カルショーの名録音を聴く
2.コンセルトヘボウとカルショー

文:青木さん

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 デッカでのカルショーの仕事を、まずはコンセルトヘボウ関係から聴いていくことにしよう。カルショーは本書の中で、1951年の出来事を記した章に「大いなる年」という標題を付けている。これはその年に再開されたバイロイト音楽祭に参加してクナッパーツブッシュ指揮の「パルジファル」と「神々の黄昏」を録音したことが大きかったようだが、当時の上司ヴィクター・オロフから引き継いだコンセルトヘボウ管との初仕事も挙げられていて、9月にベイヌムとセルのセッションを担当している。続いて1952年の4〜5月と1953年の5月にもベイヌムの録音を手がけた。1953年9月にはベイヌムの指揮でブリテンの曲が録音されたがプロデューサーは不明、またその月にクライバーとクリップスの指揮で録音されたベートーヴェンはいずれもオロフのプロデュース。

 翌1954年にベイヌムがフィリップスに移り、デッカのコンセルトヘボウ録音は途切れたが、1961年2月に単発的なアムステルダム再訪があり、カルショーはショルティ指揮でマーラーの第4番を担当した。同時に録音されたフィストゥラーリ指揮のチャイコフスキー「白鳥の湖」はレイ・ミンシャルが手がけている。

 なお、コンセルトヘボウで行う録音の際に、『客席を取りはらい、オーケストラを舞台上にではなく、床面に置いた方がよい結果が得られることを発見した』のは「私たち」であると書いている。これがデッカのスタッフ一般のことを指すとすれば、カルショーが担当する以前の話という可能性もあり、いつからそのようにしていたかは定かでない。

 

■ 1951年9月の録音

 

 この当時のコンセルトヘボウ管は絶頂期にあったとカルショーは述べている。ベイヌムについては『天才の範疇には入らないけれど、つねに優れた演奏をする指揮者という、希少化が進む一方の種類の人物』と評し、『これほど高水準のオーケストラを築いたのは、彼の功績である』としている。このセッションでカルショーが担当した録音は、「コンセルトヘボウの名録音」の第1回で伊東さんが採りあげたあのブラームス第1番(及びベルリオーズの「幻想交響曲」)なのだから、カルショーのこの賛辞も納得がいくというもの。

 だがしかし。カルショーは、同じセッションに登場したジョージ・セルを、ベイヌムよりも高く評価しているのだ。セルによってヘボウは真の価値を示し、セルの作る音楽に存在するきらめきと活力がベイヌムの解釈には欠けている、という。ほんとうなのか?

CDジャケット

ブラームス
交響曲第3番 ヘ長調 作品90
ジョージ・セル指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音:1951年9月3日 コンセルトヘボウ、アムステルダム
プロデューサー:ジョン・カルショー
エンジニア:ケネス・ウィルキンソン
DECCA(国内盤:ポリドール POCL3907、輸入盤:Universal 475 6780 8 DC5<Original Masters>)

 個人的にはブラームスの交響曲の中で唯一好きになれない曲なのだが、このセル盤にはつい聴き入ってしまった。とてもいいのだ。その主な理由はオーケストラの瑞々しいサウンドがたまらなく蠱惑的なせいだが、なかなか格調の高いすっきりとした表現でそれを引き出しているセルの手腕も認めないわけにはいかない。

 この指揮者は勝手にスコアに手を入れるので(バルトークのオケコンはとにかく最悪だったし、本書の中でも別の例を挙げて『音楽の印象を誤らせる部分は、何だろうとためらうことなく修正した』と描写されている)、どうも音楽家として信用できないのだが、嫌いな曲を好きにさせてくれるなら話は別だ。この曲に関してはフィリップスのベイヌム盤より上かもしれない。しかしだからといって、ベイヌムのブラ1に「きらめきと活力」が足りないとは、ワタシにはまったく思えないのだが。

 翌日にドヴォルザークの交響曲第8番も録音されている。以前に「コンセルトヘボウの名録音」で採りあげたが、これも名演。

 

■ 1952年4〜5月の録音

 

 『アムステルダムを再び録音のために訪れたとき、オーケストラ内の不穏な空気が増しているのを確信した』。カルショーがそう感じたのは、ウィレムの甥のルドルフ・メンゲルベルクの支配下にあったコンセルトヘボウ管が自主運営に移行しつつあったことが原因らしい。1953年前後に自主運営となってすぐにヘボウは『明らかに下降した。よい演奏者がよい管理者であるとはかぎらない。いや、優れていればいるほど、管理業務に割ける時間も、そのために必要な忍耐力も少なくなるだろう。その結果、腕が劣り〜』と記述は続いている。

 仮にそれが正しいとしても、この時点ではまだ下降は始まっていないことになる。このセッションでカルショーが担当した曲はマーラーの第4番。他にもロッシーニ序曲集を手掛けたが、シューベルト「ロザムンデ」やメンデルスゾーン「真夏の夜の夢」などはプロデューサーが不明だし、この年の11〜12月の録音セッション(ハイドンやシベリウスなど)については本書で言及がなされていない。

CDジャケット

ロッシーニ
序曲集(ウィリアム・テル,どろぼうかささぎ,セミラーミデ,絹のはしご)
エドゥアルト・ヴァン・ベイヌム指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音:1952年5月 コンセルトヘボウ、アムステルダム
プロデューサー:ジョン・カルショー
エンジニア:ケネス・ウィルキンソン
DECCA(国内盤:ポリグラム POCL4714、輸入盤:Universal 473 110-2<Original Masters>)

 マーラーについてはかつてご紹介したので、本書には出てこないがロッシーニを。なかなかモダンな印象の演奏だ。どの曲も躍動感は充分だが、必要以上に煽り立てたりはせず、一定の格調が保たれていて好ましい。軽い曲にもかかわらず聴き応えがあるので、4曲だけというLPサイズでも聴後感に不足はない。コンセルトヘボウ管によるロッシーニ序曲の録音は他にはなく、この企画を実現してくれたことに感謝するのみだ。

 ちなみにカルショーはほとんど同じ曲目のロッシーニ序曲集を、1958年にペーター・マーク指揮パリ音楽院管で制作している。わざわざステレオで作り直したほど、カルショーはこれらの楽曲に思い入れがあったのだろうか。

 

■ 1953年5月の録音

 

 『またアムステルダムに行って、いくつか録音したが、その中にブラームスのピアノ協奏曲第1番があった』とのことで、カルショーが手掛けたことがはっきりしているのはこの曲とブルックナーの第7番だけ。この月のセッションで録音された他の曲のうち、パイパーの交響曲第3番ではブラームスと同様にカーゾンがピアノを弾いており、カーゾンとの深い関係から察するにこれもカルショーのプロデュースと想像できる(とするとカプリングのディーペンブロックともども)。

 ブラームスの録音では、カーゾンは第3楽章の冒頭で何度もつまづき、ようやくうまくいった後に録音した部分を皆で聴いてみることになったのだが、緊張したエンジニアがテープを再生するつもりで録音モードにしてしまい、せっかく収録した演奏を消去してしまったという。一同さぞがっかりしたことだろう。すぐに演奏・録音を再開したら、今度は一度でうまくいったらしい。『こうした事故は、危険を知ったテープのメーカーが、録音ボタンを誤って押さないように改良したことで、二度となくなった』とのことだが、世間にそんな事故はたくさんあったのではないか。例えばスティーリー・ダンの「セカンド・アレンジメント」という曲の録音が同じ理由でこの世から消滅してしまったのは、奇しくもカルショーの死の数ヶ月前のことだった。

CDジャケット

ブラームス
ピアノ協奏曲第1番 ニ短調 作品15
エドゥアルト・ヴァン・ベイヌム指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
クリフォード・カーゾン(p)
録音:1953年5月 コンセルトヘボウ、アムステルダム
プロデューサー:ジョン・カルショー
エンジニア:ケネス・ウィルキンソン
DECCA(国内盤:ポリグラム POCL4703、輸入盤:Universal 475 084-2 DC4<Original Masters>)

 カルショーとカーゾンはこの曲をセル指揮ロンドン響でステレオ再録音しており、世間ではそちらが名盤とされているようだが、ワタシはこの録音をたいへん気に入っている。まだ老成していないブラームスの覇気が感じられるかのような瞬発力と躍動感が、重厚で渋い管弦楽の音色と絶妙にマッチ。奇跡的な名盤だ。さすがベイヌム先生のブラームスは素晴らしい。

 またデッカの場合、1950年代前半にその録音技術をいったん極めたらしく(モノラルとして)、この数年前の録音に比べて明らかに音質が向上している。瑞々しく艶やかなサウンドが明瞭に再現されてくるし、ピアノと管弦楽のバランスも完璧で、ほれぼれする録音だ。これならステレオ再録音盤をわざわざ買う気にはなれない。

 

■ 1961年2月の録音

 

 このときカルショーが制作したのは、ショルティ指揮でマーラーの交響曲第4番。このCDは「コンセルトヘボウの名録音」ですでに伊東さんが採りあげておられる。ショルティの個性とコンセルトヘボウの持ち味、そしてデッカの録音の特徴がすべて全開となっており、なおかつそれらが高い次元で融合しているという、個人的には奇跡としか思えない存在の録音。カルショーとウィルキンソンのグレイトなコンビによるコンセルトヘボウのステレオ録音がこれしか残されていないとは、残念だ。

 

・・・・続く

3.ショルティとカルショー」はこちらです。

 

(2005年8月17日、An die MusikクラシックCD試聴記)