ラトルのベートーヴェンを聴く

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CDジャケット

ベートーヴェン
交響曲第5番ハ短調 作品67
録音:2000年12月1-3日、ムジークフェラインザールでのライブ
ブラームス
バイオリン協奏曲ニ長調 作品77
バイオリン:チョン・キョンファ
録音:2000年12月18-20日、ムジークフェラインザール
ラトル指揮ウィーンフィル
EMI(7243 5 57165 2 1)

 面白いCDが登場したものだ。対照的な側面をいくつも持ったCDなのである。ラトルにとっては満を持して取り組んだドイツものの録音であるのだが、いきなりベートーヴェンとブラームスだ。それもベートーヴェンは最も有名な第5番、ブラームスは協奏曲。前者はライブ録音で後者は非ライブ録音。ベートーヴェンは最近はやりのベーレンライター版を使った演奏で極めて先鋭的。それも、同じベーレンラーター版を使っているはずのアバドの演奏やジンマンの演奏とは似ても似つかない。「一体ベーレンラーター版はどうなっているのか?」と首を傾げざるを得ない。少なくとも誰かはベーレンライター版に大幅な改訂を加え、独自の音楽に書き直しているはずだ。聞き慣れたはずのベートーヴェンではないの分かるとしても、ベーレンライター版を使った演奏の中でこれほどの差異が出ると、楽譜を手元に置かなければ、とても演奏についてのコメントができない。全く困った録音である(私はベーレンライター版を見ていないので途方に暮れている)。

 あくまでも想像の域を出ないが、ラトルはベーレンライター版を使いながらも、その解釈を徹底させているのではないかと思われる。なにしろ、第1楽章から第4楽章まで指揮者の指示は実に細かく、オケはそれを忠実に実行していく。なめらかなフレージングはあまり現れず、ぶつ切りとなっていたり、テンポ設定がダイナミックだったり、普段は気がつかない内政部・低声部の動きが露わにされたりする。弦楽器の荒々しい奏法や金管楽器の図太い吹き方など、その手の入れ方は半端ではなく、じっと耳を澄ませて聴いていると、ラトルとウィーンフィルによる新解釈発表会のような雰囲気となってくる。おそらく、誰もが第4楽章のコーダが終了するまでその解釈と表現をつぶさに聞き取ることができるだろう。その意味で実に先鋭なベートーヴェンである。

 一方、ブラームスはうって変わって古典的な演奏である。もしかしたら新しい解釈がかなり盛り込まれているかもしれないが、私のような素人ではよく分からない。ラトルはここでは先鋭さを出さず、ひたすらチョン・キョンファのサポートに回っているらしい。チョン・キョンファは自分の好きなように演奏できたのではないか。ややゆったりとしたテンポ設定を含め、じっくりと歌い上げた演奏になっている。

 さらに、このCDはベートーヴェンが聴衆を入れたムジークフェラインザールでのライブであり、ブラームスは同じ場所を使いながらも、聴衆がいない状況下で録音されたためか、響きが全く違う。ベートーヴェンはダイレクトに音が迫ってくるが、ブラームスはホールトーンが多め。ややお風呂場的と言えるほどだ。同じホールで、ほぼ同じ時期に、同じ演奏家達が、同じエンジニアのもとで収録していることを考えると、これはとても興味深いことだ。もっとも、バランスエンジニアはマイク・クレメンツ(Mike Ckements)という人が両方とも担当しているが、Technical Engineerはグラハム・カークビー(Graham Kirkby)とアンディ・ビア(Andy Beer)の2名が記載されている。ベートーヴェンとブラームスで手分けしたのだろうか?

 いずれにせよ、1枚のCDのくせに、中身は多様である。ラトルという指揮者をもっとよく知りたいという人には打ってつけのCDである。.

注:この演奏については私は白旗を揚げている。特に感動的な演奏とは思えないのだが(失礼)、ラトルがかなり自己主張しているのは明らかだ。なのに、私には今のところそれを検証するための資料がない。上記は極めて中途半端なコメントだが、何卒ご容赦願いたい。

 

2001年9月10日、An die MusikクラシックCD試聴記