月光の音楽 Mondscheinmusik

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前編

LPの絵

R.シュトラウス
歌劇「カプリッチョ」から「月光の音楽」
ホルン演奏:ペーター・ダム
ケンペ指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1970年6月
ETERNA(LP輸入盤 8 26 439)、LP所有者は読者Y氏

 まずは「月光の音楽」についてのエッセイ。筆者は私のお師匠様のおひとり、スシ桃さん。

 

カペレの演奏する「月光の音楽」といえば忘れられない思い出があります。

 89年春、時間だけは充分あった学生の私は、当時も一番好きだったカペレの関東での来日公演すべてに通いました。そのうちの一晩、サントリーホールでのこと。ブラームスの4番が終わったあと、この曲がアンコールとして演奏されたのです。ブラームスとは明らかに音を変えたふんわりとした弦楽器にのって、ホルンの妙なるサウンドが会場に響きわたりました。曲名も分からないままでしたが、その音のあまりの優しさに私は激しく心を揺さぶられました。心のすみずみにまでしみわたるかのような音楽に、恥ずかしながら涙してしまったほどです。

 演奏が終わり、そのホルン奏者が答礼していました。ああ、もしかしたらこの、手塚治虫の漫画のキャラクターのような風貌の人がペーター・ダムという人なのかな、と私は思ったのです。もちろんダムの名前だけは知っていましたが、レコードでカペレの録音を聴くときに、それほど意識することはありませんでした。その経験以降、カペレの録音の聴き方が少し変わったのです。音の全体を楽しむ、ということのほかに、これを吹いているのは誰だろう、という興味が出てきたのです。そして、カペレの魅力にとりつかれたまま、現在に至っておるわけでございます。

 先日、「幻」といわれた、ペーター・ダムがソロを吹く「月光の音楽」を聴くことができました。なぜ「幻」なのかは伊東さんが詳しくご紹介されるとおもいますので省略いたしますが、その録音を聴かせていただき、感無量でありました。個人的思い出に加えて、その録音でのダムの演奏が見事であったからです。ふんわりとした弱音を保ったまま、音楽の呼吸を心得たフレージングで歌い、見事なレガートを保ち、弦楽器と融合していくのです。クレジットがなかったとしても誰しもがダムの音、そしてカペレの音であることを疑わないでしょう。後半、高潮していくときの弦楽器と木管楽器の溶け合いかたも、これこそがカペレの真骨頂といえるほどの演奏でした。

 オペラ本体ではこのあと、伯爵令嬢がフィナーレに向かって長いソロを歌っていきますが、「月光の音楽」ではホルンこそプリマドンナなのでしょう。そしてペーター・ダムこそ、プリマドンナとして最高の歌を聴かせてくれているのです。

 最後になりましたが、この貴重な録音を聴かせていただいたYさんに深く感謝申し上げます。ならびにそのきっかけを作っていただいた伊東さんにも感謝いたします。ありがとうございました。

スシ桃さん

 

 スシ桃さんの文章はすばらしい。この文章を読んで、「月光の音楽」を聴きたいと思わない人はいないはず。

 ケンペがシュターツカペレ・ドレスデンと残したR.シュトラウス管弦楽曲・協奏曲集に含まれる1曲。この曲の前後には交響詩「ドンファン」や「ティル」が録音されている。ケンペが録音したR.シュトラウスは旧西側諸国ではEMIから発売され、今でもケンペの重要遺産として聴き継がれている。が、EMIはどういうわけかこの「月光の音楽」だけ、CD化していない。この大規模なR.シュトラウス録音は、EMIと旧東独ETERNAの共同制作によるが、両社間で何か基本的な販売政策が違っていたのだろうか?「月光の音楽」はわずか4分程度の短い曲だから、どのCDの余白にだって収録できたはずだ。これがわざわざ省略された理由がきっとあるはずだが....。

 それはともかく、この「月光の音楽」はペーター・ダムのために作曲されたと思えてくるほどペーター・ダム向きの曲だ。R.シュトラウス最後のオペラ「カプリッチョ」大詰め、最後の場冒頭に現れる「月光の音楽」は、その名が示すとおりロマンティックな雰囲気を持つ佳曲で、R.シュトラウス特有の人工的美の極限をなす。ホルンの弱音に始まるこの曲を聴いていると、ドイツの月夜が彷彿とされる。ホルンのソロにはやがてオケが加わり、次第に情感を高めて行くが、ホルンの出来で印象が変わってしまう。ダムは決してホルンをバリバリ吹くタイプではない。英雄的なホルンではなくして抒情的なホルンなのだ。弱音にビブラートをかけて歌うペーター・ダムのホルンはこの曲に最適である。オケもペーター・ダムのホルンをそっとサポートするように演奏している。3分半の曲なのに、ダムとカペレはひとつの小宇宙を作っている。規模は小さくても感銘度は非常に深い。心が洗われるような幽玄な演奏である。それ以外にこの演奏を表現しうる言葉を私は知らない。また、私はこれ以上すばらしい組み合わせを知らない。EMIはどうしてこの録音だけを除外してCD化したのだろうか?(注:読者ゆきのじょうさんによれば、EMIの録音企画には存在しなかったらしい。つまり東独ETERNAの独自企画だから、BERLIN ClassicsからCD化されるのを待つしかなさそうである)。

 ETERNAのオリジナルLPには他に「町人貴族」組曲と「泡立ちクリーム」のワルツが収録されている。こちらはいずれもCD化されている。

 

後編

 

  「月光の音楽」はすばらしい名曲だが、この音楽を含む「カプリッチョ」は、15もあるR.シュトラウスのオペラの最後を飾る作品で、しかも戦争中の作曲(1941年、ガルミッシュ)であることなどが災いし、あまり脚光を浴びていない。オペラ自体が過小評価されている曲のひとつだと思う。R.シュトラウスはナチスに協力した廉で戦後冷遇された。「サロメ」や「エレクトラ」「ばらの騎士」などいくつかのポピュラーになったオペラと違い、晩年のオペラには枯淡の境地に達した巨匠の作曲技法が見られる。晩年の作品はどれも名曲だから、私はそのうちに「カプリッチョ」はじめ、R.シュトラウスのオペラが復権するのではないかと読んでいる。

 では、「カプリッチョ」の一節、「月光の音楽」が忘れ去られた曲かというと、そうでもないようだ。自分のCD棚を見ても「月光の音楽」を収録したCDがいくつかある。皆さんも確認してみると面白いだろう。私の場合、以下のCDを持っていた。市場を探せば、きっと他にもぞろぞろ出てくると思う。

CDジャケット

R.シュトラウス
4つの最後の歌
東の国から来た聖なる3人の王たち 作品56の6
歌劇「カプリッチョ」から「月光の音楽」、「伯爵夫人のモノローグ」
ソプラノ:アンナ・トモワ=シントウ
カラヤン指揮ベルリンフィル
録音:1985年11月、ベルリン
DG(国内盤 POCG-20021)

 「月光の音楽」は帝王カラヤンも密かに録音していた。カラヤンは評価が定まった曲しか取りあげなかったという。カラヤンの録音があるということは、音楽界が認め、カラヤンも追認した名曲ということだろうか? ホルン・ソロの名前が標記されていないが、カラヤン&ベルリンフィルとくれば、多分ザイフェルトが吹いていると思われる。弱音でも芯の太さを感じさせるホルンである。「さすがカラヤンとザイフェルトのコンビは完璧だ!」といいたいところだが、淡泊な演奏である。もしかしたら、カラヤンもザイフェルトも「月光の音楽」にあまり共感を持っていなかったのかもしれない(と言えば言い過ぎか。きっとそうだ)。

CDジャケット

R.シュトラウス
楽劇「ばらの騎士」組曲
歌劇「インテルメッツォ」から「4つの交響的間奏曲」
歌劇「カプリッチョ」から「序奏と月光の音楽
楽劇「サロメ」から「7つのヴェールの踊り」
プレヴィン指揮ウィーンフィル
録音:1992年10月、ウィーン、ムジークフェラインザール
DG(輸入盤 437 790-2)

 かなり有名なCDなのでお持ちの方も多いはず。ウィーンフィルの「ばらの騎士」組曲を聴けるのがウリの名盤(近々別項で取りあげる予定)。実のところ私は、当盤を持っていて最近まで全く気がつかなかったが(^^ゞ、プレヴィンも密かに「月光の音楽」を収録していたのだ。序奏部分は、「カプリッチョ」冒頭の弦楽6重奏のことである。精緻な演奏が聴けるが、「月光の音楽」ともどもあまり印象が強くない。「月光の音楽」のホルンはあまり抒情的とは言えない。しかもオケが入ってくるとたちまちうるさくなってきて雰囲気をぶち壊す。「ばらの騎士」組曲ではすばらしいホルンの咆哮が聴けるのに。プレヴィンはウィーンフィルと相性が良い指揮者らしいが、「カプリッチョ」との相性は今ひとつなのだろうか。DGの固めの録音のせいか?

CDジャケット

R.シュトラウス
楽劇「ばらの騎士」から「第1幕のモノローグ」
同、「第3幕の三重唱及びフィナーレ」
歌劇「アラベラ」から「第1幕の二重唱」
歌劇「カプリッチョ」から「月光の音楽
同、「最後の場面」


エッシェンバッハ指揮ウィーンフィル

  • ソプラノ:ルネ・フレミング
  • ソプラノ:バーバラ・ボニー
  • メゾ・ソプラノ:スーザン・グラハム
  • バリトン:ワルター・ベリー

録音:1998年12月15-19日、ウィーン、ムジークフェラインザール
DECCA(輸入盤 466 314-2)

 今をときめくルネ・フレミングを主役にしたCD。脇を固めるのはバーバラ・ボニー、スーザン・グラハムという美女連。しかし、オペラ録音にかけてはどのレーベルにも負けないDECCAが作るCDであるだけに上手な仕上がりだ。R.シュトラウスのオペラの最もおいしい部分ばかりを声楽つきで収録している。「どんな曲かよく知らないのに、3枚組の全曲盤は買えない」とか、「おいしいところだけつまみ食いしたい」というファンなど、広く楽しめるように作ってある。「月光の音楽」はプレヴィン盤よりも雰囲気がよく出ている。ムジークフェラインザールのホールトーンまでを視野に入れた録音はDECCAの面目躍如。「月光の音楽」がどんなものか知りたい、というのであれば、この1枚がお薦めかもしれない。なお、CDジャケットは最近のお色気路線丸出しでいただけない。スキャナーで読み込んでいたら、女房さんに「何やってんの!」と怒られた。

CDジャケット

R.シュトラウス
歌劇「カプリッチョ」全曲
サヴァリッシュ指揮フィルハーモニア管
録音:1957年9月2-7,9-11 58年3月28日、ロンドン
EMI(輸入盤 7243 5 67391 2 3)

 最近artによるリマスタリング処理を施されて甦った名盤。若き日のサヴァリッシュが絶頂期のフィルハーモニア管を指揮して録音したモノラル盤だが、レッグがプロデュースしただけに半端な出来ではない。キャストには愛妻シュワルツコップをはじめ、フィッシャー・ディースカウ、ヴェヒター、ゲッダ、ホッター等、錚々たる顔ぶれを並べている。50年代後半にこんな録音をイギリスのオケで実現させたレッグの手腕・慧眼にはただただ恐れ入るばかりだ。解説の中にある写真を見ると、大歌手の真ん中でレッグが一番偉そうにしている(無論、サヴァリッシュよりも!)。「月光の音楽」のホルン・ソロはデニス・ブレイン亡き後の首席アラン・シヴィルだと思う(デニス・ブレインが死んだのは1957年9月1日!)。アラン・シヴィルが吹いたメンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」の「夜想曲」に通じる、森を感じさせるホルンの音色が印象的。ただし「カプリッチョ」の舞台はドイツの森の中ではなく、1775年当時のフランスで、しかもパリ近郊、貴族の館のテラスが舞台なのだが...。ドイツ人の音楽は何故か森を連想させる。

CDジャケット

R.シュトラウス
歌劇「カプリッチョ」全曲
カール・ベーム指揮バイエルン放送響
録音:1971年4月、ミュンヘン、ヘルクレスザール
DG(輸入盤 445 347-2)

 R.シュトラウスに全幅の信頼を置かれたベームの感動の名演。このCDを聴くと、ベームがいかに優れたR.シュトラウス解釈者であったか分かる。「月光の音楽」ひとつをとってみてもお見事で、言葉に言い尽くせない深い感銘を与える。ホルンの情感、ホルンとオケのバランスなど、のめり込みすぎず、また距離を置きすぎずに演奏されている(ホルン奏者は誰なのだろう?)。2枚組の全曲盤だが、「月光の音楽」の良い演奏を聴きたいというのであれば、ペーター・ダム&カペレ盤がCD化されていない以上、これがベスト盤だろう。しかも、このCDは「月光の音楽」だけでなく、「カプリッチョ」全曲盤としても(私が持っている)3種の中で傑出している。ベームの作品に対するただならぬ愛情がにじみ出た指揮は、どのような堅物でも落涙させるのではないだろうか。音質的にも聴きやすいステレオ(録音技師はギュンター・ヘルマンス)。キャストもヤノヴィッツ、トロヤノス、シュライヤー、フィッシャー・ディースカウ、プライなど豪華。オケはバイエルン放送響だが、実に見事。一部に見られる、「R.シュトラウスはやはりウィーンフィルで」などという先入観は完全に覆されるだろう

CDジャケット

R.シュトラウス
歌劇「カプリッチョ」全曲
ウルフ・シルマー指揮ウィーンフィル
録音:1993年12月、ウィーン、ムジークフェラインザール
DECCA(輸入盤 444 405-2)

 おそらくは「カプリッチョ」の最新全曲録音。「R.シュトラウスはどうしてもウィーンフィルで」という方には打ってつけ。確かにオペラ・カンパニーのDECCAがデジタル技術を結集させて録音した全曲盤だから立派な出来である。音質も最もよい。キャストにはキリ・テ・カナワや、オラフ・ベーア、ファスベンダーなどが顔を揃えている。すごいのは上記サヴァリッシュ盤で登場していたハンス・ホッターがここでも登場していることだ。解説にはインタビュー記事もあるが、ホッターは1942年、ミュンヘンにおける初演からこのオペラを歌い続けているという。すごいキャリアである。このCDで聴く「月光の音楽」は3つの全曲盤の中で最もロマンチックだ。情感たっぷりの演奏で、これを聴いていると、しっとりと夜露に濡れそうだ。

 

2000年7月26,27日、An die MusikクラシックCD試聴記