An die Musik 開設9周年記念 「大作曲家の交響曲第9番を聴く」

ベートーヴェン篇

ベートーヴェン「交響曲第9番」珍盤あれこれ

文:松本武巳さん

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CDジャケット

ディスク1
ベートーヴェン作曲(リスト編曲のソロピアノ版)
交響曲第9番
シプリアン・カツァリス(ピアノ)
TELDEC(国内盤 WPCS10383)

CDジャケット

ディスク2
ベートーヴェン作曲(リスト編曲のソロピアノ版)
交響曲第9番
コンスタンティン・シチェルバコフ(ピアノ)
Naxos(輸入盤 8557366)

遺憾ながら当該CDを自宅ラックから発見できませんでした。

ディスク3
ベートーヴェン作曲(リスト編曲の2台ピアノ版)
交響曲第9番
プラネス、プリュデルマッシェール(ピアノ)
キングレコード(国内盤 KKCC208)

CDジャケット

ディスク4
ベートーヴェン作曲(ワーグナー編曲)
交響曲第9番
バッハ・コレギウム・ジャパン(指揮:鈴木雅明)
小川典子(ピアノ)
BIS(国内盤 KKCC2277)

 

■ 音源の洪水を前に、ノアの箱舟に乗る気持ちで…

 

 私は、9周年記念を決して斜めに構えているわけではありませんが、残念ながらこの交響曲に関しては、あまりのディスクの洪水を前にして、普通に書く気力が湧いてきません。そこで、私ならではの珍ディスク紹介で、ここは逃げようかと思っております。多少のお付き合いを賜れますと大変ありがたく存じます。

 

■ ディスク1について

 

 シプリアン・カツァリスはある意味でデジタル録音時代の申し子であろうと思います。彼のディスクで印象的なのは、ほぼデビュー盤であった(正確には違いますが)ショパンのバラードとスケルツォ全集のLPのコピーは《73分3秒収録》でした。CDを基本的に視野に入れた録音と販売戦略であったのですが、とても鮮烈な記憶として残っております。さて、その後、ベートーヴェン=リストの交響曲全集ピアノソロ演奏版(6枚組CD)が発売されました。輸入盤で出た際に、いち早く購入し、リストの楽譜と首っ引きで聴き込んだ記憶があります。ただ、その際に、カツァリスの音の出し方が、リストや交響曲のピアノ編曲版にそぐわない軽めの音であったために、実はけっこう聴き込んだにもかかわらず、印象としては希薄であったのも事実でした。話題の先行性に比べて、聴後感はさして良い印象を持ちませんでした。世評(超絶技巧をもて囃した内容)に対しても、多少の違和感と反論を持った次第です。ただし、カツァリスの弁護をするわけではありませんが、彼がデビュー時に同時録音をした中の1枚である、「グリーグの叙情小曲集」は、彼のとても繊細なタッチが美しく、名盤の誉れ高かったギレリスの同曲集(DG)よりも、私には数段好ましく聴こえたことや、実演をその後聴いた感覚からも、その事実を確認できたことを合わせると、彼の適性はそもそも当該ディスクとは違ったところに、元々あったのだとしか思えません。

 

■ ディスク2について

 

 交響曲第9番の真の意味でのリスト編曲版、あるいはリスト自身を髣髴とさせる演奏を聴きたければ、このナクソス盤こそがもっとも適役だと思います。廉価盤であることなど無視しても、この1枚はなかなか凄い演奏であると思います。従って、一般的にリスナーが、リスト編曲版に求めるであろう、そんな期待をほぼ完全に満たしてくれ、かつ廉価盤でもあるこのナクソス盤は、リスト編曲の交響曲のディスクとして推薦するに相応しいと私は思います。ただ、その結果として、ベートーヴェンの交響曲第9番が良く理解できるかどうかは、まったく異次元の話だと思います。つまり、両者はそもそも別個の楽曲であると、きちんと周知させてくれ、加えて痛感させられる意味においても、このディスクは大変貴重なディスクだと思います。

 

■ ディスク3について

 

 そもそも、リストは2台のピアノのためのベートーヴェン交響曲第9番も作っております。その演奏として、当該ディスクを持っておりますが、遺憾ながら本日現在発見に至っておりません。ちなみに、プラネスは2007年5月の熱狂の日音楽祭(東京国際フォーラム)で、ヤナーチェクのピアノ曲を多数披露してくれた名ピアニストです。一方のプリュデルマッシェールは、教育者としても大変知られており。日本人ピアニストで、彼の指導を受けた経験のあるピアニストは多数おられると思います。要するに、日本人のピアノ弾きの中では、お二人のピアニストは、ともに非常になじみの深いピアニストでして、そもそもこのディスクも、確か日本からの依頼により録音された経緯があったように記憶しております。実は、ソロピアノ版よりも、ベートーヴェンらしさとか、交響曲らしさを感じ取れる編曲となっており、本来的にはリスト編曲版とはこちらの2台のピアノ版を指すべきなのかも知れませんが、ソロピアノ版の話題性の前に霞んでしまっている感がぬぐえません。その意味で残念なディスクです。

 

■ ディスク4について

 

 ワーグナー編曲版は、平たく言えば、リスト編曲のソロピアノ版に、第4楽章のみ合唱とソリストを追加したバージョンだと理解すれば良いのではないかと思います。小川典子さんのピアノや鈴木雅明さんの指揮をはじめとして、著名な日本人演奏家が寄り集まって録音に至ったものですが、なぜか私にはこのディスクが、本日ご紹介する中でもっともキワモノであるように思えてなりません。有名な演奏家が結集して、真剣に演奏に取り組んで奮闘しているにも関わらず、トンデモ盤の代表に思えてならない陳腐さから抜け出すことは、私には結局のところ困難でした。話題の種としてこのディスクを利用することは反面とても面白いと思われますので、話題性に特化してお聴きになられるのも一興かも知れませんね。考えてみれば、そもそもベートーヴェンの第9は、祝典用の大曲であるわけですから、実はこのディスクの示した方向こそが、本来的なこの交響曲の姿であったのだと、こんな捉え方もあるのかも知れません。そのように考えれば、このディスクを聴きながら『ベートーヴェンはかくあるべきだ』などという戯けた議論を飄々と交しながら、鈴木さんや小川さんが録音をしている姿を想像しつつ、ゆとりと寛容さを持ちながら冷静に見つめると、このディスクの面白さも際立って来るのかも知れませんね。

(2007年11月22日記す)

 

(2007年12月14日、An die MusikクラシックCD試聴記)