ヨッフムとカペレの「ハイドン交響曲第94番」を聴く

文:松本武巳さん

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(ヨッフムとロンドンフィルの全集)
ハイドン
交響曲第94番「驚愕」
(他に、交響曲第93、95、98番を収録)
オイゲン・ヨッフム指揮 シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1967年11月(ドレスデン、ルカ教会)
ETERNA(東独盤 8 26 006)(LP)

 

■ カペレのハイドン

 

 2004年5月21日、ハイティンクと来日したシュターツカペレ・ドレスデンは、サントリーホールでブルックナーの交響曲第8番を演奏した。翌5月22日、今度はこのコンビで、ハイドンの交響曲第86番とブラームスの交響曲第1番他を演奏したのである。このときは、私は2日間ともAn die Musik主宰者の伊東さんと、同じ会場内でカペレのコンサートを聴いていたのである。
 この来日時の、ハイティンクとカペレのハイドン演奏は、ほとんど語り草になるくらいの名演奏であったのだ。交響曲第86番という、かなり地味な曲であったにもかかわらず、カペレでハイドンをもっと聴きたいという欲求すら感じさせるくらいの超名演であったのだ。もちろん、ブルックナーの第8番も非常な名演奏であったが、あのようなハイドン演奏に、私はこの時以後は一度も巡り会っていないようにすら感じるのである。
 この際のハイティンクとカペレの幸福な出会いが、その後長くは続かなかった悲劇は、特にここでの話題ではないのだが、カペレはあのヨッフムとブルックナーの交響曲第8番を含む全集録音で、世紀の名演奏を残している。しかし、ヨッフムはハイドンのザロモンセット(全12曲)を、1971年から73年にかけてロンドンフィルと録音したのである。ところで、ヨッフムとハイティンクの関係は、コンセルトヘボウの歴史を多少でも知る方ならば、一定の師弟関係にあったこと等は、先刻ご承知であるだろう。

 

■ ヨッフムとカペレによるステレオ録音が4曲残されている

 

 ヨッフムは、カペレとブルックナーの全集に挑む以前の1967年11月に、実はハイドンの交響曲をドレスデンのルカ教会で、カペレと4曲録音していたのである。交響曲第93、94、95、98番の4曲である。旧東ドイツのETERNAによって録音され、後にベルリンクラシックスから2枚組でCD化されていたにもかかわらず、あまり録音の存在自体が知られていないのはなぜであろうか。全集に至らなかったことも、主な原因の一つではあろう。ここでは、残された4曲のうち、最も有名な第94番「驚愕」を中心として紹介したいと考える。

■ ヨッフム指揮のロンドンフィル盤とカペレ盤

 

 ヨッフムのハイドン録音のうち、ロンドンフィルとのドイツグラモフォン盤が、名盤として生き残っている理由の一つとして、新しい校訂譜であるランドン版を使用しての初録音だったことが、まず第一に考えられるであろう。一方で、録音時期自体はわずか数年前ではあったものの、ここで紹介するカペレとのハイドン演奏は、すべて以前からの慣用版に依っていると思われる。
 録音に際して使用した版の異動は、発売するレコード会社の宣伝文や、音盤紹介専門雑誌の評論文などでは、たいへん刺激的かつセンセーショナルに紹介される傾向が強いのだが、さて現実に、普段からいろいろなエディションを机上に並べつつ聴き比べている方が、リスナーのうちどの程度いらっしゃるのかは、個人としては時おり疑問に思うこともある。
 すなわち、カペレと録音した4曲は、この意味でも不遇な取り扱いを受けてしまったのではないだろうか。ちなみに、演奏自体は全体を通して非常にテンポ感が良く、弦楽器群の迫力もかなり感じさせる。ハイドン演奏としてはやや豪快な迫力満点の演奏であると言えるだろう。その一方で、第3楽章の味わいなどは、得難いほどの自然な流れを感じさせるし、要は押しと引きのバランスの非常に長けた演奏でもあると思われる。ヨッフムとカペレの相性は、当時からかなり良好であったと思われるのである。

  ■ 交響曲第94番の第3楽章メヌエット
 

 ここまでの紹介文は、ヨッフムがカペレと残したハイドンの交響曲4曲に共通する紹介文であった。最後に、第94番の第3楽章メヌエットについて、若干追加で紹介したい。このメヌエット楽章は、「アレグロ・モルト」と指定されていることもあってか、近年の演奏では先日紹介したトスカニーニの演奏ほどではないにしても、早いテンポで突進するように演奏する傾向が年々強まりつつあるように思えてならない。特に、ハイドン演奏の主流が古楽器に移行してきたこの数十年間は、なおさらその傾向が顕著である。
 しかし、このヨッフムとカペレによるメヌエット楽章の演奏は、われわれが何気なく気楽にハイドンを聴こうとしたときに、もっとも安心して音楽に浸れる、そんなメヌエット楽章の演奏なのである。もちろん、ヨッフムはロンドンフィルとのメヌエット楽章でも、テンポ感覚は非常に良いのだが、ロンドンフィルとの盤からは、何かモーツァルトすら飛び越えて、まるでベートーヴェンのように聴こえてくる気がするのである。
 結局のところ、このカペレとのハイドンの交響曲第94番を紹介したいのは、何と言ってもオーケストラの個々の演奏者と指揮者から、各人の古き良き「歌心」とハイドンへの「想い」を感じ取れるからであり、このことを特記して紹介したいと思うのである。私には近年のハイドンは立派かもしれないが、大変つまらないと感じることが多いのである。私は、近年は歳を重ねてしまったせいか、いわゆる「パパ・ハイドン」風の演奏が夙に懐かしく、かつ身体に馴染むのである。そんなとき、このヨッフムとシュターツカペレ・ドレスデンのハイドンの交響曲の録音を聴くと、心に沁みてくるのである。

 

(2016年12月8日記す)

 

2016年12月8日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記