プーランクを聴く

Francis Poulenc(1899-1963)

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 プーランク生誕100年だそうな。商業レベルでのクラシック界では100年記念とか、200年記念とか、あの手この手を使って気分を盛り上げ、CD販売に結びつけようとしている。昔はこんな騒ぎを馬鹿らしいと思っていたが、最近ではそうでもないと思うようになった。いい演奏家に録音の機会が回ってくるから、粗悪な寄せ集めCDの山に混じって良質なCDが現れる。例えば、昨年のシューベルト・イヤーではインマゼールの交響曲シリーズなど、優れたCDが出た。そう考えると、今年のプーランクも無視しないで注目した方がよい。

 プーランクものとしては、EMIからは今年4種類のボックスセットが出た。これはプーランクの主要作品を網羅した大作である。ボックスの図柄はプーランクのひょうきんな顔4態。あんなひょうきんな表情がそのままクラシックCDのジャケットになるというのも珍しい。プーランクの音楽性に潜む諧謔性がなせる技であろう。

 プーランクは不思議な曲をたくさん書いた。いわゆるエスプリの作曲家である。不思議で、可愛らしくて、茶目っ気があって、美しく、皮肉っぽい。プーランクを聴いた人は誰もがそうしたイメージを持っているだろう。20世紀の音楽ではあるが、多くの作曲家と違い、人を楽しませる音楽を書いたといえる。

 しかし、プーランクは何を思ったのか、歌劇「カルメル派修道女の対話」という、とんでもない音楽を書いてしまった。これは文字通り「とんでもない」音楽である。荘厳な美しさに満ちており、聴き終わると言い知れぬ感銘と衝撃に包まれる。しかし、いくら何でも恐すぎる。荘厳な美しさの中でギロチンの音が生々しく何度も響くクライマックスはもう恐くて聴いていられない。「何でこんな恐ろしい曲を作っちまったんだ」と思わずにはいられない。上述したEMIのボックスセットにはデルヴォー指揮パリ国立歌劇場管弦楽団ほか、の演奏によるCDが含まれている。これは40年も前の古い録音であるからまだ許せる。が、ケント・ナガノのCDはいけない。90年の録音であるから、鮮明なデジタル録音で、音がリアルすぎるのである。あまりの恐怖に「もうやめてくれ」と叫びだすリスナーもいるだろう。

 そんな曲もあるプーランクだが、一般的には楽しく明るい音楽を残した。管楽器曲や声楽曲が有名だが、今回はピアノ協奏曲を取り上げよう。

 プーランクには2つのピアノ協奏曲がある。まず、通常の「ピアノ協奏曲」(1949年)と、「2台のピアノのための協奏曲ニ短調」(1932年)である。どちらも楽しい。私はどちらも好きなのだが、今回は今話題の小澤征爾のCDを選んでみた。

CDジャケット

プーランク
2台のピアノのための協奏曲ニ短調
ピアノ演奏:カティア&マリエル・ラベック
小澤征爾指揮ボストン響
録音:1989年
PHILIPS(輸入盤 426 284-2)

 このCDはプーランクを聴こうと思って買ったわけではない。最後に入っているミヨーの曲が目当てであった。ミヨーはミヨーで面白いのだが、気に入ったのはプーランクの協奏曲であった。録音が良いために非常に細かいところまではっきり聴き取れるのが嬉しい。こうした繊細な音楽を聴くにはやはり優れた録音の方が楽しめる。プーランクの協奏曲の表面的な作りは古典的な3楽章形式なのだが、中身は随分違う。不思議な響きが冒頭から聴き手を包み込む。音楽の流れや表情はめまぐるしく変わる。どこでどう展開するか分からない。こうなると、下手に理屈を考えてああだ、こうだというのではなく、音楽自体を楽しんでしまった方がよい。

 両端楽章は明るく、きらめくような音楽だが、第2楽章が涙が出るような美しさだ。モーツァルトの最良の緩徐楽章にも匹敵する。実はこの曲にはモーツァルトの引用がたくさん含まれているらしい。「らしい」と書いたのは私はどの部分がどの曲か明確には聴き取れないからである。また、プーランクは引用することでモーツァルトらしさを出したのではないようだ。自分の言葉で語りかけている。この第2楽章を聴くと、夜空にきらきら輝いているいくつもの星を見上げるような気分になる。「銀河鉄道の夜」を思い出しそうだ。

 小澤の音楽性はこうした音楽にぴったりで、見事というほかはない。フランス人でなければプーランクのエスプリを出せないなどということはない。ボストン響の弦楽器群もすばらしく繊細な音色を聴かせる。

 ピアノのラベック姉妹は昔美人デュオとして一世を風靡したが、今は名前も聞かない。どうしているのだろうか。このCDで聴いた限りでは、もっともっと活躍できるデュオだと思うのだが。

 なお、収録曲は以下のとおり。

プーランク

  • 2台のピアノのための協奏曲ニ短調
  • 4手のためのピアノソナタ
  • シテール島への脱出
  • カプリッチョ
  • エレジー

ミヨー

  • スカラムーシュ
 

1999年6月30日、An die MusikクラシックCD試聴記