私のカペレ
第6回 「ゆきのじょう」さん

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 カペレの魅力、素晴らしさを伝えているディスクは何でしょうか? 様々な名演を思い浮かぶことでしょうが、私はどうしてもこのディスクを外すことが出来ません。そんなディスクをご紹介したいと思います。

CDジャケット

ルドルフ・ケンペ リハーサル
ベートーヴェン:「エグモント」序曲
交響曲第7番(第1〜3楽章)
ルドルフ・ケンペ指揮シュターツカペレ・ドレスデン
LP: ORFEO(S 0798321)
CD: BERLIN CLASSICS(0091952BC)

 オーケストラのリハーサル風景というものは、クラシック好事家にとっては大変興味深いものの一つです。普段完成されたものとして聴いている音楽芸術が、如何にして作られていったのかという過程とともに、指揮者の人柄とか、オーケストラとの関係ものぞき見ることが出来るからです。さて、このディスクもそんなリハーサルを収めた一枚で、1970年6月18ー19日のベートーヴェン・イヤーのコンサートのために、6月15日に行われたそうです。当時、ケンペはカペレとR.シュトラウスの管弦楽曲全集の録音を行っていました。その当時行われていた曲目は手元の資料によれば、「ツァラトゥストラ」「死と変容」「ドン・ファン」「マクベス」「アルプス」などで、これらを6月13〜24日にかけて収録していました。まさにケンペとカペレが渾身の力でもって珠玉の芸術作品を産み出していた頃の貴重な記録であると言えます。しかしながらこれを、まず商品として考えた場合、五つの意味で驚きの一品であります。

 まず一番目の驚きはケンペのリハーサルであるということ。私のようなケンペを敬愛する者としては卒倒してしまうほどの宝物となったディスクですが、一般的にはカラヤンやフルトヴェングラー、チェリビダッケなどに比べればケンペの知名度は(残念ながら)格段に落ちると言わざるを得ません。従って売り物として考えれば、売れる品物とはお世辞にも言えないでしょう。それが世に出たことだけでも驚きです。

 二番目は収録された内容です。通常のリハーサル風景は、その完成された曲とともにカップリングされるか、セットの特典(ムラヴィンスキーなど)であるのが普通です。最近でのチェリビダッケですら、そうです。しかし、このディスクはリハーサル風景だけ収められています。3日後に行われた、ハンス=リヒター・ハーザーとの競演のピアノ協奏曲第1番を含めたコンサート自体の録音は存在しないようです。だからといってリハーサルだけで売り物になるという目論見が何処から出てきたでしょうか?

 三番目は、メインの第7番は第3楽章までで肝心の(?)見せ場とも言える第4楽章が収録されていないことです。LPでの解説によれば、この録音はテープ整理のため残っていた録音主任が、ふと思いついて("illegalen"〜違法にも、つまりケンペとカペレの同意なしに、なのでしょう)収録してしまったもので、第4楽章までリハーサルが進んだところで次の空のテープを見つけることが出来なかったという事情があったためですが、それにしても商品価値としては全部揃っていないセットを売るようで、正直頂けないことは事実でしょう。

 以上のような売り物としてのリスクがあるのに、レコードとして世に出ました。日本のクラシック界ではおそらくほとんど話題にも上りませんでしたし、当然国内盤として出ることはありませんでした。そして、時代はCDの世となり、このディスクはCD化されることもなく埋もれて行くのだろうな、と考えておりました。それが、ベルリンクラシックスからCD化されました。これは四番目の驚きです。

 そして最後の驚きは、その収録されている内容が極上なことです。リハーサルとは言えども音楽は誠に素晴らしい。当然ドイツ語で話しているケンペの指示を理解することは私には遠く及びませんが、ちょっとしたニュアンスを伝えるために一節ケンペが唄ってみせると、カペレはまさに「そのように」奏でるのです。一回目の演奏ですら素晴らしいのに、ケンペがバランスを整え、あるパートに伝えたイメージを他のパートが同じパッセージを受け継ぐと、同じイメージに演奏していく・・すると音楽は一段と高みに昇っていきます。時にちょっとした冗談を言っているのでしょうか、暖かい笑い声が出ながらも、心地よい緊張感溢れるリハーサルは、なるほど、これだけで(第4楽章がなくとも)、至高の芸術たるものであると思います。先の四つの驚きはたちまち霧散し、後にはケンペとカペレが創造していく「作品」に酔いしれる自分だけが残ります。ここでのカペレの音楽はとてもしなやかで美しいです。リハーサルだけでここまで酔えるからこそ、このディスクはCDにもなって語り継がれているのでしょう。

 CDの解説には、当時のカペレのマネージャーの一文が掲載されています。著作権に触れますので転載を避けますが、ケンペとカペレとの素晴らしい関係について、語られています。是非合わせてご一読ください。

 

2000年9月17日、An die MusikクラシックCD試聴記