「名盤の探求」

悪例 ライヴ録音
限定された事例に基づくとりあえずの結論

文:青木三十郎さん

ホームページ WHAT'S NEW? 「名盤の探求」インデックスに戻る


 

■ 悪例 ライヴ録音

 

 〔一期一会の演奏会の記録〕を目的とせず、〔スタジオ録音の代用〕に過ぎないライヴ録音盤の問題については、ショルティのファンであるワタシも切ない思いとともに実感しておりますし、みなさんにとっての別の「ショルティ」がいろいろとあるはず。すでにさまざまな指摘もなされていて、たとえば平林直哉氏も『クラシック、マジでやばい話』(許光俊編著,青弓社,2000)で「最近のライヴ録音は音も良くなければ演奏の勢いもない、きわめて中途半端なもの」と批判を展開。表示上も問題があるので、これは完全なライヴ録音であり編集はしていないとかライヴ録音を基本にリハーサルのテイクを30%程度使用して編集したというような〔成分表示〕をすべきだと主張しています。

 もう全面的に同感。加工だらけで気が抜けてしまったかのようなライヴ録音など、制作の手間と経費を節約しようとするレコード会社側に都合がいいだけで、聴き手側にとってはメリットなし。演奏家の側はどう感じているのでしょうか。ショルティの場合は彼の高齢化に伴う負担軽減策だったそうですけど。

 成分表示に関していえば、平林提案に近いことを実際にしていた例はフランク・ザッパ。ベーシック・トラックをいつどこでライヴ録音し、オーバーダビングがないのか少々あるのかたっぷりなのかギターだけなのか、などをクドいくらいに明記したアルバムがいくつもあります。あらゆる種類のオーバーダビングがない100%ライヴである旨を謳ったライヴ盤もありますし。また、ピエール・ブーレーズ指揮の「ザ・パーフェクト・ストレンジャー」やケント・ナガノ指揮の「ロンドン・シンフォニー・オーケストラ」はスタジオ録音ですが、録音に参加したアンサンブル・アンテルコンタンポランやロンドン響の団員の名簿、後者では録音機材のリストなんかもブックレットに載っていたりします。自分でプロデュースした自分のアルバムへの愛情が、そして自作曲の演奏に名楽団を起用できたことに対するザッパの誇りと喜びが、伝わってくるかのようです。

 

■ 限定された事例に基づくとりあえずの結論

 

 つまりは、そこです。〔制作するCDへの愛情と誇り〕。今のレコード会社の人たちには、新録音にしろ復刻にしろ、それが足りない(あるいはまったくない)んじゃないでしょうか。CDが売れないのを配信化や不況やケータイのせいにする前に、まず自分たちが質のいいCDを作る努力をすべ・・・・・・・などと、ここでメーカーへの文句を書き連ねても詮ないこと。でもわれわれ音楽ファンは、評論家先生方のようにサンプルCDをレコード会社からタダでもらえるはずもなく、自分のカネで購入しなければなりません。そのあげく新録音盤に裏切られるようなことが続くのであれば、そんなものにこだわる必要はないのです。現在進行形の演奏には実演の現場やそのライヴ録音(放送、配信等)で接すればいいわけですし、一方でレコード産業が豊かだった時代に生み出されたすばらしい音楽遺産を楽しむ権利もわれわれにはある。CD市場の成熟とネット環境の拡充によって、デジタル化された過去の音源と最新の録音とが格差なく並置され等価にアクセスできるこの時代、やがて駄盤は一過性の消耗品として淘汰されて名盤だけが生き残っていくでしょう。それが結果的に〔懐古趣味〕につながってしまうとすれば、寂しいことではあるんですけど。

 

■追記

 

 以上はもちろんワタシ個人の考えです。それが世間一般の認識とはズレている一例として、ほかならぬ”RCO LIVE”シリーズを、最後に挙げておきましょう。音楽誌やネット等では企画・演奏・音質のすべてに肯定的な評価の目立つこのシリーズですが、個人的には「まぁないよりはマシ」という程度の存在で、フィリップスやデッカによる商業録音の代用にはまったくなりません。その原因は制作者側の企画意図にあると思います。コンセルトヘボウ管の営業マネジャー兼”RCO LIVE”レーベルのマネジャーであるデヴィッド・バーゼン氏によると、

  • 現在の私たち(註:ヤンソンスやオーケストラのこと)の成長や変化を捉えたいのが本音
  • あくまでもこのCDは、このオーケストラを象徴するPRの道具であり、世界中の音楽ファンにこのオーケストラを聴いてもらうためのツール
  • CDはマーケティングあるいは広報のツールとして使うものなので、ジャケットのアートワークは私たちの部署で決めた

 2008年の来日公演パンフレット掲載のインタビュー(元は『レコード芸術』誌2007年8月号)から抜き書きました。後世に永く残るような〔作品〕を作ろうという意図は、これからは伺えません。同シリーズのCD音源の一部をインターネットで無料ダウンロードさせていたほどで、まさにPRツールという割り切りです。

 仮に、一方でデッカ等への商業録音が並行して続いているのであれば、それもアリでしょう。しかし彼らは、特定のレコード会社と契約する代わりに自主制作の道を選んだとのことで、その結果として制作しているのは「現時点での記録集」です。本来はネット配信や放送で行うべきことを無理してCDソフトでやっているようで、これはワタシの考える〔名盤〕の条件には合いません。でもその”RCO LIVE”シリーズをもてはやすのが今のマーケットであるなら、愛情込めた作品を作れなどとレコード会社に文句を言ったりするほうがズレていることになり、ここまで書いてきたようなことはやはり〔懐古趣味〕と片付けられてしまいそうです。

 今はいろいろ試行錯誤をしている過渡期のようなもので、2〜3年後にはこのあたりの状況がもう少し動いているような気もするのですが。でもその頃にはCDがなくなりはじめていたりするかも。

 

2009年6月8日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記