マーラーを聴く 第6回 交響曲第3番

文:松本武巳さん

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マーラー作曲
交響曲第3番

1.

CDジャケット

ラファエル・クーベリック指揮
バイエルン放送交響楽団
1967年5月23−26日録音(スタジオ録音)
ドイツグラモフォン原盤

2.

CDジャケット

ラファエル・クーベリック指揮
バイエルン放送交響楽団
1967年4月20日録音(ライヴ録音)
アウディーテ原盤

 

■ 2枚の録音をまとめて取り上げる理由 

 

 この交響曲第3番は、スタジオ録音とライヴ録音の録音時期がが、非常に近接した状態で残されており、基本的には2つのディスクをまとめて書いたとしても、さして問題はないであろうと思われる。

 

■ 決して長大とは言えない交響曲 

 

 私はこの交響曲を、実際に演奏にかかる時間ほどには、長大な交響曲であると決して捉えていない。むしろ、マーラーの全交響曲の中でも、云わば「ドラえもんのポケット」的な交響曲であると思える。つまり、マーラーの全体像を鳥瞰できる1曲を挙げるとすれば、まさにこの第3番を聴けば、とりあえずマーラーの全容が余すことなく取り入れられている、そんな交響曲であろうと考えているのである。そして、全6楽章の楽章間相互の関連性も、比較的ゆるやかなものであり、通して聴くことが強く求められているわけではないことも合わせると、この交響曲に限っては、楽章ごとに切り離して演奏の良し悪しや好悪を述べることも、場合によれば許されるのではないかと考える次第である。

 

■ この交響曲から感じ取れる情感 

 

 さて、私はクーベリックの演奏から、穏やかな情感をたっぷりと湛えた第2楽章や、小鳥のさえずりが聞こえてくるような第3楽章の表現において、単に美しいというような表面的な感想を超えたものを感じてしまうのだ。さらにそこから、あのメシアンが大作「鳥のカタログ」を作曲する際の経緯などをまとめた、フランス作成の記録映像との共通性すら何となく見えてくるのだ。敬虔なカトリック信者を生涯貫いたメシアンから受ける印象に近い、そんな作風と言えるようなものを、マーラーの残した音符からストレートに感じさせてくれるのは、もしかしたらクーベリックの録音だけであるのかも知れない。

 

■ やむを得ない若干の齟齬 

 

 もちろん、この角度からこの交響曲を攻めていった場合、クーベリックの演奏手法だと、第4楽章において若干の表現に齟齬が生じてくることは、ある程度やむを得ないことなのかも知れないであろう。第4楽章に用いられているニーチェの「ツァラトゥストゥラ」の歌詞には”Ich schlief! Aus tiefem Traum bin ich erwacht!”と書かれているからである。つまり、ここで眠りから覚めたということは、それまでの世界は「夢」に過ぎなかったことにならざるを得ないのである。また、この第4楽章の流れを汲んだ第6楽章との間に挟まれた、短いながらとても印象的な第5楽章は、天国的な美しさや喜びを上手く表現したディスクならば、他にとても多く残されているのだが、ここでのクーベリックはむしろ、キリストの最後の晩餐である中間部の、楽曲が短調に変わる部分に焦点を当てており、この部分の演奏からは、寒気すら感じさせるような恐ろしい美しさ、それもたとえて言うならば、バルトークの「青髭公の城」にも比肩し得るような、そんな寒気を感じさせてくれるように思えるのである。

 

■ クーベリック独自の視点

 

 こんな風に、クーベリックのこの交響曲におけるとてもデリケートな美しさからは、一般にこの交響曲に求められているとみなされる優しさや大らかさは、残念ではあるがあまり感じ取れないように思われる。しかし、この曲が本質的に内包したそもそもの矛盾を、指揮者が確信的故意をもって描ききっているとも感じ取れ、今なお、独自の地位を占め続けているように思えてならない、そんな録音であると信じている。この曲に対するクーベリックの演奏姿勢を、私はそのような観点から捉えているのである。

 

■ さいごに

 

 その意味においても、スタジオ録音とほとんど同時期に残されたライヴ録音の存在は、私の理解しているクーベリックのマーラー解釈を、相互に補完してくれる良い音源となっているのである。そして、最後に、私がクーベリックのマーラー録音を初めて聴いたのは、かつて書いた(「私とクーベリックの出会いとその後」参照)ことではあるが、1984年の9月末から10月初めの短期間であった。その時に全曲を一気に聴いたわけであるのだが、初めて聴いた当時に最も好んだのが、交響曲第3番の録音であったことを、最後に書き添えておきたい。

 

(2014年1月24日脱稿、2010年にクラシックジャーナル誌に掲載された小論を、大幅に加筆・修正したものである)

 

An die MusikクラシックCD試聴記 2014年1月28日掲載