クーベリックと初演ライヴ盤で、オルフの歌劇『オイディプス王』を聴き比べる

文:松本武巳さん

ホームページ  WHAT'S NEW?  「クーベリックのページ」のトップ


 
CDジャケット

カール・オルフ
歌劇『オイディプス王』全曲
ゲルハルト・シュトルツェ(オイディプス王)
フリッツ・ヴンダーリヒ(預言者ティレシアス)
アストリッド・ヴァルナイ(イオカステ)
フーベルト・ブフタ(コリントからの使者)、他
フェルディナント・ライトナー指揮ヴュルテンベルク歌劇場管弦楽団・合唱団
録音:1959年12月11日、シュトゥットガルト(初演ライヴ)
MYTO(2CD-00238)

LPジャケット

カール・オルフ
歌劇『オイディプス王』(全曲)
ゲルハルト・シュトルツェ(オイディプス王)
ジェイムズ・ハーパー(預言者ティレシアス)
アストリッド・ヴァルナイ(イオカステ)
ヒューバート・ブフタ(コリントからの使者)、他
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団・合唱団
録音:1966年11月、ミュンヘン(スタジオ録音)
DG(POCG-3163-5)、ジャケット写真は初出LP

*

ソポクレス(藤沢令夫訳)『オイディプス王』
岩波文庫(1977年購入、赤★1個)

■ ギリシャ三大悲劇詩人ソフォクレスへの興味のきっかけ

 私は高校生当時、きちんと授業を聴くような真面目な生徒では無かった(というか、そもそも人の話をまるで聞かなかった)のだが、2年次の担任であり倫社の授業も受け持たれたT先生によって、ギリシャ悲劇、特に三大悲劇詩人の一人であるソフォクレスの話に痛く感動し、早速帰宅途中の西武池袋線の駅でわざわざ途中下車してまで購入したのが、写真にある『オイディプス王』その他2冊の岩波文庫であった。このオペラへの私の興味は、この話無くしては絶対に存在しえないので、あえて昔話から開始した次第である。

 

■ チェコへの興味、ミュンヘンへの興味、ヴュルテンベルク州への興味のきっかけ

   私が単に事件・事故に敏感な方なのかも知れないが、実はチェコへの興味を抱いたきっかけの一つが、1968年8月のソ連軍によるプラハ侵攻(プラハの春事件)であり、ミュンヘンへの興味のきっかけの一つが、1972年9月のミュンヘンオリンピック開催時のテロであり、一方のヴュルテンベルク州への興味のきっかけは、大学でドイツ語を第一外国語として履修していた私が、大学3年当時、必須科目の外書購読にドイツ語を選んだ際、教授の指定した外書に『西ドイツ・ヴュルテンベルク州行政法』があったことがきっかけとなっている。英語の外書購読は400名が入ることが出来る大教室で実施されていたが、ドイツ語の外書購読は常に一桁の学生しかおらず、ゼミナール以上に濃い内容で実施されていたためか、ヴュルテンベルク州にも深い興味を抱くきっかけとなったのだと思われる。

 これらの経験が、無意識のうちに、クーベリック(プラハ出身、かつバイエルン放送交響楽団首席指揮者)やオルフ(ミュンヘン生まれの現代作曲家)、さらに初演地であるシュトゥットガルトへの興味、そしてこのオペラへの興味に繋がっていったのではないかと、自分なりに考えているのである。
 

■ オルフ作曲の三大悲劇を素材としたオペラ

   オルフは、1949年に『アンティゴネー』、1959年に『オイディプス王』、1968年に『プロメテウス』の大作オペラを完成させており、クーベリックは、ミュンヘンのバイエルン放送交響楽団首席指揮者であり、かつクーベリック自身も現代作曲家であることも相まって、『オイディプス王』のスタジオ録音をドイツ・グラモフォンに残しただけでなく、『プロメテウス』の全曲演奏もオルフェオ・レーベルに残しているのである。

■ クーベリックによる正規盤LPの入手

 実は、高校2年生当時、私はひたすら日々の学習(ピアノ、和声・対位法)に追われている身であり、レコードは毎日の昼ご飯をカットして捻出したお金で、当時江古田駅(西武池袋線)北口にあったムサシノ・レコードで週に1枚ずつ、細々とほぼピアノ曲ばかりを購入していた(最初にバックハウスのベートーヴェン、次にフランソワのショパン、続いてカサドシュのドビュッシー、加えてランダムにケンプのいろいろな作曲家の演奏などを順番に購入していた)ので、高額な3枚組オペラに目を向けることなど全くなかったためか、この録音の存在自体を全く知らないまま、時が過ぎていったのである。

 クーベリック指揮のオペラ『オイディプス王』LP全曲盤は、大学3年次の冬に西ドイツ盤(再発盤)を、秋葉原の輸入レコードショップで、プフィッツナーのオペラ『パレストリーナ』と同時に購入したのだが、その直後CDへの切り替え時期が到来したため、一時期はLP自体の入手が困難となってしまい、LPのオリジナル盤を入手したのは、後年インターネットが普及した後になってから、ようやく海外インターネット・オークションにより入手したのである。

■ 初演時ライヴ録音の存在とCD入手

 ヴュルテンベルク歌劇場に於ける、1959年の初演時ライヴ録音(ライトナー指揮)は、権利が消滅した後の2010年頃に至り、MYTOが発売したCD(ジャケット写真のディスク)によりようやく聴くことが叶ったのであり、かなり最近のことである。なお現在もこのディスクは入手可能なようである。

 両者の録音は、多くの出演者が共通しており、特にシュトルツェについては、初演時のライヴ録音に於ける緊張感を乗り越えた圧倒的な歌唱は、特筆すべきであると言えるだろう。もちろん、ライヴ演奏、かつ初演であるために、どうしても些少なミスは存在するし、歌詞の間違いや脱落だけではなく、ライトナーの指揮にも若干の振り間違いや、意図的か否かは分からないが、若干のカットも施されているように思われる。それにもかかわらず、クーベリック盤とともにここで紹介するのには、実は以下のような深い理由が存在しているのだ。

■ 20世紀音楽界の三大悲劇の一つ、ヴンダーリヒの夭逝

 冒頭に掲げた配役を見ていただきたい。『預言者ティレシアス』の配役のみが、初演とスタジオ録音で入れ替わっていることに気づかれたであろう。そして、クーベリックのスタジオ録音が1966年であることを合わせると、「ああ、あの事故か」と気づかれる方も多いであろう。

 そう、『オイディプス王』の録音セッション開始直前の9月16日に、ヴンダーリヒは別荘で階段から転げ落ちてしまい、打ち所が悪く、わずか36歳で世を去ってしまったのである。

■ 無いものねだり

 クーベリック盤で、預言者ティレシアス役を急遽歌ったハーパーは、非常に健闘していると思われる。これしか音源を知らなければ、何の不満も抱くことはなかったであろう。実際に初演を経験済みのシュトルツェとヴァルナイは、随所で圧倒的な歌唱を見せ、万全の存在感を示している。ハーパーだって決して悪い出来ではない。

 それでも、なお、ここにヴンダーリヒが加わっていたら…と思わざるを得ないのである。かけがえのない不世出のテノールを失ってしまった代償は、録音から半世紀以上が経過した今でも、この「無いものねだり」を考えずにはいられないのである。

 最後に、残された二つの録音から判断すると、両者の合唱団の実力差が残念ながらかなり大きいこと、加えてライトナーの指揮自体は決して凡庸ではないのだが、クーベリックの現代作曲家としての素養と、元来クーベリックの持ち合わせた指揮の方向性が、明確なリズムと微妙な間を基礎とした指揮者であること、等々、このオペラへの適性がよりクーベリックにあることは間違いないのである。

 そんなことを思いながら、今なお私はこのオペラ全曲盤を、たまにではあるが取り出して聴いているのである。 

(2023年9月10日記す)

 

An die MusikクラシックCD試聴記 文:松本武巳さん 2023年9月10日掲載