ベートーヴェンの歌曲「愛されない男のため息、応えてくれる愛」WoO118を聴く

文:松本武巳さん

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CDジャケット

ベートーヴェン
『愛されない男のため息』
『応えてくれる愛』
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
イェルク・デムス(ピアノ)
録音:1966年4月
DG(輸入盤 463 507-2)

 

■ 作詞者について

 

 ゴットフリート・アウグスト・ビュルガーは、シュトゥルム・ウント・ドラング期のドイツの詩人である。ドイツのハルツ地方で牧師の子として生を受けた。そして同じくドイツのゲッティンゲンにて亡くなった。彼はゲッティンゲン大学で法律学を修めた後に裁判所の判事となった。ゲッティンゲンの林苑同盟の詩人たちと交友した当時の記録が残されている。彼は結婚後になんと妻の妹と不倫の恋に落ちてしまったのだが、その苦悩を歌った詩が世間から注目され、一躍詩人として著名になったようだ。後に母校の教員に採用された経歴を有している。

 詩人としては、とても情熱的な多くのバラードを残している。とりわけ夢と現実の錯綜した世界を描いた「レノーレ」は傑作として、後世にも知られている作品であると言えるだろう。通俗を歌った一般民衆の詩人として、道徳ではとうてい律しきれない人間の素直な感情を具体的に表現して、一般民衆の立場から、世を支配している支配者への無言の抵抗を示したものとみなされている。彼はドイツにおける近代バラードの創始者の一人として、後世からも認められた存在であると言って良いだろう。

 

■ 歌曲の成立

 この歌曲は、1794年あるいは1795年に作曲されたものと考えられている。ウィーンのディアベッリ社により、楽譜はベートーヴェンの死後1837年になってからようやく出版された。曲の進行は歌詞に基本的に忠実に従い、創造主である神や自然に対して、大いなる不満を訴える第1節から第4節では、曲自体も不満をぶつけるレティタティーヴォで表現している。そしてこれに続く部分では、明らかに周囲に同情を訴えかけるような、やや情けない曲調に転じている。さらにその応答に当たる女性から愛を得るという夢物語の成就シーンを、第5節から第8節で歌っているのだ。この部分では、曲は突如として非常に華やかな内容を示す雰囲気に変わるのである。全体的にとても分かりやすい構成であると言えるだろう。

 

■ 合唱幻想曲と第9の基となっている歌曲

 

 歌曲「愛されない男のため息、応えてくれる愛WoO 118」の後半部分における旋律は、合唱幻想曲の第二部の一部分と、第三部の歌曲の後半に出現する旋律の部分を、作曲者本人において転用したことを、聴き手の誰もが間違いなく理解できるであろう。ベートーヴェンが人間の声と管弦楽の融合をめざしたと言われている、交響曲第9番第4楽章の響きに、そもそも限りなく近い作品であると考えられている合唱幻想曲は、実は1808年12月22日のベートーヴェンによる自作演奏会のために、その年の12月中頃になってから急いで作曲された曲なのである。その際に若書きの自身の歌曲から、旋律を含む素材を自己引用したものと考えられている。

 当日の自作演奏会では、交響曲第5番、第6番、ピアノ協奏曲第4番、「ミサ曲ハ長調」より3曲、演奏会用アリア「おお、不実な者よ」、そして「合唱幻想曲」が演奏された記録が残されている。非常に多くの楽曲が一夜に演奏されているのだが、当時の演奏会の慣わし通りのプログラムであったようだ。すなわちベートーヴェンの歌曲、そして声楽曲全般に対する作曲者の取り組みが、生涯を通じて変わらず継続して行ってきたことを見事に証明しているだけでなく、ベートーヴェンの作曲家としての総決算を示しているもののきっかけとなった歌曲であったと考えて良いであろう。

 

■ 『愛されない男のため息』の原詞の紹介

 

Hast du nicht Liebe zugemessen
Dem Leben jeder Kreatur?
Warum bin ich allein vergessen,
Auch meine Mutter du! du Natur?

Wo lebte wohl in Forst und Hürde,
Und wo in Luft und Meer, ein Tier,
Das nimmermehr geliebet würde? ―
Geliebt wird alles außer mir!

Wenn gleich im Hain, auf Flur und Matten
Sich Baum und Staude, Moos und Kraut
Durch Lieb' und Gegenliebe gatten;
Vermählt sich mir doch keine Braut.

Mir wächst vom süßesten der Triebe
Nie Honigfrucht zur Lust heran.
Denn ach! mir mangelt Gegenliebe,
Die Eine, nur Eine gewähren kann.

 

■ 『応えてくれる愛』の原詞の紹介

 

Wüßt' ich, wüßt' ich, daß du mich
Lieb und wert ein bißchen hieltest,
Und von dem, was ich für dich,
Nur ein Hundertteilchen fühltest;

Daß dein Dank hübsch meinem Gruß
Halben Wegs entgegen käme,
Und dein Mund den Wechselkuß
Gerne gäb' und wiedernähme:

Dann, o Himmel, außer sich,
Würde ganz mein Herz zerlodern!
Leib und Leben könnt' ich dich
Nicht vergebens lassen fodern!

Gegengunst erhöhet Gunst,
Liebe nähret Gegenliebe,
Und entflammt zu Feuersbrunst,
Was ein Aschenfünkchen bliebe.

 

■ ドイツ系歌手による多くの録音の存在

 

 ここでは、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウの歌ったディスクを、一応代表的ディスクとして取り上げておいたが、他にペーター・シュライアーがアンドラーシュ・シフのピアノで歌ったディスクや、ヘルマン・プライのディスクなども残されており、探せば結構大物の歌手が録音を残しているので、年末恒例の第9のシーズンでもあり、ぜひこの機会に歌曲も聴いてほしいと念願し、紹介した次第である。個々のディスクの評論をわざわざ行うほどの大曲でもないので、まずはとりあえず誰の歌ったものでも構わないので、ぜひ聴いてみて欲しいのが本音なのである。

 

(2018年12月20日記す)

 

2018年12月20日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記