シューリヒトのモーツァルトを聴く

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CDジャケット

モーツァルト
交響曲第38番ニ長調 K.504「プラハ」
バイオリン協奏曲第3番ト長調 K.216
バイオリン:ボスコフスキー
交響曲第41番ハ長調 K.551「ジュピター」
シューリヒト指揮ウィーンフィル
録音:1960年8月14日、ザルツブルクにおけるライブ
EMI(輸入盤 7 64904 2)

 私はこのCDを全くいい加減な動機で買ったのだった。とあるCDショップでCD漁りをしていた際、幸運にも予算が残っていたので「あと1枚何か買おう」と思った私の目の前に、新譜として登場したばかりのこのCDが並んでいたのである。「シューリヒトだから聴きたい」と思って買ったわけではない。私は家に帰って、購入したCDを順繰りに聴きはじめた。期待して買ったはずの他のCDは、意外とつまらなかったものが多く、一度しか聴かないでCD棚の奥にしまい込んだ。一方、このEMIのライブ盤は「プラハ」の第一音を聴いた瞬間から虜になり、数知れぬほど聴き返した。私のCD棚の中で、常に前面にあって取り出し可能な数少ないCDの一つである。「無人島に持っていく一枚」とか「棺桶に入れたい一枚」にも選びたいCDである。

 このCDで聴く「プラハ」はとても自然で美しい。シューリヒトは、第3楽章のプレストで、それまでとは人が変わったような激しく揺れ動くテンポ設定をしているが、全般的にはその自然さが光る演奏になっている。ウィーンフィルの響きも清澄そのもので、往年の充実ぶりを垣間見せていると思う。そうした演奏スタイルは、バイオリン協奏曲第3番や「ジュピター」でより顕著になっており、名指揮者によるオーソドックスな、ごく自然体のモーツァルトを堪能できるようになっている。もっとも、自然体ではあるが、演奏は極めて充実しており、どこにも緩み・淀みがない。一本の太い音楽の流れがあり、その上でウィーンフィルが極上のサウンドを聴かせているといえる。ウィーンフィルはライブであるにもかかわらず、相当の余裕をもって演奏しているようだ。真剣にスピーカーに向かい合って聴くと、指揮者の棒に反応して機敏に動いている様が分かるのだが、それと気づかせないように演奏しているように思えてならない。一部を除いて決して激烈ではない演奏なのだが、それ故に繰り返して聴くに足る優れものCDだと思う。全3曲、それぞれが賞賛されておかしくない。

 さて、私はこのCDでシューリヒトのモーツァルトに接してしまったために、その後、パリ・オペラ座管との録音を聴いた際には文字どおり仰天してしまった。以下のCDである。

CDジャケット

モーツァルト
交響曲第36番ハ長調 KV.425「リンツ」(録音:1961年11月)
交響曲第38番ニ長調 KV.504「プラハ」(録音:1963年6月)
シューリヒト指揮パリ・オペラ座管弦楽団
DENON(国内盤 COCO-6585)

 このCDは、宇野功芳氏が方々で絶賛しまくっているので、既に耳にされた方も多いだろう。私は天の邪鬼だから、宇野氏がむやみやたらと褒めちぎるCDはそれだけで購入意欲が減退する。このCDも敬遠していたものの一つだった。EMIライブ盤の後でこのDENON盤を手にした私は、シューリヒトの指揮に呆気にとられてしまった。まず、冒頭の「リンツ」を聴いた際、私は「CDプレーヤーが壊れた」と思った。チェリビダッケのブルックナーを初めて聴いたときは、あまりのスローテンポに「壊れた!」と勘違いしたが、こちらは逆で、猛烈なハイスピードに驚嘆したのである。しかもシューリヒトはそのスピードを維持しただけではなく、スタジオ録音とは思えないほど即興的な演奏を開始するのである。強弱のダイナミクスを始め、ふとしたフレーズに対する歌わせ方など、スピードを出し切った中での指揮者の即興的指示は、オケには大変な負担だったろう。だから、私は宇野氏がいうほどパリ・オペラ座管が下手だとは思わない。とにかく、これほどの指揮者の棒の変化についていき、最後まで演奏を全うしたのだから、それだけでも褒めるべきだと思う。

 なお、このCDは「リンツ」と「プラハ」しか収録していない。CDの容量的にはもう1曲収録できるのだが、この2曲だけで完全に元が取れる。スタジオ録音とはちょっと信じがたい猛烈な指揮ぶりを聴けるのだから、その価値は極めて大きい。

 それにしてもシューリヒトは不思議な指揮者だ。EMIのライブ盤ではオーソドックスかつ自然体のモーツァルトを聴かせたのに、スタジオでは一転して猛烈演奏を行っている。こんな指揮者がいると、クラシックファンは他の演奏はどうなっているのか調べたくなってくるから困る。ある曲の録音を多種類集めて違いを確認したくなるのである。きっとこのページを読んで、上記CDを両方聴きたくなった読者もいるはず。悪いのは私ではなく、シューリヒトなので、家族にはその旨を告げていただきたい。

 なお、EMI盤はモノラルで、DENON盤はステレオ。EMI盤の音質はDENON盤に優るとも劣らない、明瞭な録音である。

 

2000年11月8日、An die MusikクラシックCD試聴記