秋の夜長に聴く弦楽四重奏曲?

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CDジャケット

ヤナーチェク
弦楽四重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」
録音:1993年
弦楽四重奏曲第2番「ないしょの手紙」
アルバン・ベルク弦楽四重奏団
録音:1994年
EMI(輸入盤 5 65765 2)

 4枚組のアルバン・ベルク弦楽四重奏団25周年記念CDのDISC 4から。上記ヤナーチェクの弦楽四重奏曲のみのCDはTOCE-8729として発売されている。

 「秋の夜長にはやっぱり弦楽四重奏だ」と勝手に決めた私は思わずこのCDを取り上げてしまった。秋の夜長に聴く弦楽四重奏曲なら、ベートーヴェンの後期の深遠な曲集が最適なのだが、つい手が伸びてしまうのはヤナーチェクなのである。

 チェコの作曲家ヤナーチェクの弦楽四重奏曲は大変な傑作だと思う。かたや「クロイツェル・ソナタ」、かたや「ないしょの手紙」などという覚えやすい表題がついているが、これがなくても傑作中の傑作として音楽ファンの支持を得たに違いない。それもそのはず、この2曲はヤナーチェク(1854-1928)がその最晩年、ほかの傑作群とほぼ同時期に精魂傾けて作曲したものだからである。弦楽四重奏曲第1番は1923年、第2番は1928年の作曲。ヤナーチェクの代表的な音楽はこの時期にたくさん書かれている。例えば、

  • 歌劇「利口な女狐の物語」(1923年)
  • シンフォニエッタ(1926年)
  • グラゴル・ミサ(1926年)
  • 歌劇「死の家より」(1928年)

 二つの弦楽四重奏曲はこれらの傑作とはやや趣を異にした作品であるとはいえ、やはり作曲家最晩年の音楽の結晶だと私は思う。両曲ともに内面から沸き上がる狂おしいほどの情熱に満たされており、その思いが聴き手を圧倒する(特に第2番はすさまじい)。しかも、聴き手を圧倒するのはセンチメンタルな旋律があるからではない。むしろその逆で、20世紀の音楽家らしく、軟弱な甘い旋律は一切拒絶している。また、超絶的なパッセージも目白押しだ。私は弦楽器の技巧についての知識がないのではっきり書けないのだが、技巧的にもかなりのレベルだと思う。

 この大傑作の録音で真っ先に挙げられるのは、やはりアルバン・ベルク弦楽四重奏団の演奏だろう。アルバン・ベルク弦楽四重奏団などと聞くと、かつてベートーヴェンの弦楽四重奏曲がバカ売れし、そのCDが大量に出回ったので「ああまたか」と食傷気味の方も多いだろう。私もそうだ。が、やはりすごいグループだ。さんざんアルバン・ベルク弦楽四重奏団を聴いた後で、「もう聴きたくない」と思っても、このヤナーチェクばかりはその演奏の次元の高さに我を忘れて聴き入ってしまう。アインザッツ(入り)の鋭さは言うに及ばず、大オーケストラにも匹敵するような巨大な音響まで作り出している。かと思うと、最弱音の張りつめたような緊張感もすごい。その技量にはただただ驚くばかり。このような演奏を前にすると、思わず息をのんで聴かざるを得ない。

 驚くのはこれがスタジオ録音ではなく、ライブであることだ。両曲とも、演奏終了後拍手が始まるまで若干の間がある。私もそうだったが、あまりのすごさに聴衆は声も出せず、また体も動かなくなっていたのであろう。どうすればこんな完璧な演奏ができるのだろうか。完璧といっても機械的な完璧さではなく、人間の暗い情熱まで織り込んだ完璧さなのだ。信じがたい演奏家達だと思う。音楽本来の魅力がアルバン・ベルク弦楽四重奏団という名演奏家を得て、最高に輝いた瞬間の記録だろう。いつも私はEMIに注文をつけまくっているが、このライブ盤を出してくれたのは感謝したい。音質もいい。どこを取っても非の打ち所のないCDだと思う。

 最後に。「ないしょの手紙」はヤナーチェクの愛人に対する切々としたラブ・レターなのだが、その愛人は人妻で、38歳も年下。しかも名前は「カミラ」という。はて?どこかで聞いた名前だな。

 

1999年11月3日、An die MusikクラシックCD試聴記