弦楽器とオーボエの響きを聴く

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CDジャケット

モーツァルト
ディヴェルティメントKV.136〜KV.138
オーボエ協奏曲ハ長調KV.314
アダージョとフーガハ短調KV.546
ブロムシュテット指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1973〜77年、ルカ教会
BERLIN Classics(輸入盤 0011882BC)

 BERLIN Classicsは旧東ドイツ時代の録音を片っ端から復刻しているらしい。今回取りあげたCDもかつては徳間から国内盤が出ていたものと同一である。ただし、組み合わせが異なる。国内盤にはオーボエ協奏曲は含まれていなかった。ただ、BERLIN Classicsも闇雲にカップリングしたわけではなく、一応曲順はKV番号順になっている。

 このCDには二つの価値がある。第1は、カペレの弦楽セクションの音色を確認できること。曲調がディヴェルティメントと「アダージョとフーガ」で全く異なるのも、その意味では非常に興味深い。しかもKV.546のフーガではカペレ弦楽セクションの生き物のようにうねる動きを堪能することができる。

 モーツァルトのディヴェルティメントといえば、ただひたすらに明るく、流れるような演奏が多いが、カペレの録音ではさらにその上をいく。美しい弦楽器の響きに魅了されない人はいないだろう。録音のよさも手伝って、極上のサウンドが聴ける。この温かみのある透明な音色は実にすばらしい。また、カペレの高度なアンサンブルについては衆目の一致するところだろうが、アンサンブルを楽しみながら音楽を作り上げた余裕さえ感じられる好録音だ。

 一方、「アダージョとフーガ」は低弦による強力な下支えが見事で、その上に各声部が重厚な響きを築き上げていく。その生成過程を見ていくと、音楽の奥深さにただ感心するばかりである。カペレの技術水準は90年代に入って低下したといわれるが、弦楽器部門については今もこの良き伝統を維持している。よほど上手な伝承がなされているのだろう。

クルト・マーンの写真。まるで歴史上の人物のようだ。

 さて、このCDの第2の価値。それは名手クルト・マーン(Kurt Mahn)のオーボエが聴けることである。オーケストラの中でオーボエが果たす役割は極めて大きく、どのようなオーボエ奏者がいるかで全体の印象を左右することもある。クルト・マーンはその意味でカペレの音色を支えてきた一人と断言できる。カペレの録音を聴いていて、一際美しいソロが現れたら、それはまず間違いなく、クルト・マーンだ。なぜなら、クルト・マーンは40年以上の長きにわたりカペレに在籍し(最近退団、詳細不明)、そのほとんどの演奏会、録音に参加している。旧東独のオケに所属していたために知名度はペーター・ダムと同様、必ずしも高いとはいえなかったが、紛れもない名手である。晩年には左の写真のように、仙人あるいは歴史上の人物のような風貌になってしまったが、その存在感はこの風貌にふさわしく揺るぎないものであった。

 なお、ブロムシュテットがカペレについてコメントしている記事が「クラシック・ディスク・ファイル」(音楽之友社刊)に掲載されているので、ご紹介しよう(これはレコ芸88年5月号のインタビュー記事の転載である)。

 

 優れたオーケストラというのはどれもはっきりとした性格を持っているもので、それぞれの色がはっきりと感じとれます。ときにはひとりのプレーヤーがそのオーケストラの特徴を表していることもあります。ベルリン・フィルのオーボエのコッホ、彼の音は美しいドルチェで、たっぷりとしたヴィヴラートを響かせながらも、それが気にならないという、独自の魅力をもっています。こうしたオーボエをウィーン・フィルで聴くことは決してありません。シュターツカペレ・ドレスデンのオーボエも聴けばすぐに判ります。ここのオーボエは他の楽器奏者同様、何世代も前から受け継がれてきたものだからです。各楽器の首席奏者の教え子の中から、次の首席奏者が育ちます。音質と音の理想像がそのようにして伝えられてゆくのです。弦楽器奏者達もすべて地元ドレスデンの人間です。彼らは子供の頃からシュターツカペレを聴き、それが音楽の理想となり、それを目標に勉強してきたのです。彼らにはシュターツカペレの伝統が染みついているのです。

 

 この中でブロムシュテットはカペレのオーボエにふれてその響きを絶賛しているが、この代表がクルト・マーンであることは間違いない。

 さて、CDの話に戻ろう。モーツァルトのオーボエ協奏曲はオーボエというもの悲しい旋律を奏でる楽器に華やかな見せ場を与えた曲である。協奏曲であるからには最も華麗な技巧をあしらった第1楽章が良いといいたいところだが、この曲はフルート協奏曲として演奏される機会の方が多いような曲だけに、私はあえて推さない。やはり第2楽章Andanteにオーボエらしい響きを感じてしまう。このオーボエは1973年、クルト・マーンが現役バリバリの頃の録音だけに大変すばらしい音色を楽しむことができる。ただ、このCDにおける演奏はかなりの水準であるのだが、私はカペレファンとしては少し不満である。というのも、おそらくはこれがマーンのベストではないからだ。カペレの録音の中で、驚くほど美しい響きを数限りなく聴かせてきたクルト・マーンであるにもかかわらず、ソロをじっくり楽しめる好録音に恵まれなかったのは残念である。もしかすると、クルト・マーンはオケの一員としてこそ最大の力を発揮した人だったのかもしれない。

 

1999年11月29日、An die MusikクラシックCD試聴記