「古色蒼然」とは? コンヴィチュニーを聴く

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CDジャケット

ベートーヴェン
交響曲第3番変ホ長調作品55「英雄」
コンヴィチュニー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管
録音:1960年 Berlin Classics

 コンヴィチュニーという指揮者をご存知だろうか? とても地味な指揮者だ。1901年にチェコで生まれ、1962年に他界した。1949年以降、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管の常任指揮者となり、死ぬまでその地位にとどまった。いわゆるスターではない。見かけもよくない。でっぷりしていて、いかにも正しいドイツのおじさんという感じで、人の良さそうな風貌はとても巨匠には見えない。

 今回この指揮者を取り上げる気になったのは先頃NHKで放映された「20世紀の名演奏家」でコンヴィチュニーがいかにも日本での低い人気を反映した状態のまま紹介されていたからである。NHKの映像はコンヴィチュニーが61年にライプツィヒ・ゲヴァントハウス管を率いて来日した際のもの。

 確か画面には「正統的で抑制された表現」とか書いてあるテロップが流れていたし、オケについては「古色蒼然」とはっきり書いてあった。私はそれを見て「一体どんな人がこのテロップを書いたのだろうか」と首をひねってしまった。「正統的で抑制された表現」は取りようによっては悪評ではない。もしかすると、褒めているのかもしれない。しかし、「古色蒼然」はどうだろうか? 手元にある岩波国語辞典で「古色蒼然」を引くと、「いかにも古びて見えること」とある。おそらく褒め言葉ではないだろう。そんな言葉で形容されてしまったら、コンヴィチュニー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管のCDなど誰も聴く気がしなくなるのではなかろうか?

 「では実際にCDを聴いて確かめたらどうだ」と思ってコンヴィチュニーが作ったベートーヴェン全集を取り出してみた。何番を聴いてもいいのだが、今回は第3番「英雄」を聴いてみた(理由は後日分かる)。

 これがどうして「古色蒼然」なのか。音楽は生き生きとして躍動感に富み、溌剌とした表情が全編に漲っている。オケの音色は艶やかで、張りがある。特に木管の音色などのびのびしていて実に味わいがある。演奏全体の印象を先に言ってしまうと、「正統的であるが故に何度聴いても飽きのこない名演」といったところか。いや、これでもまだわかりにくい。こんなのはどうか? 例えば、アマチュアオケで時たまとてもいい演奏がある。楽譜に書いてある通りに一所懸命忠実に演奏しているのだが、本番の熱気の中でメンバー全員が最高の演奏をしてしまったような時だ。この「英雄」にはそんな雰囲気すら感じられる。もちろんライプツィヒ・ゲヴァントハウス管がアマチュア並みだとは間違っても言えないが、そんな雰囲気を伝えるプロの演奏が悪いわけがない。

 このCDは録音もいい。40年前の録音であるが、高水準のステレオで、音質は万全。そうなると、このコンビの演奏が「古色蒼然」などではないことがよけいはっきり分かる。

 さて、このコンビ、どうして「正統的」、「抑制された表現」あるいは「古色蒼然」などといういかにも有り難くない形容をされ続けてきたのだろうか? おそらく、このコンビが旧東ドイツで活躍していたからだろう。全くばかげた話だ。その地域性だけで音楽を判断するなんて、異常ではないか? 音楽を聴く側がいかに虚心坦懐でないかということを如実に物語っている。もちろん、このベートーヴェン全集だけでこのコンビの演奏を一般化することはできないのは十分承知している。が、少なくとも彼らの最も代表的な記録であるこの演奏を聴けば、「古色蒼然」などといういいかげんな表現は使えなかったはずだ。

 私は昔、東ドイツの音楽家が非常に安価な楽器しか買えず、そのためいい音を出せるオケができなかったという話を耳にしたことがある。曰く、楽器を見ると、日本の音大生でさえ使わないようなひどい代物で、その楽器を使って演奏すると、何となく独特の味わいができて、日本ではそれを「いぶし銀の響き」と呼んで有り難がっているという話だ。その話、ある程度は本当だろう。東ドイツも経済的に行き詰まっていたというから、いい楽器は持てなかったかもしれない。しかし、音楽表現は馬鹿にはできない。その証拠に、このベートーヴェンはすばらしい。数ある「英雄」の中でも最も優れたもののひとつだと思う。最後まで一気に聴かせる充実した演奏で、抑制された表現ばかりだとは思えないが、いかにもドイツらしい伝統に基づく重厚さ、華麗さがある。イメージだけで音楽家を判断するのはやめたほうがいい。もっと虚心坦懐に音楽を聴くべきだ。我々が聴きたいのは優れた音楽であって、地域性でもなければブランドでもない。

 このCDについてはもっともっと詳しく書きたいが、きりがない。確かばら売りされていないので、買うには勇気がいるかもしれないが、思い切って買ってしまおう。名演揃いの全集なので買ってもまず損はしない。一度中古CD屋で3,800円で売っているのを見たことがある。もしそんな価格で出ていれば超お買い得。

 

1999年3月15日、An die MusikクラシックCD試聴記