クーベリックとブレンデルによる3つの協奏曲録音を聴く(ブレンデル追悼)
文:松本武巳さん
モーツァルト
ピアノ協奏曲第20番 K.466
アルフレッド・ブレンデル(ピアノ)
クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団
録音:1981年6月23-24日、ヴュルツブルク音楽祭ライヴ
Orfeo(ヴュルツブルク音楽祭100周年記念CD-BOX)■ 1981年のモーツァルト録音
このモーツァルト演奏に於いて、ブレンデルのベートーヴェン的な資質と演奏傾向が窺える。第1楽章におけるブレンデルとクーベリックが作り上げた音の構築は、これ以上美しいものは想像しがたいほど見事な調和となり、特にカデンツァ部分などはホールの残響とも相まって、非常に感動的かつ荘厳に響いてくる。続く第2楽章のブレンデルによるイントロダクション部分の演奏や、全く同じ調性でオーケストラがリプライズを奏でるのを聴くと、ブレンデルがクーベリックと協奏曲全曲を演奏しなかったことを惜しむしかない。
それどころか、実際には、ブレンデルとクーベリックが一緒に共演したのは、このモーツァルトの協奏曲第20番、シェーンベルクの協奏曲、そしてベートーヴェンの協奏曲第4番の3曲だけだったのである。契約レコード会社の相違を乗り越えることは、当時は残念ながら困難だったのであろう。実際にブレンデルのドイツ・グラモフォン録音は後述のシェーンベルクのみであり、クーベリックのフィリップス録音に至っては皆無なのである。
ブレンデルがクーベリックとモーツァルトの協奏曲をレコード化しなかったのは非常に残念ではあるが、この協奏曲録音はオルフェオから近年発売された、モーツァルト・ヴュルツブルク音楽祭100周年記念ボックスセットに収録された、1981年の正規音源である。ベートーヴェン
ピアノ協奏曲第4番作品58
アルフレッド・ブレンデル(ピアノ)
クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団
録音:1980年6月12-13日、ライヴ■ 1980年のベートーヴェン録音
(初出CD)素晴らしいピアノ協奏曲第4番の録音であり、全体を通じてとても豊かな響きがあり、ピアニストと指揮者双方の確固たる存在感が感じ取れ、演奏の輪郭がとてもはっきりとしている。間違いなく優れたベートーヴェン演奏の一つであると言えるだろう。
ところでブレンデルは、この協奏曲の録音をフィリップス等に多く残しているが、ブレンデル自身にとって残された正規録音は、このライヴ録音に比べてもっと優れた名盤であったと言えるだろうか。私にはブレンデルがハイティンク、レヴァイン、ラトルらと残した正規録音と比べてみて、何らかの遜色があるどころか、むしろこのクーベリックとのライヴ録音の方が総合力で優れているように思える。クーベリックの素晴らしい指揮と、ブレンデルの素晴らしいピアノが、ベートーヴェンの本質の少なくとも一面を、ものの見事に描き出していると言っても決して過言ではないだろう。
一方、クーベリックがこの協奏曲を伴奏した他の録音と比べてみても、おそらく有名なクリフォード・カーゾン盤(Audite)よりも総合的に優れているのではないだろうか。クーベリックはその他にも、ニキタ・マガロフやルドルフ・フィルクシュニー、さらにルドルフ・ゼルキンとも共演している。フィルクシュニーとの共演は1973年にクリーヴランドで行われ、1977年にはゼルキンとバイエルンで協奏曲全集録音として残しており、オルフェオから全集セットとして発売されている。後者はクーベリックの残した唯一の協奏曲全集の指揮であり、歴史的名盤でもあるが、ここでのブレンデルとの第4番は、単発ではあるものの、ゼルキン盤と肩を並べる名録音であると言えるだろう。シェーンベルク
ピアノ協奏曲作品42
アルフレッド・ブレンデル(ピアノ)
クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団
録音:1971年、スタジオ録音
DG(西独2530 257)初出LP■ 1971年のシェーンベルク録音
現代音楽としての一般的な存在や評価を超えて、ブレンデルが示したシェーンベルクのピアノ協奏曲に対する優れた解釈であり、この録音からはブレンデルによる最高のリメイクが聴きとれるだろう。そしてブレンデルのピアノを支えるクーベリックの指揮からは、シェーンベルクの音楽に潜む壮大で情熱的なロマンティシズムに満ちた解釈が聴きとれ、たいへん優れたディスクとして仕上がっていると言えるだろう。
録音から半世紀を経てもなお、このピアノ協奏曲の素晴らしい解釈の一つであり、非常に生き生きとした演奏でもあるだろう。今般いくつか他の演奏も聴き比べたが、ピアノパートの方が作品として優れていると思われるこの協奏曲に於いて、ブレンデルのピアノ演奏は少し控えめで柔らかすぎるのではないかという指摘については、確かに残されたブレンデル自身の別の正規録音や、一般的に優れているとみなされるピアニストの演奏と比べて、一定の同意をすることは吝かではない。
クーベリックの指揮については、単に技術的な側面を超えた議論の余地が十分にあると思われる。確かに指揮の技術自体がより優れている盤は他に存在しているが、クーベリック盤はもっと深いこの協奏曲に関わる本質的な解釈上の意味合いが、密かにかつ明確に当盤に刻まれていると思われてならない。私はこのシェーンベルクのピアノ協奏曲録音は、ブレンデルとクーベリックが残した歴史的名盤の一つであると、今も堅く信じている。(2025年7月24日記す)
An die MusikクラシックCD試聴記 文:松本武巳さん 2025年8月5日掲載