ビゼーの交響曲第1番を聴く

(文:青木さん)

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CDジャケット

ビゼー
交響曲第1番 ハ長調
組曲「子供の遊び」作品22
ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音:1977年9月8日 コンセルトヘボウ、アムステルダム
フィリップス(国内盤:ポリグラム PHCP24018)

 

■ 曲について

 

 当「コンセルトヘボウの名録音」の選曲は、どうも独墺系に偏った傾向があるようでして。ほかには露系や東欧系が少々と、マイナーな英国物まであったりするのに、コンセルトヘボウ管の重要レパートリーであるフランス音楽が「幻想交響曲」だけというのはどういうわけか。このオーケストラが演奏するラヴェルやドビュッシーに独特の深い味わいがあることは皆様ご存知の通りながら、他の作曲家によるフランス物は、実はほとんど商業録音がありません。そこで今回は数少ない貴重な録音、ハイティンクのビゼー・アルバムを採りあげてみます。

 交響曲のほうは弱冠17歳のビゼー青年が習作のつもりで作曲し、自らお蔵入りにしていたという作品。破棄されて存在しない交響曲が他に二曲あるためわざわざ「第1番」と呼ばれることもあるこの曲、ティーネイジャーの習作とは信じられぬほど魅力的な楽曲だと思います。グノー、ロッシーニ、モーツァルト等の影響があるとのことですが、第2楽章中間部はベートーヴェン第5番の第3楽章ですね。昔、出谷啓氏がFM誌の連載記事でこの曲を評して「ヤング向きシンフォニーの最右翼」。”ヤング”の後に”(←死語)”と入れるべきでしょうか。

 「子供の遊び」は同名のピアノ連弾曲から5曲を選んでビゼー自身がオーケストレーションした曲ですね。シンプルながら味わい深く、これも大好きな作品です。

 

■ 演奏の感想

 

 ハイティンクとコンセルトヘボウ管による恰幅のよい堂々たる演奏は、あまりにリッパすぎて交響曲の曲想にふさわしくないのではないか。という意見もたしかにあるでしょう。爽やかでフレッシュなこの若書きの作品は、もっと軽妙でハツラツとした表現のほうが似合いそうです。しかしながらこれはこれで聴き応えがあり、大いに楽しめる演奏です。オーケストラの暖かく色彩的な音色を活かした、ユニークな名演といえるのではないでしょうか。

 それにも増して素晴らしいのが「子供の遊び」。ごく短い5つの曲を絶妙に描き分け、深すぎるほどの表現力。しかしこれにも違和感はありません。木質感のある音色の弦を主体にして金管と木管を溶け込ませるという、彼らの常套的ともいえる音楽作りが、最大限の効果を発揮していると思います。

 録音はフィリップス・トーンの最高レベル、アナログ時代の頂点に到達。ワタシは組曲の一曲目「ラッパと太鼓」を、昔からオーディオ・チェックのリファレンス用に重宝しております。ステレオ感→弦の左右の拡がり、定位→木管ソロ、高音の伸び→金管、低音の音圧→低弦、打楽器の立ち上がりのスピードと分離→小太鼓、トータルのアコースティックな雰囲気→全合奏の溶け合いと残響、というように必要なチェック項目が数分の間にすべて出てきますので。

 ところでコンセルトヘボウ管とフランス物の不思議な相性のよさですが、その要因の大半は「木管楽器の音彩」にあると思います。音彩そのものではなく、オーケストラの中での「個性の濃さ」という点で、フランスのオーケストラとも共通点があるように思われるのです。実際にファゴットでフランス式の特殊楽器(バッソン?)を使ったりしているそうですが。

 

■ 聴き較べ
1.マルティノン

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交響曲第1番 ハ長調
ジャン・マルティノン指揮シカゴ交響楽団
録音:1968年4月11日 メディナ・テンプル、シカゴ
RCA(国内盤: BMGファンハウス+タワーレコード TWCL1008)

 併録の「アルルの女」組曲がつまらない演奏だったのでまったく期待しないで聴いたら、その予想は大はずれ。凄くよいではないですか。ハイティンクとは違って若々しい躍動感を感じさせ、速めのテンポでキビキビと進みます。この方向性での成功に大きく貢献しているのがオーケストラの機能性。乱れやもたつきがないのは当然として、細かい部分の粋なニュアンス、ちょっとした表情付けなどもいちいち気が利いており、おそらく指揮者の意図、指示が完璧に再現できているのでしょう。当コンビは相性がよくなかったと言われ、確かにそう感じさせる録音もありますが、最末期にはかような高みに到達していたことを示しているようです。多くの人に聴いてほしいCDですね、これは。

 こういう演奏で聴くと、破棄されたという第2番と第3番がどこかから発掘されたりしないものだろうか・・・とないものねだりをしてしまいます。ああ、いったいどんな曲だったのでしょうか。

 

2.スウィトナー 

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交響曲第1番 ハ長調
オトマール・スウィトナー指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1972年4月10-14日 ルカ教会、ドレスデン
オイロディスク(国内盤:コロムビア COCO70712 輸入盤:Berlin Classics 0090402BC)

 シンフォニーのもう一枚はカペレということで、ワタシにとっての三大オーケストラ揃い踏みとなったのですけれど、これは正直イマイチです。管弦楽の美音も(当時の録音としては)ホルンを除いて薄めですし、なによりオーケストラの個性や曲の魅力が伝わってこないもどかしさが感じられる。原因は指揮者にあるのでしょう。ハイティンクのように恰幅よくマッシヴに構成するのでもなく、マルティノンのように颯爽とセンスよく進めるのでもなく、中途半端というか無個性というか。カペレ450周年記念ボックスにも選定されている録音なんですけどねぇ…。

 ワタシはこの曲に対して、一般に言われているほどにはモーツァルトとの類似性は感じないのですが、モーツァルトと同様のデリケートさがあって、ちょっとしたことで成否が分かれてしまうのではないでしょうか。モーツァルトの素敵な録音を残しているスウィトナーに対して、ハイティンクやマルティノンにはモーツァルト録音がほとんどないのも、興味深いことです。

 

3.マルケヴィッチ 

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組曲「子供の遊び」
イーゴル・マルケヴィッチ指揮ラムルー管弦楽団
録音:1957年11月8,10,11日 シャンゼリゼ劇場、パリ(mono)
ドイツ・グラモフォン(輸入盤:474 400-2)

 鮮烈な「アルル」「カルメン」のステレオ録音をフィリップスに遺したマルティノンとラムルー。去年再発売されたそのCDにはソビエト国立響との「子供の遊び」がフィルアップされましたが、ラムルーとの旧録音はDGのボックスセットに入っています。これまたシャープでブリリアントな名演で、ここまでくるとちっとも「子供の遊び」には聴こえないとはいえ、このハードボイルドな魅力にはたまらないものがあります。

 

(2007年2月13日、An die MusikクラシックCD試聴記)