スクロヴァチェフスキーの丹念なブルックナー

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CDジャケット

ブルックナー
交響曲第1番ハ短調(リンツ稿)
スクロヴァチェフスキー指揮ザールブリュッケン放送響
録音:1995年 ARTE NOVA

 ARTE NOVAから出ているスクロヴァチェフスキーのブルックナーはこれで5枚目になる。今までに発売された5,6,7,8番はどれも好演で、ブルックナーファンならずとも、すっかりスクロヴァチェフスキーの手並みに感心してしまったのではなかろうか。

 昨年発売されたこの第1番もかなりの売れ行きだったようだ。12月上旬には780円の輸入盤が姿を消してしまい、私は地団駄を踏んだ。国内盤はまだあったが、1,000円も(!)するし、とても買う気になれない。年が明けるのを待って、やっと輸入盤を買うことができた。

 さて、演奏はどうか。実は昨年REFERENCE RECORDINGSから出たブルックナーの9番が、面白いけれどやりすぎの感が強かっただけにちょっと心配だった。あのミネソタ響との録音はいくら何でもブルックナーの曲を歪めていて、あまり繰り返し聴くのが億劫になっていた。まるでハリウッドの映画音楽になっているのだ。アメリカのオケだからそうなったとは思いたくないが、そうした演奏はひとたび聴きなじむと、癖になって、他の演奏が聴けなくなるから恐い。

 が、今回のザールブリュッケン放送響との録音は眉をひそめさせるような場所はなく、それどころか、聴き所満載の大変な好演だったので安心した。スクロヴァチェフスキーの鋭角的な表現がブルックナーの曲風に合っているので、ダイナミックな第1,3,4楽章は小気味いいほど面白い。ザールブリュッケン放送響というドイツの片田舎のオケを指揮してこれほど豊穣な響きを引き出すのはすごいことだと思う。

 それだけでない。このブルックナーはスクロヴァチェフスキーが丹念に丹念に心を込めて演奏したような雰囲気が漂う。それは第2楽章アダージョでとことんよく分かる。まるでそよ風が丘の上を抜けて通り過ぎていくようなすばらしい音楽を弦楽器が巧みに表現している。弦楽器の音色がそよ風のように流れていく。これには驚いた。この楽章ではさすがのスクロヴァチェフスキーも小細工を行わず、謙虚にブルックナーの音楽と対峙したようだ。全く丁寧な音楽作りで、その丁寧さ、丹念さには脱帽せざるを得ない。この楽章を聴くためにこのCDを買っても決して失敗はしないだろう。それにしてもこのオケ、スクロヴァチェフスキーのもとでかなりの実力を身につけてしまったようだ。ブルックナーの7番が出た頃はアンサンブルはよく整っているけど、やや潤いに欠け、硬質な響きが目立つ質実剛健なオケだと思っていたが、このCDを聴いて見方を改めてしまった。少なくとも、アダージョで聴ける弦楽器にはほれぼれする。

 と思いながら、録音データを見るとさもありなん。このCDの録音には何と6日もかけている。スクロヴァチェフスキーはあの大作ブル8を録音する時にさえ2日間しかかけていない。ブル8と比べるとはるかに小規模なこの曲の演奏に6日間もかけたのだから、いい演奏になるに決まっている。ARTE NOVAもよくそんな悠長なことを認めたと思うが、我々ファンにとっては嬉しい話だ。これがわずか780円だとは。ARTE NOVAに感謝しなければならない。

 なお、「リンツ稿」について。この曲にはブルックナーが1865-66年に完成させたリンツ稿と1890-91年に大改訂を行ってできたウィーン稿がある。一般的にはリンツ稿が演奏されているようだ。スクロヴァチェフスキーがブルックナーの若々しい自信作であったリンツ稿で演奏してくれたのも嬉しい。

 

1999年2月1日、An die MusikクラシックCD試聴記