エニグマ変奏曲を聴く

(文:青木さん)

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CDジャケット

エルガー
エニグマ変奏曲 作品36
(カプリング:「威風堂々」第1,2,4番)
サー・ネヴィル・マリナー指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音:1977年6月23〜25日、コンセルトヘボウ、アムステルダム
フィリップス(国内盤 PHCP-9328)

 

■ 曲について

 

 今回は、あまり人気のなさそうな英国ものを採りあげます。

 エルガー、ブリテン、ホルスト、ディーリアス、ヴォーン=ウィリアムスといった作曲家によるオーケストラ曲の商業録音に起用されるのは、そのほとんどがロンドンをはじめとする英国の楽団ばかり。英国音楽が世間に広く受け入れられにくい理由の一端はそこにある気がします。もちろん例外もあり、その最たる曲はホルストの「惑星」とブリテンの「青少年のための管弦楽入門」ですが、その次はおそらく「エニグマ変奏曲」か「威風堂々」ではないでしょうか。「惑星」や「エニグマ」はベルリン・フィル、ウィーン・フィル、シカゴ響などの欧米メジャーオケも録音していますし、フィリップスによるマリナー指揮コンセルトヘボウ管の録音セッションで選ばれたのもその二曲でした。

 エルガーの交響曲やヴァイオリン協奏曲にはなかなか馴染めないワタシも、チェロ協奏曲と並んで、このエニグマ変奏曲は大好きです。ある本に「この曲とブラームスのハイドン変奏曲は姉妹作」と書かれていて、なるほどと思いました。ハイドン変奏曲も大好きだからですが、オーケストレーションに類似性があるとのことで、確かに音の「色彩感」に共通するものを感じます。しかしハイドン変奏曲にはないユニークな魅力もありまして、それは各変奏曲の標題性です。

 この曲には二種類の「エニグマ=謎」が隠されているという、いかにも英国風の趣向が曲名(愛称)の由来になっていることはご存知の通り。そのうち第一の謎は、各変奏曲で描かれる人物の名前がイニシャルやニックネームでしか示されていないことでしたが、マニアックな人たちが謎解きをしてエルガー本人もその結果を否定しなかったため、謎ではなくなりました。しかも名前だけではなく彼らの個性や嗜好までもが明らかになり、もともとエルガーは各変奏でそれらを細かく描写していたので、この曲は標題音楽になってしまったのです。当初の意図通りに「謎」が保たれていれば、演奏者や聴き手の側にその標題性は理解できなかったでしょう。ドイルやクイーンを生んだミステリーの本場・英国にふさわしいようなエピソードです。

 しかし、エルガーの仕掛けたもう一つの謎は、未だに解明されておりません。それは「演奏されない大きな主題が全体を通じて背後に隠れている」というもので、確かにこの答えを見つけることは難しそうです。

 

■ 演奏について

 

 このマリナーのディスクは以前に当コーナーで採りあげた「惑星」と同時に録音されたものですので、演奏や録音の傾向についてはそこで書いたことがほとんどそのまま当てはまります。全体の感想としては、各変奏の描き分けがあまり徹底されていないということですが、この曲は相当にバラエティに富んだ短い変奏が目まぐるしく連続していく構成なので、このくらいの表現がむしろちょうどよいのではないでしょうか。

 そして、落ち着いた色調の中に典雅な晴れがましさが見え隠れするオーケストラの暖色系の音色が、曲の雰囲気に絶妙にマッチして、たいそう魅力的な演奏なのです。そもそもコンセルトヘボウの個性は英国音楽に向いていると思うのですが、一方でヘボウが得意とするブラームスにオーケストレーションが似ているのだとすれば、この曲とオーケストラとの相性のよさも大いに納得できます。

 

(0)主題

 変奏の主題はエルガーの自作。この曲は「独創主題による変奏曲」が正式名です。美しいと同時にしっかりした実在感のある弦楽器の響きに木管楽器が柔らかく溶け込み、穏やかな表現ながらも主題をしっかりと印象づけます。

(1)C.A.E.〔キャロライン・アリス・エルガー〕

 最初の変奏はエルガー夫人で、愛情に満ちた家庭や夫婦仲を描いているそうですが、主題の部分と同じ雰囲気で続いているのでここまでが主題のようにも思われます。

(2)H.D.S.-P. 〔ヒュー・デヴィッド・スチュアート=パウエル〕

 彼はエルガーの友人のピアニストで、一緒に室内楽を楽しんだといいます。少し神経質な面があったそうですが、冒頭の弦のスタッカートはそれを表しているのか、あるいはピアノのフレーズを模しているのでしょうか。

(3)R.B.T. 〔リチャード・バクスター・タウンゼント〕

 アマチュア俳優の彼は裏声や風変わりな声が得意だったとのこと。おどけた感じの曲想と各楽器の濃い音彩がマッチし、すぐ終わってしまうのがもったいないような演奏です。

(4)W.M.B. 〔ウィリアム・ミューズ・ベイカー〕

 彼は地主で学者、ワーグナーが好きで精力的な人ということで、金管やティンパニが活躍する活き活きとした変奏。たいへん短い曲なので、ここぞとばかりに激しく演奏すると前後のつながりで違和感が生じそうですが、割と抑え目の表現によって自然な感じになっています。

(5)R.P.A. 〔リチャード・ペンローズ・アーノルド〕

 学者であり室内楽の愛好家だったという彼にちなみ、メランコリックな曲調。弦の深い響きが印象的です。

(6)Ysobel 〔イゾベル〕

 これはエルガーのヴァイオリンの弟子だったイザベル・フィットンの愛称だそうです。しかしヴァイオリンではありきたりだとヴィオラに転向したとのことで、ここでも独奏ヴィオラが活躍します。

(7)Troyte 〔アーサー・トロイト・グリフィス〕

 建築家の彼はエルガーの親友だったとかで、そのせいかミドル・ネームが採られています。思いがけないことを言って友人を喜ばせる性格だったようですが、聴く者を大いに喜ばせる曲調であり、演奏だといえるでしょう。「惑星」と同様、左側に位置するティンパニと右側に位置する金管が活躍し、立体的な音響がクライマックスを築きます。圧倒的に素晴らしいサウンド。

(8)W.N. 〔ウィニフレッド・ナーバリー〕

 彼女は18世紀に建てられた館に住む音楽好きのレディということで、クラリネットを中心に優美な変奏となっています。彼女の笑い声と屋敷を描写しているらいのですが。

(9)Nimrod 〔二ムロッド〕

 これはエルガーの親友イェーガー氏の愛称で、物静かな紳士だった彼にふさわしい穏やかな曲調。フィナーレを除けばもっとも長い変奏となっていて、単独で演奏されたりコンピレーションCDに収録されたりもする曲です。ティンパニのトレモロで荘重に盛り上がりますが、わりとあっさりした表現が合奏美を際立たせているように感じます。

(10)Dorabella 〔ドラベッラ〕

 これも愛称で、友人のドラ・ペニーに対してモーツァルトの「コシ・ファン・トゥッテ」の登場人物名を付けたとのこと。間奏曲。

(11)G.R.S. 〔ジョージ・ロバーツ・シンクレア〕

 彼はヘリフォード大聖堂のオルガン奏者だそうですが、その愛犬ダンも登場。なにやら慌しい曲ですが、主人の命で土手から川に駆け下りて急流に飛び込むダンを描いているといいます。

(12)B.G.N. 〔バジル・G.ネヴィンソン〕

 彼はチェリストということで、ここでは素直にチェロをフューチュア。ヴァイオリンのエルガー、ピアノのパウエル氏(第2変奏)とでよくトリオを組んでいたとのこと。

(13)***

 これはイニシャルでさえないので確定はできないものの、作曲当時に航海中だった友人の女性とされているそうです。その根拠になるのが、メンデルスゾーンの序曲「静かな海と楽しい航海」の旋律が引用されている点。友人の平安な航海を祈ったというわけです。ここでもティンパニと金管の立体感が効いています。ティンパニは船のエンジンを表しているという説も。

(14)E.D.U. 〔エルガー〕

 これもイニシャルではなく”エドゥ”で、エルガー本人。キャロライン夫人がエルガーをこう呼んだそうです。エルガー得意の行進曲風に始まり、大きく盛り上がります。冒頭の主題が回帰する構成は常套手段なのでしょうが、このフィナーレ感もブラームスの「ハイドン変奏曲」に似ているように思われるのです。なおこのラストは、初演を指揮したハンス・リヒターに「短かすぎる」とアドバイスされ、100小節ほど加筆されたそうです。

 以上の人物の写真を紹介しているサイトがありました。 そういえばシノーポリ盤のオリジナル・ジャケットは、この人たちが一同に会しているイラストでしたね。

 さて、ここまでマリナーの音楽作りについてはほとんど触れませんでしたが、正直言って特に言及する必要がないといいますか、要するに書くことが思いつきません。これまた「惑星」の場合と同様、このディスクの特徴はコンセルトヘボウ・サウンドしかないように思われるのです。それを確かめるためには、他の演奏と比較してみるのがいいかもしれません。というわけで、いつものように聴き比べをしてみましょう。

 

 他の演奏

 

サー・ゲオルグ・ショルティ指揮シカゴ交響楽団

CDジャケット

録音:1974年5月、メディナ・テンプル、シカゴ
デッカ(国内盤 POCL-5172)

 ショルティはエルガーの多くの作品を首席客演指揮者時代のロンドン・フィルと録音していますが、この曲はそのシリーズとは別に、シェーンベルクの「管弦楽のための変奏曲」とのカプリングによる「変奏曲アルバム」として録音されました。

 残念ながらシカゴ響(及びショルティ)のよくない面が目立つ演奏だと感じます。暖かみに乏しい弦のサウンドには違和感があり、金管やティンパニの硬質で威圧的なサウンドも曲想に合っていません。なにより各変奏のメリハリが効きすぎて、これではせわしなさが先に立ちます。ショルティという人は標題音楽を演奏するときでも標題性にあまり重きを置かない人だと思うのですが、ここでも絶対音楽としてスコアを完璧に再現することを重視したのでしょう。エルガーの友人たちの愛すべきキャラクターがほとんど出ておらず、ワタシの好みには合いませんでした。立派な演奏ではありますが。

 

サー・ゲオルグ・ショルティ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

CDジャケット

録音:1996年4月、ムジークフェライン、ウィーン(ライヴ)
デッカ(国内盤 POCL-1722)

 ショルティの再録音。コダーイ及びブラッヒャーの変奏曲との組み合わせでまたもや変奏曲集、これはライヴ録音された演奏会自体がブラームスのハイドン変奏曲を加えた「変奏曲の一夜」とでもいうべきプログラムだったとのこと。

 ウィーン・フィルということで硬質感がないのは当然かもしれませんが、ショルティがこのオーケストラと1990年にライヴ録音したベートーヴェンは恐ろしくハイ・テンションな激しい演奏で、この人には老境の円熟というものがないのかと呆れたり嬉しくなったりしたものでした。この演奏も強弱や緩急のメリハリは鮮やかで、シカゴ響との旧盤と大差ない音楽作りです。とはいえオーケストラや録音の違いによって、旧盤のような違和感はあまりなく、標題性も多少は感じられたりして、これなら悪くありません。録音も素晴らしいものです。

 

ベルナルト・ハイティンク指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

CDジャケット
ハイティンク旧盤
 
CDジャケット
ハイティンク新盤

1)録音:1973年5月、ロンドン
 フィリップス(輸入盤 432 276-2)
2)録音:1986年8月、ロイヤル・アルバート・ホール、ロンドン(ライヴ)
 LPO(輸入盤 LPO-0002)

 ショルティがこの曲をロンドン・フィルと録音しなかったのは、当時の首席指揮者ハイティンクがフィリップスに入れていたからかもしれません。別資料によると1972年の録音とされていますが、いずれにしてもこの時期にこのオーケストラと録音されたリストやストラヴィンスキーの量感の乏しさと比較すると、意外なほどスケールの大きな演奏と録音になっています。溌剌とした活気も感じられるほど。しかしこれがエルガーにふさわしいかといえば、ショルティ盤と同種の疑問が沸かざるを得ず、むしろリストの交響詩をこんな表現で聴きたかった、とないものねだりをしてしまう始末。微妙です。なおCDはR.シュトラウス「英雄の生涯」と組み合わされていて、最初は両曲の関連がわかりませんでしたが、ライナーノートによるとほぼ同時に作曲・完成されたとのことですし、内容的にも本人や妻が出てきたりして共通するものがあります。

 その13年後のライヴ録音が、ロンドン・フィルの自主制作盤の第一シリーズとして先ごろCD化されました(エルガーとブリテンの曲を集めた一枚)。この新録音の方はどっしりとした風格が感じられる演奏となっており、旧録音とは趣が異なります。遅めのテンポのせいもありますが、やはりこの安定感がこの時期以降のハイティンクの特徴なのでしょう。悪い音質ではないもののオーケストラの色彩感が乏しいのは、放送録音(BBC)の限界かもしれません。なお、最後の箇所などでティンパニが多めに叩いているようです。

 

レオポルド・ストコフスキー指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

CDジャケット

録音:1972年9月、芸術家の家、プラハ(ライヴ)
デッカ(国内盤 POCL-9889)

 珍しい組み合わせの演奏者によるこの録音、ライヴ・レコーディングですが放送録音の類いではなくデッカによる商業録音(フェイズ4シリーズ)です。この演奏会のプログラムは、前半がストコ編曲のバッハで、後半がこの曲とスクリャービン「法悦の詩」だったとか。これをチェコのオーケストラが演奏するというわけで、なんだか脈絡がなさすぎるようですが、楽曲に備わる地域性の表現などストコフスキーの眼中になかったのでしょう。

 そういうわけで、少し妙な雰囲気の演奏となっています。マリナーとシュターツカペレ・ドレスデンによる「ボレロ」を聴いたときの違和感に近いものを感じました。ショルティとは別の表現で各変奏のメリハリを付けており、いろいろと引っかかりがある分だけ退屈はしない演奏ではあるものの、親密な暖かさや穏やかな落ち着きには乏しく、好みが分かれそうです。ただ、弦楽の響きはたいへん美しく、チェコ・フィルの個性は楽しめます。

 

サー・エイドリアン・ボールト指揮ロンドン交響楽団

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録音:1970年8月、ロンドン
EMI(国内盤 TOCE59124)

 これは世評の高いものですが、妙な音質のせいで演奏に集中できませんでした。やけにこわばった弦や木管の音が左側に片寄って聴こえたり、金管がピタッと定位せず左右にぼんやり拡がったり…弦は対向配置のように聴こえるものの、なんだか全体に定位が不自然です。手持ちのCDは2002年に出たart盤で、あるいはリマスターする前の昔のCDやLPの方がマシなのかもしれません。デッカやフィリップスでは考えられないお粗末なサウンドで、これならモノラルのほうがマシです。なおこの後に収録されている「惑星」はまともな音でした。

 演奏の傾向は、その「惑星」とほとんど同じです。スペクタキュラーな演出がまるでない地味な「惑星」には正直もの足りなさを感じますが、しかし「エニグマ」ではその地味さ無作為さがすべてプラスに転じています。そして、オケの音色や録音を別にすれば、マリナー盤にいちばん近い演奏だと思いました。

 

ピエール・モントゥー指揮ロンドン交響楽団

CDジャケット

録音:1958年6月、ロンドン
デッカ(国内盤 KICC8491)

 CD時代になっていろいろなカプリングで出ていた録音ですが、当初はブラームスのハイドン変奏曲とほぼ同時に録音され、LPはその組み合わせだったそうです。この両曲の関連性を考えれば実にまっとうな企画であり、ちなみにヨッフムも同じロンドン響を指揮して同じ組み合わせのLPを作っています(これは別の曲を追加しただけの形でCD化されたばかり)。同じ変奏曲でもショルティのシェーンベルクはやっぱりちょっと違うのではないか?と思わざるを得ません。

 この録音について、カルショーの自伝『レコードはまっすぐに』の中で言及されています。各部分を全体の流れに関連づけて作品全体を見わたすというモントゥーの美点を示す事例の部分で、ほとんどの指揮者が(9)のニムロッド変奏曲を大げさに演奏してフィナーレの影を薄くしてしまうのにモントゥーはそうせず、ずっと軽視されてきたフィナーレを作品にふさわしいクライマックスにした、というのです。

 そんなカルショーの評価を知らずとも、これがたいへんな名演であることは聴けば明らかでしょう。といってもその理由を具体的に述べられないのが我ながら歯がゆいのですが、各部がいちいちツボにはまっているといいますか、細かいニュアンスの付け方が絶妙なのです。暖かみも充分に感じられ、友人たちに対するエルガーの愛情が伝わってくるようです。各変奏の描き分けと全体の統一感とのバランスがまた素晴らしく、とにかく「別格」という印象。もしやモントゥーは第二の「謎」とやらを解明していたのでは?と妄想してしまうほど。

 ちなみにロンドン響のディスコグラフィによると、6月24〜25日にキングスウェイ・ホールで録音され、プロデューサーはカルショーではなくジェームズ・ウォーカー、エンジニアはケネス・ウィルキンソンとのこと。強音部が少し歪むのは残念ですが全体としてはとてもいい録音です。

 

ピエール・モントゥー指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

CDジャケット

録音:1950年10月、コンセルトヘボウ、アムステルダム(ライヴ)
AUDIOPHILE(輸入盤 APL 101.560)

 そんなモントゥーがコンセルトヘボウを指揮した演奏となるといやでも期待してしまうものの、残念ながら録音がさっぱり冴えず、細かいニュアンスが全部飛んでしまっています。ボールト盤もそうだったように、デリケートで精妙な響きが要求されるこの曲、悪い録音で聴くにはふさわしくないようでして、これは意外な発見でした。

 オーディオファイル・レーベルの廉価盤「コンセルトヘボウ・シリーズ」の一枚で、シベリウスのヴァイオリン協奏曲とウェーバーのコンツェルトシュトゥックを併録。

 

■ まとめ

 

 この曲の場合、単独で採りあげられることが多い第9変奏「二ムロッド」に(最初にここだけを聴いて感動したといった理由で)思い入れがあるかないかで、演奏の理想像が変ってくると思います。ワタシの場合は特にその思い入れがないので、ここで盛り上げずにフィナーレを重視する構成の方が好みでして、その意味ではモントゥーとマリナーが二重丸、ボールトが丸、といったところでしょうか。

 しかしこうして聴き比べても、マリナー盤の大きな特徴はやはり「フィリップスの好録音によるコンセルトヘボウ・サウンド」ということになってしまい、マリナー自身の個性が浮き彫りになることはありませんでした。別にそれがダメだとは思いませんし、ヘボウのファンとしてはむしろ有り難いほどですが、無個性の芸術に無価はないという立場の人からは当然ながら別の意見が出るでしょう。このマリナー盤CDは10年以上前に限定盤で出たきりのようで、現時点での入手は難しいかもしれません。

 シカゴ響やチェコ・フィルのファンならばショルティ盤やストコ盤も楽しめるはずですが、曲想に合っている演奏かどうかは疑問です。成立時期や標題性で「英雄の生涯」と共通する面があることをハイティンク盤のカプリングに関連して触れたものの、音楽的な内容はまったく別物なのでしょう。ショルティとシカゴの圧倒的な演奏が、シュトラウスではあれほどの説得力と魅力を持っていたのに、エルガーではむしろ白けてしまうのですから。

 そのエルガーの醍醐味という点では、無作為で自然な流れのようでいて全体をきっちりと構成し親密な描写にも不足のないマリナー盤とボールト盤もよいのですが、やはりモントゥー&ロンドン響が最高、というより別格だと思いました。ワタシが持っているのはシベリウスの交響曲第2番の余白に収められたキングレコード盤で、現在はドヴォルザークの交響曲第7番との組み合わせでユニバーサル社から出ています。

 なお、伊東さんはかつてこの曲の紹介時にバルビローリ盤を挙げられており、世間ではそのバルビを筆頭にプレヴィンやA.デイヴィスらの録音が名盤とされておりまして、それらも聴いてみたいところです。

 

■ おまけ

CDジャケット

 エニグマ変奏曲には全く関係ございませんが、2001年の映画「エニグマ」で、ジョン・バリー作曲の音楽をコンセルトヘボウ管が演奏しております。バリー本人の指揮で2000年11月27〜30日にコンセルトヘボウにて録音され、デッカからサウンドトラック盤も発売。デッカといってもエンジニアはJohn Richardsという人でシャイーのスタッフではありませんし、正確には”Members of the Royal Concertgebouw Orchestra”とクレジットされていてフルオケとは少し違う編成のようですが、しかし厚みと暖かさのある弦のサウンドやしっかりした芯を持つティンパニの響きなどはたしかにコンセルトヘボウのあの音。映画は未見で、サントラCDだけ買いました。

 そういえばエニグマ変奏曲を何回も録音しているロンドン響は、サントラ演奏の世界でも有名です。ちなみにベルリン・フィルやシカゴ響も映画音楽の録音を担当したことがありました。

 

(2006年1月21日、An die MusikクラシックCD試聴記)