「英雄の生涯」を聴きまくる
第4回 R.シュトラウスの自作自演盤

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R.シュトラウス
交響詩「英雄の生涯」作品40
組曲「町人貴族」作品60
R.シュトラウス指揮ウィーンフィル
録音:1944年
ドイツ・シャルプラッテン(国内盤 TKCC-30229)

 幸運にも「英雄の生涯」にはR.シュトラウスによる自作自演盤がある。自作をどう演奏するか、興味津々である。が、この演奏はあまり面白くない。演奏時間はわずか38分と異様に短い。普通の演奏なら42分はある(当盤は最速か?)。この差はR.シュトラウスの速めのテンポによるところが大きいのはもちろんだが、そうとばかりは言いきれない。というのも、音楽展開がせっかちなのである。ご存知の通り、この曲は第1部「英雄」から第6部「英雄の引退と完成」まで6つのセクションに分かれているが、R.シュトラウスはセクション内部でも速めのテンポだし、通常の指揮者であるならば、ある程度ゆとりを持って次のセクションに移行していくのに、その継ぎ目も性急である。一体どうしたことだろうか。あまりにめまぐるしく場面が変わるので、音楽に陶酔することができない。もうすこし音楽の余韻を味わわせてもらえないものだろうか? R.シュトラウスが速いテンポで指揮をするので、オケが困り果てたという話は有名だが、このCDを聴くと、さもありなんと思う。良く言えば、R.シュトラウスは完全な直球勝負で、スポーティである。もしかしたら、R.シュトラウスの頭では「英雄の生涯」は38分で終わるべくプログラミングされていたのかもしれない。「1941年のメンゲルベルク盤」が病的なまでにポルタメントを多用し、メンゲルベルクの存在を窺わせているのと比べると、同じ曲がいかに指揮者によって変貌するか証明される。

 ただ、指揮はともかく、ウィーンフィルの演奏自体は、かなり豪快である。敗色濃厚となった1944年時点でまだこのような立派な演奏を行っていたのだからすごい。R.シュトラウスによるウィーンフィルの録音は国家的な威信がかかっていたのかもしれない。それくらい立派である。生きの良さは戦争の暗さなど微塵も見せない。

 もっとも、私はこの録音の通りにR.シュトラウスが演奏したのか、はっきり分からない。 もしかすると、録音時、収録時間の制約があったのかもしれない。1944年のドイツの技術ならこの曲を慌てて演奏しなくても良かったはずだが、あまりにも性急な展開なのでそう思わざるを得ない。本当のところはどうなのだろうか。

 面白いのは、やたらと早かった「英雄の生涯」に対して、組曲「町人貴族」がじっくりと余裕をもって演奏されていることである。精緻なオーケストレーションの妙をR.シュトラウス指揮のウィーンフィルが演奏しきっている。「町人貴族」。これはR.シュトラウスの天才が遺憾なく発揮された音楽だと私は思う。小編成オケによる音楽であるが、R.シュトラウスは自分の思うままに作曲できたのではないか。大編成でなくても人物描写は可能だし、劇の展開が洗練の極みに到達した巨匠の技法によって巧みに表現されている。古い録音のために音が割れているところがあるのが悔やまれるが、些細なキズと言うべきだろう。「英雄の生涯」はちょっと疑問符であったが、「町人貴族」には大満足。こちらは自作自演による名盤と言えるだろう。

 

2000年7月20日、An die MusikクラシックCD試聴記