■アメリカ東海岸音楽便り〜ボストン響のコンサート・レポートを中心に

2002-2003 シーズンを振り返って
妻がマーラーを好きになった日

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フランツ・ウェルザー=メスト指揮クリーブランド管弦楽団

2003年2月9日 午後3時〜
マサチューセッツ州ボストン、シンフォニー・ホール

クリーブランド管弦楽団はジョージ・セルさんの常任時代に大きく成長し、その合奏能力はトスカニーニさん率いるNBC交響楽団に匹敵するほどだったといいます。セルさんの退任後はマゼールさん、ドホナーニさんがその任を勤め、今年度(2002〜2003)よりフランツ・ウェルザー=メストさんがその地位に就いています。今回、その合奏能力にかけて世界屈指のオーケストラがマーラーの交響曲第7番を演奏するというので、たいへん楽しみにでかけました。

最初の曲はサーリアホという人物の作品でしたが、大オーケストラによるただただ大音響による音の洪水は、わたしには何も訴えてくるものがありませんでした。どうして現代作曲家達の作品には"歌"がないのでしょうね。きっと"歌"を書けないのではなく、今の時代のスタイルとして書いていないのだと思いますが、やはりわたしは"歌"のある曲が好きです。なにはともあれ聴衆たちの儀礼的な拍手がこの演奏を物語っているような気がします。

マーラーの交響曲第7番は彼の残した交響曲の中では8番と並んで演奏機会の少ない作品らしいですが、わたしは6番や9番と並んで大好きです。マーラー独特の鮮やかな色彩感が発揮され、メルヘンチックなメロディーに溢れていると思います。ただその良さを出すためにはオーケストラが下手だとどうにもなりません。そういった意味では、今回の演奏は最低条件を楽々とクリアーしていると言えるでしょう。この曲になるとオーケストラも俄然やる気を見せてきたようで、先ほどまでとは音の勢いがぜんぜん違います。コンサートマスターの全身を使って楽員達を引っ張りながら演奏する姿も印象的。ウェルザー=メストさんはかなり細かい身振りでてきぱきと指示を与え指揮していました。第1、第2、第3楽章が特に素晴らしいと思いました。やはりオーケストラがとても上手く、金管パートなど余裕を持って吹いていて、マーラーの鮮やかな色彩感を見事に演出していました。

ただ不満がないわけではありません。第1楽章後半の音楽が錯綜していく部分などやや消化不良の印象を受けましたし、第3楽章ではもう少しメルヘンチックな味を出しても良いかと思いました。またマーラーがせっかく指示した特殊な楽器の味をもう少し出して欲しかったと思います。カウベル然りですし、第2楽章ホルンと木管による導入部の最後のところで登場する「カシャカシャ」いう楽器(名前がわかりません。ほうきの先のようなものを大太鼓の横に打ち付けていました)然りです。しかし、全体としてマーラーを聴く喜びは十分味合わせてもらいました。第4楽章はさすがに疲れてきたのか、少し集中力が落ちた気がしました。ただ妻に言わせるとバイオリンパートとチェロパートの掛け合いがなかなか際立っていて面白かったとのこと。またこの楽章でギターとマンドリンが使用されているは実演を見て初めて気が付きました。第5楽章後半は圧倒的な爆発力を見せ、宇宙が広がっていくかのようなクライマックスを聴くことが出来たのはやはりライブならではでしょう。終了後はいきなり会場総立ちのスタンディング・オベーションで大興奮でした。それに気を良くしたのかウェルザー=メストさんは(たぶん)「ワルツを一曲、僕はオーストリア人ですから」と言ってアンコールを一曲演奏してくれました。

私の曲に持っている印象とは幾分違ったところもある演奏ではありましたが、満足できる演奏会でした。普段あまりマーラーを聴かない、と言うよりはマーラーが嫌いな妻に予習CDを散々聴かせ、演奏会の後には「マーラーもなかなか悪くないわね」と洗脳にも成功し、これからは自宅でもマーラーを心置きなく聴けそうです(笑)。

《私のお気に入りCD》

CDジャケットアルフォンス・ディーベンブロック:大いなる沈黙の中で*
マーラー:交響曲第7番「夜の歌」
ホーカン・ハーゲゴード(バリトン)*
リッカルド・シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
LONDON POCL-9644/5 (国内盤)

わたしの妻はマーラーが好きではありませんでした。その理由を聞くと「突然恐ろしい、ばかでかい音がする。」とのことでした。その妻に散々聴かせた予習CDがこれです。一日ひとつの楽章を聴き通すことを目標とし、まず比較的短い第3楽章から挑戦し、第2、第4楽章とクリアーして、長い第1、第5楽章は後回しにしました。こんな聴き方は邪道だと言う方もいるとは思いますが、こういった聴き方が出来るのがCDの利点でもあると思います。

ところで、わたしがこの曲を初めて聴いたのはラトル指揮バーミンガム市響だったのですが、陰鬱な演奏でちっとも好きになれませんでした。そんなときにこのCDを中古屋で見つけました。このCDはぜんぜん陰鬱でなく、むしろ明るく楽しいといっていいくらいです。陰鬱なラトルさんのほうがマーラーの意図を表しているという人ももちろんいると思いますが、わたしは明るく楽しいこの演奏が大好きです。第三楽章を聴くとき、あの「キューン」と弦をずり上げながら弾くところ(時間表示1:18〜)を聴くと私は思わずニヤッとしてしまいますし、第二楽章の「カシャカシャ」(時間表示1:20〜)もよく聞こえます。コンセルトヘボウ管も本当に巧く録音もすばらしいです。わたしの妻もいろいろな音の効果に毎日楽しく聴けたみたいです。いかがでしょう、マーラー嫌いのあなたの奥様に聞かせてみては!!(注:余計に嫌いになっても保証はいたしません!)


(2003年7月1日、岩崎さん)

伊東注

上記シャイー指揮コンセルトヘボウ管盤は、おそらくはこのコンビの最高傑作のひとつです。演奏・録音とも素晴らしく、DECCAがこれだけ高品位のCDを世に出すことは今後も決して容易ではないのではないかと私は考えています。