カール・ベーム全盛期の「英雄の生涯」を聴く

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■ 剛毅な演奏

CDジャケット

R.シュトラウス
交響詩「英雄の生涯」作品40
カール・ベーム指揮シュターツカペレ・ドレスデン
バイオリン演奏:エーリヒ・ミュールバッハ
録音:1957年、十字教会
DG(輸入盤 463 190-2)

 

 1992年、ドイツ・グラモフォンから「カール・べーム・エディション2」が発売された。これはベーム指揮によるR.シュトラウス他の主要オペラ・管弦楽曲が網羅された、ファン垂涎の企画であった。その一部にこの「英雄の生涯」も含まれていた(POCG-2691/2)。しかし、私は当時、あろうことか、「カール・ベームなんて...」と思っていたので、その多くを買い逃してしまった。そして、ベームの真価を理解した時には廃盤になっていた。大変な失策である。

 しかし、さすがにベームの演奏に対する需要はあるらしく、再発された。輸入盤のみで先頃発売された"Collectors Edition"では、「カール・べーム・エディション2」の一部であったR.シュトラウスの主要な管弦楽曲が聴ける(音楽ファンはすかさず買うべし!)。カール・ベームはこの中で、ベルリンフィルとシュターツカペレ・ドレスデンを使い分けて録音している。中でも「英雄の生涯」をカペレが演奏することになったのは嬉しい。ベームも正しい選択をしたと思う。

 カペレは、R.シュトラウスのオケとして長い歴史と伝統を持つ。ベームはシュトラウスと親交があり、R.シュトラウスの絶大な信頼のもとにオペラの歴史的初演を重ねている。そのオケと指揮者のコンビがR.シュトラウスの代表的な管弦楽曲である「英雄の生涯」を演奏するのだからたまらない。

 ところで、話は前後するが、私はベーム最晩年にクラシック音楽を聴き始めた。そのせいで、「ベームといえば重厚長大型」という妙な偏見を持ってしまった。それが偏見に過ぎないことは、1930年代から50年代にかけてのカペレとの録音の数々を聴けばすぐに分かる。ドレスデン時代のベームはすばらしい。目から鱗とはこのことである。ベームの音楽性は重厚長大どころか、大変「剛毅」なもだ。豪快ともいえるが、やはり「剛毅」という言葉がぴったりする。何しろ、ベームはオケをぐいぐい引っ張る。引きずり回す。そんな指揮をするものだから、聴衆も振り回される。とても重厚長大おじさんではない。

 そんなベームだから、カペレとの「英雄の生涯」もすごい。57年、ベームは絶頂期である。冒頭から飛ばす。やや荒っぽい演奏であるが、迫力は満点。「本当にスタジオ録音か?」と疑いたくなる。特に冒頭部分は、のけぞって聴く人が後を絶たないのではないか? オケは金管をはじめ、ガンガン鳴らしまくる。トランペットもホルンもやたら活きがいい。唸りをあげる弦楽器もすさまじい。これは非常に強力な演奏である。スタジオ録音なのに、激しすぎて、ところどころ技術的に破綻しかけている箇所もある。それが演奏のキズにならず、えもいわれぬ臨場感を表出している。これこそベームの本領だろう。

 あまりにも激しいベームの指揮にだけ目を奪われてはいけない。ベームはオケを全開にして、金管など限界に近い音量で鳴らしているように思える。が、信じがたいことに、うるさくなっていない。一歩間違えば、ただ騒々しい音楽になってしまうR.シュトラウスの音楽を豪快に演奏しているのに。ここがカペレのカペレらしいところだろう。オケの音色がブレンドされて、実によくまとまった音色を聴かせる(それは70年代、80年代の音と若干違うので興味深い)。

 カペレの音色はどこの誰が言いだしたのか「いぶし銀」などといわれる(実は出典らしきものはある)。本当だろうか。私はレコ芸などで頻繁に見かけた、褒め言葉とも思えないこの表現が嫌いである。「カペレの演奏をあまり聴いたことがない人が適当に貼ったレッテルではないか?」と思う時もある。現に、このベーム盤を聴くと、「これほど豪快な演奏をするオケの音色が、何でいぶし銀なのか?」と首を傾げたくなる。このグラモフォン盤は、モノラル録音ではあるが音質は極めて鮮明である。鑑賞に何一つ不満を感じさせない良好な音質が、「いぶし銀」などという陳腐なレッテルを否定している。もしこれがステレオ録音であれば、カペレの重厚でしかも透明感のある音色とともに押し寄せる圧倒的な迫力に肝をつぶす人がいるだろう。これはまさしくカペレの底力を表したすごい録音だ。

 ややマニア向けかもしれないが、今まで廃盤であったこの曲の名録音が聴けるようになったのは嬉しい。多分これもすぐ廃盤になるだろうから、気になる人はCDショップに急ぐべし!

 

 ・カール・ベームの「死と変容」はこちら

 

1999年9月30日、An die MusikクラシックCD試聴記