クーベリックとヴンダーリヒが共演した「マカベウスのユダ(ヘンデル)」を聴く

文:松本武巳さん

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CDジャケット

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ヘンデル
オラトリオ「マカベウスのユダ」(全曲)
フリッツ・ヴンダーリヒ
ルートヴィヒ・ヴェルター
アグネス・ギーベル、他
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送合唱団、交響楽団
録音:1963年10月25日、ミュンヘン
Orfeo(欧州盤C 475992 I) 

 

■ オラトリオ「マカベウスのユダ」全般について

   このオラトリオは1745年から翌年にかけてのジャコバイトの反乱を鎮圧し、この戦いで活躍したカンバーランド公爵のスコットランドからの帰還を祝うために書かれたもので、1746-47年にかけて書かれた四部作(「機会オラトリオ」、「マカベウスのユダ」、「ヨシュア」、「アレクサンダー・バルス」)の一つである。ユダ・マカバイは、偶像崇拝を強要する異教徒の圧制からイスラエルを解放した英雄であり、旧約聖書続編の「マカバイ記」に登場する。このオラトリオは旧約聖書のマカバイ記に基づき、セレウコス朝シリアに対して反乱を起こした指導者、ユダス・マカベウスの物語で、紀元前167年以降イスラエルがシリアから独立してハスモン朝を起こすが、イスラエルは紀元73年にマサダ砦陥落により壊滅してしまったのである。

 マカバイ記は、現在では日本聖書協会から「新共同訳聖書」が刊行されていて、「旧約聖書続編」としてマカバイ記を含んで合本した聖書も出版されており、日本語で読むことができる。他にフランシスコ会聖書研究所訳注の「新旧約聖書」も一冊に合本されて、出版されている。以前と異なり、日本語でマカバイ記を読むことが容易になってきたといえるだろう。

 初演は1747年4月1日、コヴェント・ガーデンにて行われた。台本はトマス・モーレルによる。「マカベウスのユダ」の初演は成功を収めた。当時ロンドン在住の約5000人のユダヤ人は、このオラトリオを熱狂的に迎えた。ちなみにユダヤ的な内容を嫌ったナチス・ドイツでは、話をオラニエ公ウィレム1世によるオランダのスペインからの独立に差し替えた「ナッサウのヴィルヘルム」として、1941年ハンブルクで上演した。

 モーレルによる台本は「マカバイ記T」2-8章を基礎としており、そこにフラウィウス・ヨセフス「ユダヤ古代誌」の要素が加えられている。このオラトリオは紀元前170-160年、ユダヤ人がセレウコス朝に支配されていた時代が舞台で、セレウコス朝はユダヤ教を根絶しようとしていた。ゼウス崇拝を命令され多くのユダヤ人は命令に従ったが、あくまで従わないものもいた。抵抗し続けた一人であるマタティアは異教徒の生贄を捧げようとした仲間のユダヤ人を殺害する。マタティアは異教の祭壇を破壊した後山中に逃げこみ、そこでユダヤ教信仰のために戦おうとする人々を集める。ヘンデルの音楽は、ユダヤ人たちの運命が落胆から歓喜へと変わるのに連れて変化する気分を、巧みに描きだしている。

第1部
 人々はマタティアの死を悼むが、マタティアの子であるシモンは信仰を復活させようとして、戦いに参加するよう告げる。シモンの兄ユダ・マカバイは指導者の役割を引き継ぎ、エホバの力による自由と勝利の信念によって人々を奮い立たせる。

第2部
 人々は勝利を得るが、ユダは勝利を自分たちの手柄と考えるようになるのではないかと不安視する。セレウコス朝の将軍ゴルギアスは復讐を計画し、人々の浮いた気分は落胆の嘆きへと変わる。再びユダが人々を召集し、異教の祭壇は倒されなければならないこと、偽りの宗教には反抗せねばならないことを主張する。

第3部
 ついにユダヤ人の勝利が獲得される。ローマがユダヤ人と同盟してセレウコス朝に対抗しようと考えているという知らせが届く。祖国に平和がもたらされて人々は喜ぶ。
 

■ 「見よ勇者は帰る」について

 

 ヘンデルのオラトリオ「マカベウスのユダ」は、「見よ勇者は帰る」(第3部、第58曲)が運動会の表彰式などでよく使われる旋律で有名であり、元は同じヘンデルの旧約聖書に基づくオラトリオ「ヨシュア」の中の楽曲だったが、このオラトリオに転用されたものである。この曲の旋律は後年の作曲家により多く使われていて、例えばベートーヴェンは、この旋律を用いてチェロとピアノのための変奏曲を作曲している。またかつてはオリンピックの表彰式で必ず流されていた。日本では表彰式における表彰のBGMとして人口に膾炙している。欧米諸国ではクリスマスの歌としてもよく歌われている。もともとこのオラトリオはハヌカの起源になった出来事に関するもので、ユダヤ教ではレヴィン・キプニスの作詞による「ハヴァ・ナリマ」という、ハヌカを祝う歌として歌われている。

 表彰式で流れるあの「見よ勇者は帰る」と呼ばれる音楽が、なぜ遠く離れた日本で定着したのだろうか。この作品が書かれた当時のイギリスは王権争いの真只中であり、争いに勝利した国王派を讃えるために、戦いの勝者を物語の主人公であるユダに重ねた音楽劇が作られた。「見よ勇者は帰る」は、凱旋するユダを民衆が歓喜のうちに迎える場面で歌われる合唱曲である。その後まもなく功労者を讃える場面で演奏されるようになったようだ。そして明治初期の日本にもお雇い外国人によって楽曲が早々に伝えられ、イギリス陸軍軍楽隊長の指導により誕生した日本の軍楽隊の演奏レパートリーに「見よ勇者は帰る」が加えられた。明治7年の海軍の運動会で演奏されたことがきっかけとなって、軍の表彰の音楽に定められたのである。今でも日本の多くの式典や表彰式で広く演奏されている。

 NHKの人気番組「ららら♪クラシック」によると、この曲のポイントとして以下の4つが挙げられるそうだ。(以下は要旨)

  1. ホルンの音色:曲の冒頭、合唱のアカペラに続くホルンのソロ。ヘンデルは異国や見慣れないものを表現する際に、よくホルンの音色を用いた。
  2. 女声合唱:戻ってくる兵士たちを遠くに見つけ、喜ぶ女性たちによる歌。英雄たちの帰還に浮き足立つ町の様子を思わせる。
  3. フルートと乙女の演奏:目の前に近づいてきた勇者たちを見て、嬉しくて踊り出す乙女の様子が表現されている。乙女の歌に添って響くのがフルートで、当時フルートは東方発祥の楽器としてエキゾチシズム(異国趣味)の象徴だった。
  4. 全員の歓喜の歌:曲のクライマックス、合唱は迫力のある混声合唱に切り替わり、目の前までやって来た勇者たちに民衆が湧き、全員で歓喜の歌を歌う様子が表現されている。舞台装置で場面転換ができない代わりに、ヘンデルは音の効果により舞台の設定や登場人物たちの動きの変化まで表現している。 
 

■ クーベリックの名盤について

 

 録音は1963年10月25日、バイエルン放送の本拠地ミュンヘン・ヘルクレスザールでのライヴ収録である。音質は非常に聴きやすいものの、残念ながらモノラル録音である。以前MELODRAMから出ていた海賊盤ディスクが存在していたが、オルフェオが1999年にライセンスを取得し、クーベリックが演奏してから実に36年後に漸く正規発売されたのである。

 海賊盤として出ていた当時から、知る人ぞ知る名演として名高く、現在でもこの曲の優れた演奏の一つであり、かつ現代楽器による屈指の演奏としてお勧めできるディスクである。特に夭逝した名歌手ヴンダーリヒと指揮者クーベリックの相性がとても良く、音楽全体が実に自然に生き生きと弾むように流れていくために、ディスク2枚に渡る長大な楽曲であるにもかかわらず、決して長さを感じさせない非常に優れた演奏と言えるだろう。ぜひ一聴をお勧めしたい。 

 

(2020年10月10日記す)

 

2020年10月11日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記