名盤のゆくえ 「ダフニスとクロエ」の場合

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 先日夏休みをもらって福島の田舎に帰ったところ、中学3年生になる姪のRちゃんが「おじさん、『ダフニスとクロエ』の全曲を聴きたいんだけど」と誠に殊勝なことを言ってきました。そういえば、一昨年の夏休みにRちゃんにあげたCDの中にミュンシュ指揮パリ管によるラヴェル管弦楽曲集があって、それに収録されていた「スペイン狂詩曲」と「ダフニスとクロエ」第2組曲を聴いて興味を覚えたものらしいです。もともとは「ボレロ」を聴いて楽しんでもらうために送ったCDでしたが、意外な効用があったというべきでしょう(昨年も5枚送っているのですが、その感想は来年くらいに出てくるのでしょうか?)。

 Rちゃんに送る「ダフニスとクロエ」全曲盤をさっそくインターネットで検索し始めたところ、意外な事実が判明してしまいました。最有力候補として考えていたデュトワ指揮モントリオール交響楽団の国内盤CDが(2008年8月時点では)存在しないのです。輸入盤CDはあります。しかし、できれば中学3年生には国内盤をプレゼントしてあげたいところです。

 やむなく私はクリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団による全曲盤(1962年録音、EMI)と、参考盤としてブーレーズ指揮ベルリンフィルハーモニー管弦楽団の全曲盤(1994年録音、DG)を選び、さらにトランペット吹きのRちゃんのために大奮発し、フルスコアをくっつけてやりました。小学校からトランペットを吹き続け、どうやら首席奏者になっているRちゃんはスコアを手にしながらラヴェルのめくるめく世界に浸っているようです。受験生にそんなものをあげて大丈夫かとちょっと心配ですけど。

 ところで、すぐ入手できる国内盤の「ダフニスとクロエ」全曲は結構あります。それも古い録音が頑張っています。先に挙げたクリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団盤をはじめ、アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団盤(1957年録音、DECCA)、モントゥー指揮ロンドン交響楽団盤(1959年録音、DECCA)など、それこそ50年も前の録音が今も堂々と現役盤として君臨しています。それぞれが時代を超えた独自の魅力を放っていると私は思いますが、デュトワ盤はなぜ国内盤がなくなったのでしょうか。

CDジャケット
輸入盤のオリジナルジャケット。

ラヴェル
バレエ音楽「ダフニスとクロエ」全曲
シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団、合唱団
録音:1980年8月、モントリオール、聖ユスタシュ教会
DECCA(輸入盤 400 055-2)

 記憶の糸を辿っていくと、私が最初に買ったCDはこのデュトワ指揮の「ダフニスとクロエ」全曲盤だったような気がします。当時デュトワの録音は最高評価の名盤でした。さらに「ダフニスとクロエ」全曲盤のCDには他に選択肢がなかったように記憶しています。デュトワ盤は極彩色のCDジャケットと「デジタル録音によるラヴェル」というイメージがぴったりマッチしていました。LPのようにスクラッチノイズがなく、ほとんど無音の中から音楽が始まった瞬間の驚きは大きく、「CDとはこういうものか」と大変感激したことを覚えています。私が大学2年生の時でした。

 閉口した点もあります。私が買ったのは輸入盤で、当時は1枚4,200円もしました。また、「ダフニスとクロエ」は全曲で55分もあるのに、インデックスがなかったのです。例えば「パントマイム」のフルートソロを聴くためにはじっと聴き続けるか、早送りボタンを押し続けるしかないという非常に不親切な作りでした。それでもRちゃんにプレゼントするCDとしてデュトワ盤がベストだと思ったのは、それを何度も繰り返して聴いたことからくる親近感の大きさと、様々な「ダフニスとクロエ」全曲盤を聴いた今でも演奏の質・音の良さで第一級だと認識しているためでした。

 辛口の音楽評論家ならば、いろいろとこの演奏の欠点をあげつらうことができるのでしょうが、私は未だかつてどこにも不満を感じたことがありません。最初の音から終わりの音まで、精妙で絢爛たる世界に酔いしれます。長大な作品を一気に聴かせる指揮の巧みさ。オーケストラ演奏はここまで美しく磨き上げることができるのだという驚き。それを一点の曇りもなく聴かせる録音技術。実に素晴らしい。私にとっては古さを全く感じさせないCDです。

CDジャケット
OIBPリマスタリングによる輸入盤。

 しかし、我が国ではこのCDも四半世紀の時の流れの中で若干淘汰されてきているのでしょう。もしかしたら、クラシック音楽のCDを聴く人の中で、デュトワの位置が少し低下しているのかもしれません。デュトワのCDがDECCAから矢継ぎ早にリリースされていた時代は既に去り、CD自体が売れなくなってきています。こうした環境下でなお売れるのは、アンセルメであり、モントゥーであり、クリュイタンスというある意味でブランド化された指揮者達によるCDなのでしょう。高齢の指揮者や死んだ指揮者が伝説化される傾向がある我が国ではデュトワは往年の大指揮者達にCDセールス上の後れを取っているのかもしれません。もし本当にそうだとしたら信じられないことですが。

 デュトワの「ダフニスとクロエ」の輸入盤はOIBP盤なら入手しやすいようです。そうは言っても自分が聴き込んできたCDが入手しにくくなっているという事実は、何となく物寂しい気にさせます。かつてこのデュトワ盤は、「ダフニスとクロエ」の決定盤のように言われたものですが、1950年代から1960年代に録音された全曲盤に、もう一度肩を並べることがあるのでしょうか。

 

(2008年8月31日、An die MusikクラシックCD試聴記)