An die Musik 開設11周年記念 「名盤を探る」

第11回 ブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」

文:伊東

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 「名盤を探る」はシューマン、ブラームスときたので、第11回はブルックナーです。曲は交響曲第4番「ロマンティック」。まずはカール・ベーム指揮ウィーン・フィル盤です。

 

■ 旧時代の録音

CDジャケット

ブルックナー
交響曲第4番 変ホ長調「ロマンティック」
カール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1973年11月、ウィーン、ゾフィエンザール
DECCA(国内盤 UCCD-9520)

 これもとびきりの名盤だけに形を変えて何度も発売されています。私も愛着がある演奏なので、96kHz24bitのリマスタリング盤、それをSHM-CDとした盤、さらにSACDハイブリッド盤など、再発されるたびに購入しています。掲載したジャケット写真は、SHM-CDですが、この写真でないと満足できないのは高校時代からのノスタルジーによるものです。

 聴き返してみるとやはり圧倒的な演奏です。言葉を失います。ベームとウィーン・フィルの組み合わせは月並みのようでいて、そうではなかったのですね。冒頭のホルンを聴いた瞬間、スピーカーの前に釘付け状態になります。既に最盛期は過ぎていたカール・ベームでしたが、ここでは持ち前の剛毅な音楽作りをしていて痛快です。金管楽器を存分に鳴らし、この曲の壮麗な一面を余すところなく示しています。

 これを聴くと、クラシック音楽を聴き始めて30年以上経っているのに、昔と同じわくわく感を味わわせてくれます。単なるノスタルジーも含まれているのかもしれませんが、ベームとウィーン・フィルは両者とも演奏に迷いがなく確信に充ち満ちています。これ以外のどのような演奏があるのか、という確固とした自信が音になって現れているのです。この録音の名盤としての地位は、おそらく今後10年単位でも揺るぐことはないと私は断言します。DECCAの録音だけに音質的にも優れています。最近の経費削減を目的にしたディスクなど足元にも及ばないでしょう。SACDでは圧倒的な情報量による目の覚めるような演奏が楽しめます。

 もうひとつ私の好きな演奏を挙げます。異端かもしれませんが、ヨッフム盤です。

CDジャケット

ブルックナー
交響曲第4番 変ホ長調「ロマンティック」
オイゲン・ヨッフム指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1975年12月1-7日、ドレスデン、ルカ教会
EMI(輸入盤 CZS 7 62935 2)
ブルックナー:交響曲全集より

 シュターツカペレ・ドレスデンを代表する録音であるだけでなく、ヨッフムにとっても会心の出来映えであったであろう傑作録音です。ブルックナーの使徒ヨッフムが自分の思い描くブルックナー像をオーケストラに伝授し、ノーヴァク版を使いながらもヨッフム改訂版とさえ呼べるほどアクの強い強烈な演奏が聴けます。面白いのは、ヨッフムの勝手気儘とも思える解釈にオーケストラが喜んでついていっていることです。どう考えてもそうとしか思えない自発性が演奏から感じられます。ヨッフムとの演奏が音楽家としてよほど楽しかったに違いありません。7日もかけたセッション録音ですから、指揮者がどのような演奏にしたいか、オーケストラは十分に理解できたのでしょう。

 演奏家の自己満足に終わらないのが重要です。この1時間を超える大曲を聴き終わると、やはり「素晴らしい!」と拍手を送りたくなります。ヨッフムの恣意的な指揮に眉をひそめる人もいるかもしれませんが、これだけの演奏をほかにどこで聴けるというのか、私は見当もつきません。セッションに時間をかけることが可能であったこと、オーケストラの絶頂期でペーター・ダムを筆頭にした強力なホルン・セクションがあったことなどあらゆる好条件が揃った録音芸術の結晶であります。この演奏も、ベーム盤同様、今後10年単位の風雪に耐えることができるでしょう。 EMIにSACDがないのが唯一の不満です。


 ベームにしてもヨッフムにしても、指揮者とオーケストラの個性が強く滲み出た演奏をしています。大指揮者の時代ですから、それが当然でした。彼らは指揮者としての権限を最大限に使ってブルックナー演奏を行いました。誰から何と言われようと自分の演奏が正しいと信じ切っていたはずです。それ故、説得力のある名盤ができあがるわけです。

 ところが、20世紀の終盤になって、これらとは一線を画する演奏が登場し、世の注目を集めます。ギュンター・ヴァントの登場です。何故一線を画するかといえば、ヴァントは演奏家が「解釈すること」を嫌ったからです。解釈するのではなく、理解することを目標にし、スコアを徹底的に読み、理解し、演奏しました。その結果、極めて厳格なブルックナー演奏が出現しました。

 そのギュンター・ヴァントの「ロマンティック」の代表盤はおそらく1998年にベルリン・フィルを指揮した次の録音でしょう。

CDジャケット

ブルックナー
交響曲第4番 変ホ長調「ロマンティック」
ギュンター・ヴァント指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1998年1月30-31、2月1日、ベルリン、フィルハーモニーにおけるライブ
RCA(輸入盤 09026 68839 2)

 「ロマンティンック」は1976年にはケルン放送交響楽団と、1990年には北ドイツ放送交響楽団と録音しています。そして1998年にベルリン・フィルと録音しています。高齢のヴァントが存命中にヴィルトゥオーゾ・オーケストラを振らせて最高のブルックナーを聴いてみたい、またそれを録音しておきたいという希望はクラシック音楽ファンの多くが抱いた望みでした。そうして実現した一連のベルリン・フィル録音はファンの期待を全く裏切らないもので、私もこれこそ望みうる最高のブルックナー演奏だろうと思ったものです。

 今聴き返してみると、この録音で聴くブルックナーは、指揮者の統率のもと、高度に洗練された隙のない演奏ではありますが、ベルリン・フィルが強力過ぎるように感じられます。まるで公道において最新のイタリア製スーパーカーを見るような雰囲気です。このディスクに対する最高ランクの評価がベルリン・フィルの強力かつ洗練された合奏能力の賜であることは疑いの余地がありませんが、ヴァントが目指したブルックナーは本当にこれであったのかと最近では首を傾げることがあります。

 そう思って1990年録音を聴いてみると、案の定ベルリン・フィル盤とは違った感銘を得ます。

CDジャケット

ブルックナー
交響曲第4番 変ホ長調「ロマンティック」
ギュンター・ヴァント指揮北ドイツ放送交響楽団
録音:1990年6月17-19日、ハンブルク、ムジークハレにおけるライブ
RCA(輸入盤 60784-2-RC)

 オーケストラの技術・パワーはベルリン・フィルに比べれば及ぶべくもないでしょうが、これなら違和感は全く感じません。おそらくヴァントにとってもこの録音時点でのベストであったはずで、厳格ではあるものの、人間的な雰囲気がします。何より、オーケストラのパワーでねじ伏せられたという印象を受けず、好感が持てます。もともと、オーケストラは非力ではありません。アンサンブルも絶妙で、精緻な演奏を繰り広げながらもブルックナーの持つ素朴さ、壮麗さなどを表現しています。実に立派な演奏です。要するにベルリン・フィルが超絶すぎるのですね。これも10年単位の風雪に耐えるでしょう。

 私はヴァントの代表盤としてはこの1990年盤に愛着を感じるのですが、ヴァントにはもうひとつ「ロマンティック」の録音があります。

CDジャケット

ブルックナー
交響曲第4番 変ホ長調「ロマンティック」
ギュンター・ヴァント指揮北ドイツ放送交響楽団
録音:2001年10月28-30日、ハンブルク、ムジークハレにおけるライブ
RCA(輸入盤 74321 93041 2)

2枚組CD。 シューベルト:交響曲第5番及びギュンター・ヴァントへのインタビューを収録

 2002年2月14日に90歳で世を去るヴァント最後のコンサートの模様を収録したこの2枚組CDは、辞世の句とも言うべきものでしょう。これを聴くと、ヴァントが最後の最後まで「解釈をしない」ことを追求したことが分かります。気心が知れあったと思われる北ドイツ放送響はヴァントの楽器と化し、精緻極まりない演奏をしてヴァントの棒に応えています。これも確信に満ちた演奏です。「最後のコンサート」という冠がつくためにこの録音の印象はさらに強くなるのですが、それがなくても十分にヴァントらしい一徹さが刻印されています。

 ヴァントはわずか10年ほどの間に「ロマンティック」の正規録音を3度も行ったことになります。それだけ音楽界の注目を集めていたわけですが、このヴァント・フィーバーともいうべき狂騒が終わったところから「新時代の録音」が始まります。

 

■ 新時代の録音

 

 この「名盤を探る」の企画では既に引退あるいは死去している演奏家の録音は旧時代に属することになっています。ヴァントが1990年代に大活躍し、2002年に他界したために、旧時代が2002年まで持ち上がってきています。我ながら厳しい定義を作ってしまったものです。

 では2002年以降のブルックナー演奏を見てみましょう。まずはナガノです。

CDジャケット

ブルックナー
交響曲第4番 変ホ長調「ロマンティック」
ケント・ナガノ指揮バイエルン州立歌劇場管弦楽団(バイエルン国立管弦楽団)
録音:2007年9月、ミュンヘン
SONY(輸入盤 88697368812)
SACDハイブリッド盤

 ナガノは第1稿を使って演奏しています。第1稿と言えば、インバルがフランクフルト放送交響楽団を指揮して1982年にいち早く録音していますね。インバル盤は音がやや古くなったものの、演奏の鮮烈さは今も変わらず、先駆者による名盤としての位置は揺るがないでしょう。ですが、「ロマンティック」の場合、第3番「ワーグナー」ほどは第1稿の使用が広がらないだろうと読んでいたのですが、ここに来てこうした魅力的な録音が登場してきました。

 第1稿は、素材を単純に並べたような印象があるのですが、その素材の持つ音響が先鋭で、ブルックナーの交響曲全曲を知っている我々が今の耳で聴いても斬新です。これでは、同時代人の、特に専門家は目を丸くしたに違いありません。ブラームスは交響曲第4番を専門家たちに反対され、第3,第4楽章は破棄して差し替えろとまで言われたのに、それをはねのけて初演しました。ブラームスは初演後に聴衆の反応を確認した上で改訂したのです。ブルックナーもブラームス並みの自信を持っていれば、この第1稿がある程度改訂されるにせよ、第1稿の音楽がその後に決定版として残った可能性があります。第3楽章を聴くたびに、これを差し替えてしまったのはもったいないと思わせられます。

 ナガノは第1稿でブルックナーが書いた先鋭な音楽を、伝統的な響きの中であまり違和感なく表現しています。この曲が持つ先鋭さを前面に押し出すだけではなくドイツの森や自然を彷彿とさせるのです。大きな呼吸の中で作られるクライマックスはブルックナーらしい迫力があって聴き応え十分です。

 ナガノは、第1稿を奇道として使ったのではないでしょう。これを「ロマンティック」の重要な版と認め、これこそが正しい「ロマンティック」だと知らしめようとしているようです。これは指揮者のブルックナーに対する愛着、この版に対するこだわりを感じさせてくれる録音と言えるでしょう。ナガノさん、イメージとは裏腹に今後ブルックナーで活躍する可能性があります。

 もうひとつ、同じ年に第1稿による録音が行われています。シーモーネ・ヤング盤です。

CDジャケット

ブルックナー
交響曲第4番 変ホ長調「ロマンティック」
シモーネ・ヤング指ハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団
録音:2007年12月1-3日、ハンブルク、ライスハレにおけるライブ
OEHMS(国内盤 OC 629)
SACDハイブリッド盤

 ナガノと同じ第1稿を使っていながら全く異なる印象を与える録音です。ナガノより速めのテンポを取っているだけではなく、第1稿とその後の改訂版との違いをくっきり浮きだたせ、第1稿の先鋭な点を強調した演奏になっています。それをハンブルク・フィルハーモニーが実に壮麗に、パワフルに弾き切っています。しかもライブだというのにアンサンブルも素晴らしい。オーケストラにも第1稿は特別なものではなくなっているのか、気合いが入った自信漲る演奏になっています。ブルックナーを演奏するからにはこうでなくては。でなければ長時間聴衆を引きつけられませんし、自分たちだって長いだけの演奏に嫌気がさすはずです。

 これを聴けば「ロマンティック」に対する印象が激変すること請け合いです。私は最初際物的な録音かと思っていたのですが、これなら新時代の名盤と言えるでしょう。録音状態が極めて良いのも新時代の録音らしいです。女性がブルックナーを指揮するなんてついこの前まで想像もしなかったのですが、ヤングさん頑張ってくれますね。私と同じ1961年生まれだとか。


 

 さて、ここからが問題です。私が取り上げる新時代の録音はナガノ盤、ヤング盤の2枚だけなのです。しかも、そのいずれもが第1稿による録音です。

 2000年代に他に録音がなかったわけではありません。著名指揮者、著名オーケストラ、メジャーレーベルによる録音が行われています。

 それらは、確かに最新録音らしい音がします。ですが、どうしてその録音が行われたのか皆目理解できない場合があります。契約があったためやむなく録音したとか、本当にルーチンで行われたような気配があったりします。そのため、聴いていて訴えかけてくるものがありません。ベーム盤やヨッフム盤では聴き手に訴えようとする意欲が明確に感じ取れました。ヴァントにしても、「解釈するな」とはいえ、作品を作曲家の考えの通りに再現しようという強い意志がありました。最近の録音にはそうした意欲・意志が感じられないのです。ブルックナーはこれからどんな演奏がされていくのでしょうか。ちょっと心配です。

 

2010年4月15日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記