ハイティンク指揮の「1812年」を聴く

(文:金井 清さん)

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 皆さんはじめまして。幸運にも「An die Musik」の伊東様と「コンセルトヘボウ管弦楽団」の青木様と知り合うことができ、投稿させていただくことになりました金井と申します)。つたない内容かとは思いますが、演奏家のはしくれとしての意見などを採り入れながら、好き勝手に書かせていただきます。いたらぬ点等がございましたら平にお許しを。

 「コンセルトヘボウ管弦楽団」というと、重厚な曲や古典・ロマン派の曲でも素晴らしい演奏で定評があるのですが、意表を突いて今回はここではまだ取り上げられていないチャイコフスキーで、ハイティンク指揮による「大序曲1812年」を取り上げてみたいと思います。

LPジャケット

チャイコフスキー
大序曲「1812年」
ハイティンク指揮コンセルトヘボウ管
録音:1972年9月
仏フィリップス盤(LP 6500 843)

 「コンセルトヘボウ管弦楽団」はハイティンクとの交響曲全集をはじめ、いくつかのチャイコフスキー録音を残しています。モノラル時代のケンペン指揮による「交響曲第5番」といった強烈なものもありましたね。名盤が多い中で「コンセルトヘボウ管弦楽団」の演奏はあまり評判にならないのは誠に残念ですが、実はチャイコフスキーの隠れた名盤が意外と多いのです。

 「1812年」は知っている限りではケンペン、マルケヴィッチ、そしてこのハイティンクがありますが(ケンペンは例によってカットがあります)、いずれもオーケストラの素性の良さを物語る名演奏だと思います。この「1812年」は1972年に録音されたものですが、ちょうどこの頃からフィリップスの、というよりはトーン・マイスターのフォルカー・シュトラウスの録音が「ハイファイ指向」となってくる頃でもあります。この頃の代表的な録音として「ツァラトゥストラはかく語りき」、マーラーの「交響曲第1番」などがありますが、いずれも壮大なオーケストラの録音が必要とされ、シュトラウス自身もそれをかなり意識してこれら大曲の録音にチャレンジしたものと考えられます。その結果はなかなか素晴らしいものがあり、「コンセルトヘボウ管弦楽団」の美感を見事にとらえることに成功し、このオーケストラの素晴らしさを世界に示したとも感じられます。

 演奏ですが、一言で言えば「実直真面目」あるいは「質実剛健」とでもいいましょうか、こけおどしにはならない、純音楽的な演奏です。自然に開始される冒頭部の「ロシア聖教歌」、続く低音金管楽器の重厚な響き。すでに「コンセルトヘボウ管弦楽団」の世界です。

 中間部の早いパッセージの部分は、カラヤンのように切迫した緊張感を持ったものではなく、一歩一歩踏みしめながら「流れがち」のフレーズも実にシンフォニックに演奏されています。

 ティンパニのトレモロとホルンにより開始される最後の部分では、オーケストラの実力がさらに発揮されることになります(なぜか最初の5発の大砲はなりません)。再度奏される「ロシア聖教歌」からは、「オランダ王立音楽隊」の金管セクションが加わり、壮麗なコラールが奏でられます。「オランダ王立音楽隊」金管セクションと「コンセルトヘボウ管弦楽団」の金管セクションの音に違和感はなく、浸透的で充実感ある音は聴き応え十分です。大型のシステムでお聴きの方なら、ここから一気 に音場が左右に広がるのが分かることでしょう。 集結部のアレグロ・ヴィヴァーチェでffff(フォルティッシシシモ=舌かみそうです)で演奏される部分はまさにシンフォニック! シュトラウスの余裕さえ感じさせる録音の技も一層冴えます。ここは着実なテンポで演奏され、フランス、ロシアの絡み合う2つの旋律もまことに鮮明な対比を聴かせます。

 最初は鳴らなかった大砲(実際はグランカッサ=大太鼓)も加わりますが、よくある演奏をマスクしてしまうようなものではないのが好ましく、スピーカーのセンター一番奥より「ズーン」と響いてきます。この頃のフィリップスの録音の特徴である、軽めの重低音はそのままですが、迫力は十分。

 カップリングは同時期のセッションで録音された「スラヴ行進曲」と「フランチェスカ・ダ・リミニ」で、これも素晴らしい演奏。特に「フランチェスカ・ダ・リミニ」は同曲録音中トップクラスといっていいくらいの名演です。

 さて、おまけにそれぞれのディスクについてですが、残念ながらCDは未聴でアナログ・ディスクのみの評価となりますが、オリジナルのオランダフィリップス盤 (6500 843)はたいへんバランスの良い録音です。これを基準とするとフランス・フィリップス盤(同じく6500 843 上掲ジャケット写真)は高音がクリアで透明感はありますが、中低音の 充実感はオランダ盤ほどはありません。日本盤(日本フォノグラム・プレス)盤は意外と健闘しており、この演奏を楽しむのには十分でしょう。再発で出された廉価盤もカッティング・レベルの低下もなく、なかなかの出来です。 ジャケット・デザインはいずれも共通で、日本版に至っては再発盤も共通です。これは珍しい例ですね。

 「コンセルトヘボウ管弦楽団」のチャイコフスキー。なかなか味わい深く、充実した演奏です。ご興味のある方には是非一聴をお奨めします。

(2002年12月26日、金井 清さん)

 

追記:伊東より 

CDジャケット

 私はPHILIPSのチャイコフスキー・ボックス・セットでこの録音を持っています(輸入盤 442-061-2)。こちらはCDですが、金井さんのご指摘のとおり、すばらしい録音です。ハイティンク指揮コンセルトヘボウ管のチャイコフスキーはもっと脚光を浴びてもよいと私どもは思っております。

 

(2002年12月26日、、An die MusikクラシックCD試聴記)