「ニーベルングの指輪」管弦楽曲抜粋盤を聴く

その5:コンセルトヘボウ管編

その1:ウィーンフィル編 その2 ベルリンフィル編 その3:クリーブランド管編
その4:シカゴ響、デトロイト響編 その6:シュターツカペレ・ドレスデン編

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CDジャケット

ワーグナー
管弦楽曲集
シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管
録音:1995年2月、アムステルダム
DECCA(国内盤 POCL-4766)

収録曲

  • 「ニュールンベルクのマイスタージンガー」前奏曲
  • ワルキューレの騎行
  • ジークフリートのラインへの旅
  • ジークフリートの葬送行進曲
  • 「タンホイザー」序曲
  • 「タンホイザー」〜バッカナール
  • 「ローエングリン」第3幕への前奏曲

 イタリアの指揮者がオランダのオケでドイツの音楽を指揮したCDがこれ。前回は、「フランスの指揮者がアメリカのオケでドイツの音楽を指揮したCD」を取り扱ったが、パレー盤と違って、こちらは全くドイツっぽくない。指揮者の音楽性が全く違った方向を向いているからだろう。この2つのCDを聴くだけでも「アメリカのオケだから何々だ」とか、「ヨーロッパのオケだから....だ」とかいった理屈は成り立たないことが分かる。

 実を言うと、私はこのCDに聴くシャイーのワーグナー演奏は好みではない。冒頭の「マイスタージンガー」前奏曲からわざとらしいアクセントが鼻についてしまう。どの曲もやや軽量級で、ややせかせかしたところさえあり、不満が残る。どうもどっしりした重厚な演奏スタイルはシャイーの目指すところではないらしい。シャイーは逆に「軽み」や「明るさ」を追求しているような気がする。となれば、あまり価値がないCDのようにも思えるのだが、そうでもない。このCDには2つの「売り」があるのだ。

 第1には、世界屈指の名門オケであるコンセルトヘボウが演奏していることである。私の好きなオケは1にシュターツカペレ・ドレスデン、2にコンセルトヘボウ管だ。これまたオケの響き、性格はまるで異なっている。シュターツカペレ・ドレスデンが、どちらかといえばローカルで地味な音色を持つオケであるのに対し、コンセルトヘボウ管は、都会的で洗練された響きをもつ。コンセルトヘボウ管はご存知のようにメンゲルベルクの下で世界最高水準のオケになったが、戦後もずっと類い希な合奏能力を維持してきた。しかも、端から見れば凡庸そうにしか見えないハイティンクのもとでも、その技術や音色が維持されてきた。優れたホールを根拠地としているからだろう。コンセルトヘボウの内部に入ると、ホールの特性にすぐ気がつく。別の世界に来たような錯覚を起こすほどよく音が響くのである。ハイティンクに言わせれば、今のコンセルトヘボウは彼が在任していた頃のコンセルトヘボウとは別物であるらしいが、私は基本的な響きはずっと維持されていると思う。団員の入れ替えによって国際的な音色になりつつあるとはいうが、ホールが変わらない限りコンセルトヘボウ管の音色は維持されるだろう。

 このCDを聴くと、その美音に驚かされる。今回のワーグナー・リング聴き比べシリーズの中でも、このCDはオケの音の美しさでは他の有力オケを遥かに凌駕しているのである。その美音にはカラヤン指揮のベルリンフィルも太刀打ちできない。例えば、「ワルキューレの騎行」。この曲は金管楽器が最強音で狂ったように演奏するケースが多いが、シャイー盤では、超絶技巧の木管楽器が縦横無尽に駆けめぐる。主役はフルートやクラリネットであり、トロンボーンでもトランペットでもホルンでもない。木管セクションの音色は水が滴るのではないかと思われるほどみずみずしく美しい。これは驚嘆すべき音色だ。弦楽器セクションはざらつきなどもちろんなく、上質のシルクのようだ。もちろん、「ジークフリートのラインへの旅」や「ジークフリートの葬送行進曲」も言語を絶する美しさ(前者ではホルンの妙技も聴ける)。さらに「タンホイザー」序曲は一段と神秘的な美演。このような美麗な音色でワーグナーを演奏しているのは、何とも奇妙な気がする。

 第2の売りは、録音がとてつもなく良いことだ。DECCAは古くから録音技術の良さを謳い文句にしているが、その伝統は連綿と受け継がれている。コンセルトヘボウ管の音がごく自然にマイクで収録され、目の前に広大な音場をともなって現れるのだからたまらない。コンセルトヘボウ管がうまく聞こえるのは、木でできたホールの音響特性によるところもあるのだろうが、DECCAはホール特性も含めて完全にこのオケのサウンドを取り込んでいる。これはデジタルによる最良の録音成果だと思う。この美しい響きに接すると、シャイーのワーグナー解釈などどうでもよくなってくる。ただひたすら美音を聴き続けたくなるのだ。シャイーの指揮にはあまり感心しないが、オケにはひたすら圧倒される。これは一風変わった麻薬的CDである。

 

2000年5月24日、An die MusikクラシックCD試聴記