 20分の休憩中にコントラバスが左側に移され、編成の拡大だけでなく奏者の一部交代も経て、後半が始まります。コンマスはアレクサンダー・ケール(彼は退団したはずでは?)から新任のリヴィウ・プルナルーに、ティンパニはニック・ウォルドからマリヌス・コムストに代わり、フルートのエミリー・バイノンやトロンボーンのイヴァン・マイレマンスも登場、しかしファゴットの女の子(推定:ヘルマ・ヴァン・デン・ブリンク)は降り番に。一昨日の同曲と比べても一部メンバー入れ替えがありました。今回のようにほぼフルメンバーで来日する場合の、こういう分担はどうやって決めるのでしょうか。各人の希望や適性が加味されるのか、それとも優秀な奏者が後半のメインプロを担当するだけなのか。

 さて、ホールが異なるとはいえ同一オーケストラによる同一曲を、裏側から聴いた二日後に正面で聴くというのは、当然ながら初めての体験。まるで推理小説の解決篇を読むような感じでした。やはりA席とS席の違いだけのことはあり、演奏の正しい姿がきちんと伝わってきたようでして、これはもうまったくもって充実しきった名演であると痛感…という結果です。ま、個人的には、第1楽章提示部のリピートがないことと、細かいクレッシェンドや緩急づけなどが作為的に感じられたことが不満といえば不満だったものの、それはRCO自主制作CDと同じだったので予測の範囲内。細かい技術的ミスも皆無ではありませんでしたが、そういったことよりも、実演を聴いて大いに感銘を受けたことが重要です。もちろん眠気を覚える暇などあるはずもなく、最初から最後まで引き込まれっ放し、聴き慣れていたはずのこの曲が新鮮にさえ感じられ、とにかく満足、でした。

 アンコール曲は京都公演と同じ。ただハルサイの後ではなかったので、スラヴ舞曲の前に何人かが途中参加するのがやや興ざめでしたが。

 

■ おわりに

 

 オーケストラの名技と合奏美はいうまでもありません。特に印象深かったのはヴィオラ・セクションの充実度。あとは第2楽章のイングリッシュ・ソロが絶妙でしたねぇ。奏者の女性は演奏後に盛大な拍手を受けていましたし、コンマスから(彼に渡された)花束を贈られる場面も。また、各楽器のブレンド感や全体の同質感はやはり正面から聴くほうがずっと強く感じられ、この面では一昨年よりさらに進化しているようにも思えました。演奏が終わって全員が起立し拍手に応える際に揃って客席のほうを向くというのはヤンソンスのアイディアだといいますが、バイエルンと掛け持ちをしているヤンソンスは、ほぼ専任に近かったシャイーほど多くの時間をアムステルダムで過ごせないからこそ、オーケストラのよい関係を築くいろいろな努力や工夫をしているのでしょう。その結果の「アットホームな雰囲気」がいい形で演奏に反映されているかのような、素晴らしい演奏会でした。やはり背後から聴くだけでは不十分ですね。

 

■ 余談

 

 開演前と休憩時間中に注意を促す場内アナウンスがあったにもかかわらず、「新世界」の開始直前に客席のどこかで携帯電話の着メロが鳴ってしまいました。棒を振り上げたその瞬間に気を逸らされたヤンソンス、一瞬客席を振り向いたあと、仕切り直しのような感じに。演奏中でなかったのが不幸中の幸いでしたが、電波遮蔽装置を設置していないあたり、やはり昔のホールはいかんです、と前言撤回。むろんマナー違反の客がいちばんイカンのですけど。

 

(2006年11月29日、An die MusikクラシックCD試聴記)