「ポール・マッカートニーのリヴァプール・オラトリオ」を聴く

文:松本武巳さん

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CDジャケット
CDジャケット

 ポール・マッカートニー&カール・デイヴィス作曲(共作)
「ポール・マッカートニーのリヴァプール・オラトリオ」(テクスト:マッカートニー)

  • キリ・テ・カナワ
  • サリー・バージェス
  • ジェリー・ハドリー
  • ウィラード・ホワイト

カール・デイヴィス指揮
ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団及び合唱団
録音:1991年6月28,29日、イギリス・リヴァプール大聖堂、ライヴ録音
EMI Classics (イギリス盤 7 54371 2、2CD)

 

■ ポール・マッカートニー初のクラシック作品

 

 ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団創立150周年委嘱作品として、1989年にリヴァプール出身のポール・マッカートニーに新作を委嘱したのがきっかけで生まれた、ポール・マッカートニー初めてのクラシック作品である。戦争、学校、教会堂地下室、父、結婚、仕事、危機、平和の8つの部分(動き)で構成され、全曲演奏に100分を要する大作である。ポール・マッカートニーの自伝的要素を持つ作品であり、1991年6月28日と翌29日に地元リヴァプール大聖堂で初演された。

 この曲であるが、正式なタイトルは「ポール・マッカートニーのリヴァプール・オラトリオ」であり、作曲はマッカートニーとデイヴィスの共作で、テクストはマッカートニーのオリジナル、演奏はデイヴィスの指揮である。作曲は、現実には基本構成と主要なメロディーがマッカートニーの創作であり、これらを統合してオラトリオにまとめ上げたのがデイヴィスである。従って、マッカートニーの関わった部分は多いものの、楽曲自体のオーケストレーションその他の主要な部分は、基本的にすべてデイヴィスが作り上げたものである。

 

■ ロック・ファンから見た「リヴァプール・オラトリオ」

 第1に、ファンの限界を超えて演奏時間が非常に長いこと。第2に、クラシックかつ宗教作品として、非常に敷居の高い作品であるという風に、ファンであってもどうしても考えてしまうこと。第3に、マッカートニー自身が、直接歌ったり楽器を演奏する訳ではないこと、つまるところ、ファンからしても持て余してしまう楽曲であると言わざるを得ない。ロック・ファンやビートルズ・ファンやマッカートニー・ファンは、このディスクをたぶん儀礼上は購入したであろう。しかし、このオラトリオを幾度も聴きこんで楽しむことは、上記の3つの理由から、ほとんど考えられない難行苦行であったのが、実情であろう。

 

■ クラシック・ファンから見た「リヴァプール・オラトリオ」

 

 一方のクラシック・ファンから見ても、かなり微妙な立場の作品である。そもそもクラシック・ファンは、真の意味でマッカートニーの作曲したクラシック作品とは認めないだろう。オーケストレーションを含む作曲の大半はデイヴィスによるものであり、マッカートニーはいわば作詞者及び原案者に留まるのである。かつ、コアなクラシック・ファンから見ると、20世紀も終わろうという時代の様式からは大きく乖離した、時代錯誤的な古い様式の作品としか言いようがないからだ。まさに記念式典用の委嘱作品の典型例であり、当事者以外からは時とともに忘れ去られる運命の楽曲であると捉えるであろう。

 

■ 偏見抜きの評価として

 

 確かに、古い時代の音楽、映画音楽に近い音楽、ミュージカルに近い音楽という烙印を押されてしまっても一般的にはやむを得ないだろう。しかし、このような烙印をあえて若干の居直りを含めてではあるが、好意的な立場からこの「リヴァプール・オラトリオ」を捉えるならば、このオラトリオを初めて聴いたときに、何らかの拒否反応を示す方はほとんどいらっしゃらないであろうと、少なくともそんな風にも思うのである。実は、このこと自体は高く評価できる話なのである。

 20世紀後半のクラシカルな新作委嘱作品は、ほとんどが後世に生き残ることなく、初演とその後数回の演奏機会を経て、消えて行ってしまうものなのである。いわばゲンダイオンガクの宿命であろう。その原因の大半は、あまりにも前衛的な作曲家の意欲的な取り組みに、聴衆がまるでついていけないか、あるいは拒否反応を示す、と言ったケースが、実際に非常に多いのである。早い話が、聴き手の理解能力や許容範囲をはるかに超えた「訳の分からない新作」が、遺憾ながらあまりにも多いのである。

 

■ ポール・マッカートニーのその後

 

 合唱団への最初のリハーサルの際に、マッカートニーは「実は自分は楽譜が読めない。楽譜を書かずに作曲している。だから専門用語は使わないで具体的に自分で歌ってみせる」と言い切り、実際に歌ってリハーサルを行ったのである。プロの集団相手のこの潔い発言は、捉え方によると非常に危険な発言でもあったと思う。この「リヴァプール・オラトリオ」は、ビートルズが解散して実に21年後に、マッカートニーが初めてクラシック作品に挑戦した記念すべき作品であったのだ。

 しかしマッカートニーは、これ以後クラシック音楽のカテゴリーでも「スタンディング・ストーン」、「ワーキング・クラシカル」、「心の翼」などを継続して発表している。さらに、近年ではニューヨーク・シティ・バレエ団のための委嘱作品である「オーシャンズ・キングダム」を発表している。このようなマッカートニーのクラシック音楽に対する姿勢は、高く評価すべきであると考えるし、そのきっかけが「リヴァプール・オラトリオ」の作曲であったのは間違いないであろう。

 

(2017年11月10日記す)

 

2017年11月10日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記