シュターツカペレ・ドレスデン来日公演2004

サントリーホールの2公演で感じとこと
文:稲庭さん

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■ はじめに

2004年来日公演プログラム

 今回のシュターツカペレ・ドレスデンの来日については、伊東様をはじめ、様々な方が素晴らしいレビューをしてくださっているので、今さら私が屋上屋を架す必要はないとは思うのですが。それでも、やはり指揮者が好きなハイティンクとなると何らかの感想を書きとめておきたい気持ちに駆られるのも確かでして、些細な感想ですが一応書き留めておきたいと思います。

 本題に入る前に、私の音楽の好みの傾向と、基本的な点について。

 

■ 私の傾向

 
  1. 好きなオーケストラは、チェコフィルです。
  2. 古楽器も好きでよく聞きます。BCJ(バッハ・コレギウム・ジャパン)は、今回は同日だったので行きませんでしたが、ほとんど聴きに行っています。
  3. 楽器は、ヴァイオリンをアマチュア・オケで弾いています。ということは、どうしても聴くときは弦楽器を中心に聴いてしまいます。
  4. ブルックナーという作曲家は、よく聞く方ではありますが、よく分からない作曲家です。ブルックナーの中では、5番が最も素晴らしいと思っています。
  5. ブラームスは大好きな作曲家です。
 

■ 基本的な点

 
  1. コンサートは2004年5月21日(金)および22日(土)に、サントリーホールで行われたものです。
  2. 曲は、皆様ご存知のとおり、21日がブルックナーの8番、22日がウェーベルンのパッサッカリア、ハイドンの交響曲86番、ブラームスの交響曲1番です。
  3. 座った席は、21日が二階の中央ブロック2列目33番(舞台やや上手寄り)、22日が一階後方20列17番(舞台やや下手より)です。
  4. シュターツカペレ・ドレスデンを聞くのは二回目です。前回は、数年前にシノーポリと来日した際にマーラーの5番などを聞きました。当然、シュターツカペレ・ドレスデンは好きなオーケストラの一つです。
  5. ハイティンクは、現在の指揮者の中で最も好きな指揮者の一人です。しかし、生で聞いたのは、これまた数年前、ロンドン交響楽団とのブラームス4番などの演奏会だけですが。その演奏会は、今でも印象に残っているほど感心しました。
  6. 4および5より、私は今回のコンサートに相当の期待をして行きました。期待が大きい場合は、評価は辛口になりがちです。その辺を差し引いてお読みください。
  7. 私の文章の技術上、感動したかどうか、ということはあまり書けません。全体的な感想は総論で述べるとおりです。ただ、私がより興味があるのは、自分がどうしてそういう感想を抱いたのか?という方なのです。ですから、お読みになる方によっては、まるでロボットが何の心もなく書いた文章のように思われるかもしれませんが、それは私の文章が下手だということで、お許しください。ただ、誰かが言ってそうですが、「パトスなくしてロゴスなし」だと、常々思っています。
 

■ 全体的な感想

 

 素晴らしい、と言える演奏会だったと思います。両日とも、音楽が自然であったこと、王道のど真ん中を堂々と歩んでいたこと、それが素晴らしいと思いました。ハイティンクはよく「ただやっているだけ」と言われたりしますが、私はそのような論評はよく分かりません。「ただやる」ことは原理的に不可能です。一度でも音楽(とりわけバロック音楽)をやったことがある方ならお分かりだと思いますが、楽譜をそのまま弾くと、音楽になりません(初期の携帯の着メロが非常に奇妙に聞こえたのも、この点があると思います)。何らかの読み込み(言ってみれば楽譜に句読点を打つこと等)が必要です。ハイティンクとシュターツカペレ・ドレスデンの演奏はその句読点が極めて正しいところに、きちんと打たれている、そういう安心感と格調の高さがありました。それゆえ、ともすれば、単なる「金管協奏曲」になってしまうブルックナーの曲が、まさに、壮大な理念を持った作品であるように聞こえるわけですし、ブラームスがまさにドイツ以外の作曲家以外ではありえないように響くのだと思いました。(余談ですが、前日に藤沢周平の「回天の門」を読んでいまして、主人公の妻が「どうして男というのは天下国家やらなにやらそんなことに夢中になるのだろう」と訝る場面があるのですが、その場面を思い出してしまったことも、事実ですが。やはり、女性にはブルックナーを苦手とする人が多い?小市民にすらなりきれない私も男性ながら、ブルックナーは実は苦手なのかもしれません。)

 シュターツカペレ・ドレスデンの音色も、巷間言われている評判にたがわない、柔らかく、同質性を持ち、広がりのある音で、シュターツカペレ・ドレスデンを満喫できました。

 また、シュターツカペレ・ドレスデンの音量がかなり大きなものであることに驚きました。前回聞いたときはそのような印象は持たなかったのですが。(伊東様が書いておられるように、毎回こうではないのかもしれませんが、とにもかくにも、そのような音量を「出すことができる」ということが発見でした。とりわけ、チェロとコントラバス、それに金管!!)しかし、この点では少し不満のあったことも事実です。鳥肌が立つようなピアニッシモは、私は、あまり経験できませんでした。

 

■ 気が付いたことを少々

 

 よく、シュターツカペレ・ドレスデンについては「柔らかい響き」とか「同質性を持った響き」などといわれているように思います。上記の通り、今回2回のコンサートを聞いて、その通りだと思いました。しかし、私が疑問だったのは、いったいどうやって??ということです。

 パンフレットにもありましたが、「語法の統一」、すなわち、奏者のバックグランドが同一であるという指摘がまずその回答として挙げられます。その回答は9割9分当たっているのだと思います。が、チェコフィル・ファンの私としては「それだけかな?」と思うところもあるわけです。というのは、周知のとおり、チェコフィルもシュターツカペレ・ドレスデンと同様に、旧東ヨーロッパ圏に属し、ほとんどの団員がプラハでの教育を経て入団する(と、統計的に確かめたわけではありませんが、巷間言われているところを信用するならです)点では変わりません。しかし、チェコフィルの音は、シュターツカペレ・ドレスデンよりもう少し鋭く、各パートの分離もより明瞭であるように思われます(ただし、調子のいいときだけです。調子の悪いときは、それはひどいものです)。これに対して、シュターツカペレ・ドレスデンの音は、各パート間の音の分離がそれほど明瞭でないくらいブレンドされていることがある(いい意味でも、悪い意味でもです)、というのが今回の印象でした。

 すなわち、問題は、シュターツカペレ・ドレスデンとチェコフィルはどちらも団員のバックグラウンドが同じであるという共通点があるにもかかわらず、どうして、シュターツカペレ・ドレスデンの方が全体的にブレンドされた音を出し、チェコフィルは、シュターツカペレ・ドレスデンに比べると、各パートの分離がはっきりすることになるのか?ということになるかと思います。

 模範解答?は、それぞれそのように教育されているから、ということですが、これについて私は真偽を確かめる術がありませんので、置いておいて、今回見聞きした範囲で気が付いたことを幾つか述べたいと思います。

 今回のコンサートでは、聴覚的な発見が多くあったのも確かですが、実は視覚的な発見も同様にありました。それは、(どうしても弦楽器の話になってしまうのですが)シュターツカペレ・ドレスデンのヴァイオリンの弓の動きはそろっていないこともままある、ということでした(一つだけ顕著な例を挙げるとすると、ブラームスの1番、終楽章のコーダ直前の第一ヴァイオリンのシンコペーション)。また、縦の線も厳密に言えば、あっていないことがままある、という聴覚上の発見もありました。例えば、コンセルトヘボウなどは、かなり近くで聞いても、どの人がどの音を出しているか分からないくらいぴっちりそろっていたのですが、シュターツカペレ・ドレスデンは、「こりゃ、近くで聞いたらばらばらに聞こえるだろうな」と思うシーンが何度もありました。

 それで、極めて逆説的ではあるのですが、これがシュターツカペレ・ドレスデンのブレンドされた響きの秘密の一つではないかと。ぴっちり揃えない、ということは、アタックが分散されるわけですから、パートとしては目立ちにくくなるということになります(もちろん、全然揃っていなければ、逆に、目立ちます)。

 また、シュターツカペレ・ドレスデンのバランスには独特のものがありますね。今回、特に「ほう」と思ったのは、普通なら伴奏であると考えられるパートを相当大きな音量で鳴らしていたような気がしたことです。とりわけそれが明らかだったのは、ブルックナーでは木管セクションだけの部分、ブラームスでは2楽章のヴァイオリンソロの部分などだったように思いますが、よく考えると、どのセクションもそういう傾向があったように思います。(もちろん、その結果メロディが何だか分からなくなるというような下手なことは決してしない、極めて計算されたバランスなのだと思います。)これも、皆様がご指摘なさるように、ブレンドのやり方の一つだと思います。

 シュターツカペレ・ドレスデンの音の作り方は、縦の線、バランス、どちらも、(かっちり合っていたほうが良い、明瞭である方がよいという)普通の評価基準で言えば、あまり評価されないはずの方向に向いているように思います(実は、音程に関しても同様のことが言えるのではないかと思っているのですが…)。もちろん、心地よく聞こえる程度に「ずらす」ということはあえて計算してやるものだとは考えられませんから、オーケストラの本能なのでしょう。さらに、ぴっちりしてほしいところでは必ず合わせます。これも、オーケストラの本能でしょう。「ずらすことも合わせることも芸(art)の内」。このようなことが、今回2度のコンサートを経験して、もしかするとこれがシュターツカペレ・ドレスデンのすごさかもしれない、と思った点でした。

 というわけで、一応問題に解答を与えるとすると、チェコフィルに比べてシュターツカペレ・ドレスデンは「心地よく聞こえるようにずらす技術を持っており、それがシュターツカペレ・ドレスデンのサウンドの秘密の一つかもしれない」ということになります。

 

■ おわりに

 

 何分、頭で考えた文章ですので、まれに見る拍手とブラボーを巻き起こしたコンサートの感想としては、極めて部分的で不十分であると思いますし、それを快く思わない方がおられましたら、若輩者の戯言と一笑に付して、なにとぞご容赦下さいませ。

 

(2004年5月23日、An die MusikクラシックCD試聴記)