ヨッフム来日公演のブルックナー

(文:伊東)

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CDジャケット

ブルックナー
交響曲第7番ホ長調
モーツァルト
交響曲第33番変ロ長調K.319
ヨッフム指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管
録音:1986年9月17日、人見記念講堂
ALTUS(国内盤 ALT-015/6)

 意外なCDが発売されたものだ。ヨッフムなど、一部のファンにしか受け入られていないと思っていたのだが、死後10年以上経ってこのようなライブ録音が、しかも国内盤で発掘されるとは。私はこのCDが発売されることを知らなかったので、店頭で売り子さんに教えてもらった時には飛び上がらんばかりに驚いた。なんとなれば、ヨッフムはコンセルトヘボウ管を振って歴史的なブルックナー演奏を繰り広げていたらしいからである。記憶に新しいのは、TAHRAから発売された交響曲第5番のライブ盤。それを知っていれば、ほとんどのブルックナーファンはこのCDに飛びつくのではないか。

 さて、このCDに聴くヨッフムのブルックナーはどうか。はっきり言って、上記第5番ほどの感動は得られない。だとしても、老大家のブルックナー演奏の凄さを見せつける快演であると思う。長さを感じさせないのである。宇野功芳氏は、このCDの解説の中で第2楽章のテンポについて言及し、「こんな遅い第2楽章をぼくは初めて耳にするが、抵抗を覚える人が居ても不思議ではない」と書いている。確かに老ヨッフムは、この第2楽章を実に28分もかけて演奏している。遅いことは遅いのだろう。しかし、この演奏の面白いところは、CDで聴いていても遅く感じられないことなのだ。数値だけを見ればとんでもなく遅く感じられるが、ヨッフムの歩みは別段緩みもない。それどころか、しっかりとした足取りなので、ブルックナーの音楽にじっくり浸れこそすれ、遅くは感じられない。むしろ、私にしてみれば、第3楽章スケルツォの方が変わっている。このスケルツォをヨッフムは11分28秒で演奏しているが、ヨッフムはところどころぐっとテンポを落としている。それはほとんど間延びする寸前。いわゆる寸止めなのだが、それが絶妙である。かえってこの音楽の持つ巨大さやブルックナーの野人的な面や、木訥とした一面が表現されているように感じられる。

 ヨッフムは数値的にはかなりゆったりとした演奏をしている。第1楽章は22分59秒、第4楽章は何と14分55秒もかけている(拍手を含む)。数値だけで判断すれば、ひどくのろまで間が抜けている。会場の聴衆はさぞかし退屈しただろうと考える向きもあるかもしれない。でも、多分、会場では多くの聴き手はブルックナーの響きに酔っていたはずだ。ここに演奏芸術の面白さがある。要は、数値で音楽を語ることはできないのである。どんなに長い演奏であっても、聴き手には短く感じられることだってあるのだ。私が書いたこの感想文を読んでからこのCDを聴く人は、少し不幸だ。できれば、録音データなど見ないで音楽を楽しむべきなのだ。おそらく、ほとんどの人は長さを感じないでこの美しい曲を聴き終えるのではないだろうか?

 ところで、コンセルトヘボウ管についても一言。私を含め、ブルックナーファンは、あの独特の重層的音響や、しみじみとした木管の響きにいつまでも浸っていたいと願っているのではないか? そうであれば、このライブ盤はすばらしい。コンセルトヘボウ管は、「これがライブか?」と疑念を抱かせるほど完璧な技術でこの長大な交響曲を演奏している。特に、ブルックナーが書いた最も美しい音楽である第1楽章は、このオケの上品な響きがじっくり聴き取れる見事な録音となっている。なにしろ、決してメカニカルな音にならない。柔らかく、まろやかに溶け合う響き。こうした音が人見記念で聴けたとは全く驚きである。このブルックナーに聴くサウンドは、彼らの本拠地コンセルトヘボウで録音されたものではなく、極東の地東京で収録されたものなのだ。にもかかわらず、このブルックナーはあたかもコンセルトヘボウで収録されたかのような温かさ、上品さを持っている。当然といえば当然なのだが、コンセルトヘボウ管は本拠地以外でもあの音を出せるということだろう。

 また、録音に携わったのはNHKであるが、どのようにしてこのオケの音を捉えたのであろうか? まさに名人芸である。90年代以降、DECCAやDGから発売されたコンセルトヘボウ管のCDを買ってもこのようなサウンドを聴くことはあまりなくなってきた。コンセルトヘボウ管の音を楽しむなら、80年代までのPHILIPS録音を聴かないとだめなのだろうと私は考えていたのだが、まさかNHKがコンセルトヘボウ管の音をここまで捉える技術を持っていたとは思いもよらなかった。全く驚きの連続である。ヨッフムのブルックナーを楽しむだけでも十分な買い物なのに、コンセルトヘボウ管の音まで堪能できるとは。

 

(An die MusikクラシックCD試聴記)