シューリヒトを聴く

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前編

CDジャケット
ORFEO盤
CDジャケット
EMI盤

ブルックナー
交響曲第9番ニ短調
シューリヒト指揮バイエルン放送響
録音:1963年3月8日、ヘルクレスザールにおけるライブ
ORFEO(輸入盤 C 548 001 B)

 シューリヒトの交響曲第9番には、ウィーンフィルとのステレオ録音がある(EMI、録音:1961年11月20-22日、輸入盤CZS 767279 2)。有名な録音なので、愛聴盤にしている方も多いだろう。私が持っている輸入盤CDは、交響曲第8番との組み合わせで、ジャケットに空を見上げる女性の絵が使われている。それが洒落ていて、何ともいい雰囲気を醸し出している。現在国内盤ではグランドマスターシリーズで発売されているのだが、味も素っ気もないジャケットになっているようだ。東芝EMIさんは、失礼だがまるっきりセンスがない。あの神々しいブルックナーに、全くふさわしくないジャケットだと思う。

 それはさておき、今回ORFEOから発売されたCDは、EMI盤よりも新しい録音だが、モノラルだ。私はこのページで何度も繰り返して書いているが、良質なモノラル録音は下手なステレオ録音を遙かに上回る音質を誇る。このライブ盤もそうで、厚みのあるたっぷりとしたオケの音が、適度な残響をともなって伝わってくる。奥行きは特にすばらしい。極上のモノラル録音と断言しよう。これだけよい音でシューリヒトのライブが聴けるのだから、CD蒐集はやめられない。

 演奏内容は、録音時期がEMI盤とほとんど変わらないのだから当然だろうが、スタジオ盤とそっくり。EMI盤を聴き直す時間的余裕はなかったが、同じように神々しい。第1楽章から完璧にブルックナーの世界に誘われる。音楽は滔々と流れ、雄大そのもの。矮小な現実世界とは別なところに位置するブルックナーの音楽を聴ける。このライブ盤では、スタジオ録音よりずっと分厚いサウンドが聴けることもあって、聴き手は聴き始めて数分もしないうちにブルックナーの世界にどっぷり浸かってしまう。第2楽章、第3楽章でオケが危なっかしい音を出すところもあるが、些細なキズだろう。ライブでこれだけの演奏を聴かせるバイエルン放送響は、とてつもない腕前だ。そして何よりも、このオケは、シューリヒトの音楽をしっかりと再現できていることがすごい。全体としてEMIのスタジオ録音盤と同じように神々しいということは、シューリヒトはウィーンフィル同様、バイエルン放送響に対しても自分のブルックナー像を完全に伝えられたということの証のはずだ。EMI盤を聴いたとき、私は「この演奏はウィーンフィルの力による部分が大きいのかな」などと思ったが、この録音を聴いてそうではないことを理解した。シューリヒトの力だったのだ。シューリヒトの指揮は何も変わったことをしていないようでいて、ブルックナーを聴く幸せを感じさせてくれる演奏だと思う。演奏時間は58分。快速運転をしているわけでもないのに、あっという間に聴き終わる。長いだけで退屈なブルックナー演奏とは一線を画している。

 細部にこだわって聴いても面白い。聴き所は満載だ。例えば、第2楽章冒頭の弦楽器によるピッチカートなどは鳥肌もの。轟音を立てて驀進するスケルツォは暴力的であり、悪魔的でもある。弦楽器がめまぐるしく動き回るところを耳をそばだてて聴くと実に楽しい。そして、感動の第3楽章。超絶的フルートがアダージョの中で響き渡る。一体あのフルートは何という奏者が吹いているのだろうか。静謐の中でピーンと張りつめた笛の音が、神秘的な雰囲気をいっそう引き立てている。

 私はこのCDをさほど大きくない音量で聴いた。が、周囲をあまり気にしないですむ人は、大音量で楽しめるはず。きっとすごい響きになるだろう。EMIのステレオ録音を上回る迫力でブルックナーを堪能できると思う。しかも、何度も聴き返したくなるはず。

 

後編

CDジャケット

シュテルツェル(1690-1749)
コンチェルト・グロッソ
ベートーヴェン
交響曲第3番変ホ長調作品55「英雄」
シューリヒト指揮ウィーンフィル
録音:1961年8月23日、ザルツブルク音楽祭におけるライブ
ORFEO(輸入盤 C 538 001 B)

 シューリヒトという指揮者は、31年間もヴィースバーデン歌劇場に勤務していたのに、現在聴き継がれているのは交響曲ばかりだ。もしかしたらオペラ録音があったりするのかもしれないが、どうなのだろう。オペラにはうんざりしていたのだろうか。全く不思議なキャリアである。このCDを聴くと、シンフォニー指揮者としての類い希な力量が明らかなので、自分の生きる世界を自分で選んだ結果なのかもしれない。

 このCDに収録されているのは、1961年8月23日、ザルツブルク音楽祭におけるライブの模様である。解説によると、当日のプログラムの真ん中にはモーツァルトのピアノ協奏曲第27番があったらしい。しかも、ソリストにはクリフォード・カーゾンを迎えていたという。その録音があれば(実際にあるらしいが)、一日のコンサートを追体験できる。

 冒頭にはシュテルツェルというバロック時代の作曲家の音楽が置かれている。実は不勉強にも、私はこの名前を目にしたとき、前衛音楽作曲家かと思った。CDをかけると、バッハそっくりの音楽が始まったので面食らった。前半・後半併せて9分ほどの曲だが、センスのいい曲で、コンサートの始まりにはとてもふさわしい。

 そしてメインの「エロイカ」。これは直球勝負による実にオーソドックスな演奏だ。ベートーヴェンの音楽を恣意的に扱うことなく、当たり前に演奏しただけの演奏である。最近のベートーヴェン演奏と違って、新しい発見などはなかった。どこといって変わり映えがしない。でも、それでいて、聴き手に与える感銘は非常に大きい。演奏は、ウィーンフィルが全力で演奏しているだけに、重量級の迫力をもち、熱いベートーヴェンの息吹を伝える。音楽はきりりと引き締まり、元気溌剌。指揮者のテンポは中庸を保っているのに、聴き手の呼吸はどんどん速くなってきそうだ。シューリヒトは1880年の生まれだから当時81歳。

 私はこのCDを何度も聴いてからこの原稿を書いているのだが、演奏についてこれ以上の形容ができないので困っている。本当に不思議な演奏だ。一体どこがいいのか、うまく説明できない。何回聴いても当たり前に演奏しているようにしか聞こえない。にもかかわらず、演奏の出来は、「前編」で取り扱ったブルックナーをも上回っているのだ。この程度のことしか書けないCD試聴記をアップするのは大変心苦しい。恥ずかしい。しかし、シューリヒトはそのような演奏をしているのだ。私はあえてこれ以上の駄文を書かないでも良いだろう。ぜひ読者の方々にもこの演奏の自然な熱さを聴き取ってほしい。理屈で説明できない再現芸術の奥深さに打たれるだろう。

 

2000年10月30日、An die MusikクラシックCD試聴記