一見地味なこのレーガー・アルバムこそコンセルトヘボウ屈指の名盤と言っても過言ではないのだ!

(文:青木さん)

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CDジャケット

マックス・レーガー
ベックリンの絵による四つの音詩 作品128
ヒラーの主題による変奏曲とフーガ 作品100
ヴァイオリン独奏:ヤープ・ヴァン・ツヴェーデン(一曲目)
ネーメ・ヤルヴィ指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音:1989年7月6-7日 コンセルトヘボウ、アムステルダム
シャンドス(輸入盤:CHAN8794)

 

■ ベックリンの絵による四つの音詩 

 

 1913年作。「ベックリンの主題による〜」と思わず勘違いしかけますが、元になっているのはタイトル通りに絵画。一曲目「ヴァイオリンを弾く隠者」の哀感漂うメロディと濃いハーモニーの渦にいきなり引き込まれます。これはいったいどんな絵なのか・・・と興味をいだきつつCDブックレットを見ていると・・・ジャケットに載ってるのがその絵やんか! もうこれだけで「名盤」の条件の何割かはクリア。絵のムードそのままの音楽になっていて、こういう描写性はレーガーとしては珍しいそうです。

 以下「波の戯れ」「死の島」「バッカナール」と続く楽曲は、いずれも味わい深くロマン派の薫り高き作品。これらがコンセルトヘボウ管の量感あふれるサウンドで奏でられていくのだから、もうたまりません。過剰気味の和声のシツコさを美しく中和するかのようなオーケストラの美音。絶妙のマッチング。

 なお「死の島」に関し、ラフマニノフの同名曲も対象はベックリンの同じ絵。「交響曲舞曲」と組み合わせたアシュケナージ盤(コンセルトヘボウ管を指揮したデッカ盤)のジャケットに、その絵が使われていました。

 

■ ヒラーの主題による変奏曲とフーガ  

 

 1907年作で、レーガーの出世作とのこと。モーツァルトをはじめバッハ、テレマン、ベートーヴェンらをネタにした変奏曲を作ってきたレーガーは、「主題を作るのが苦手だったヒト」と揶揄されたりもしますが、この曲の「ヒラー主題」(1771年作)はあんまり印象的でもないような。その変奏技法は複雑かつ難渋、どうにも全体像をとらえにくい。そして11の変奏が終わって10分近い最後のフーガに入ると対位法の嵐ますます凄まじく、もはやなにがなんだかわからなくなってくるものの、それでも聴いていて退屈することはないし、曲の凄さと演奏の表現力に圧倒され充足感さえ得られます。

 それにはCDの曲順も貢献しているようで、より親しみやすい「ベックリンの絵」を先に聴いて彼のクドい和声法に耳が慣れ、受け入れ準備が整ったところでこの作品に入る、というダンドリになっているのがイイ。もしいきなり一曲目からこれでは消化不良をおこしかねません。こういう工夫も「名盤」の重要ポイント。べつにそんな意図はなかったのかもしれないけど、でも演奏会ならともかくCDの場合は知名度や演奏時間等でメインになる曲が先に収録される例が大半なんで。

 

■ 演奏と録音 

 

 ヤルヴィの指揮の良し悪しはよくわからないんですが、オーケストラの美しく恰幅よい音響の魅力は圧倒的。両曲ともハーモニーが特徴的なので、ヘボウの個性のひとつであるマイルドなブレンド感が最大効果を発揮しています。これには、深みの点では今一歩ながらもナチュラル感のある録音のよさも大いに貢献。「ベックリンの絵」は、アーベントロート指揮の放送録音がコンセルトヘボウ・アンソロジーのVol.1に入っていて、1941年にしては明晰とはいえやはり厳しい音質、当然のことながらまともな比較になりませんです。

 シャンドスのサウンドにはなんというか独特の格調があるんですが、コンセルトヘボウの個性と相性ピッタリで、フィリップスやデッカとはまた異なるすばらしい聴きものに仕上がっているように感じます。

 

■ CDのこと

 

 シャンドスのCDは、そんなにたくさん持っているわけではないんですけど、録音以外の面でも実に丁寧に制作されていて端正な風格があり、「名盤率」も高いという印象が強い。ジャケットのセンスも悪くないし写真や図版を欠かさないブックレットの内容も行き届いている。ほかにもたとえば

  • 曲目や演奏者の詳細が、インレイとブックレットの両方に掲載されている(タイポグラフィにも工夫あり)
  • 複数の曲(=トラック)に分かれている曲のトータル・タイムや、CDのトータル・タイムが記載されている
  • 録音データはもちろんデザイナー関係に至るまで詳しくクレジットされている
  • 独奏者のクレジットも細かい

 どうでもいいようなことばかりかもしれないけど、でもこういう細かい点で手を抜かないことが大事なんですよ!と強調。演奏や録音だけでなく、いろんな要素が積み重なって、結果として「名盤」となるわけで。

 今回のレーガー・アルバムに話を戻すと、これはあらゆる点から見てまさに「第一級のCD作品」といえましょう。輸入盤を国内盤仕様としたものが1990年にミュージック東京から出たようですが、それはすぐ入手できなくなる類の商品。ところが現在手に入れやすい輸入盤は、ブリリアントから出ている二枚組のようです。別の演奏者によるレーガーの別のアルバムが抱き合わされた、いかにも安物くさいヘンなCD。そんなのを「名盤」とはいいたくないですねぇ。

 

■ 関連CDの紹介

 

○コンセルトヘボウ管によるレーガー録音

  • アーベントロート指揮の「ベックリンの絵」(1941年2月放送録音)― コンセルトヘボウ・アンソロジー VOL.1に収録
  • オッテルロー指揮、クーレンカンプ独奏の「ヴァイオリン協奏曲」(1944年1月放送録音)― コンセルトヘボウ・アンソロジー VOL.1に収録
  • ベイヌム指揮の「舞踏(バレエ)組曲&モーツァルト変奏曲」(1943年5月ポリドール録音)―  M&AのSP復刻四枚組“The Artistry of Eduald van Beinum”に収録
  • ベイヌム指揮の「舞踏(バレエ)組曲」(1943年7月放送録音)―“LIVE - The Radio Recordings”のベイヌム篇に収録
  • ヨッフム指揮の「セレナード」(1976年1月放送録音)― コンセルトヘボウ・アンソロジー VOL.4 及び ターラの四枚組“Hommage a Eugen Jochum”に収録

○シャンドスによるコンセルトヘボウ録音(いずれもヤルヴィ指揮)

  • プロコフィエフ「ピアノ協奏曲全集」(1989,1990年録音)
  • ストラヴィンスキー「カルタ遊び&オルフェウス」(1991年録音)― 輸入廉価盤で再発
 

■ 結論

 

 名盤! ただしシャンドス盤を。

 

(2009年10月15日、An die MusikクラシックCD試聴記)