カラヤンのザルツブルクライヴ(1987年、1988年)を聴く

文:松本武巳さん

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CDジャケット

ワーグナー作曲

  • 「タンホイザー」序曲
  • ジークフリート牧歌
  • 「トリスタンとイゾルデ」より《前奏曲と愛の死》

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1987年8月15日、ザルツブルク祝祭大劇場
ドイツグラモフォン(423 613-2)輸入盤


CDジャケット

チャイコフスキー作曲
ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品35
アンネ=ゾフィー・ムター(ヴァイオリン)
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1988年8月15日、ザルツブルク祝祭大劇場
ドイツグラモフォン(419 241-2)輸入盤

 

■はじめに 

 

 わたしはカラヤンの試聴記をかつてほとんど書いていない。そして、ワーグナーとチャイコフスキーの試聴記についても同様である。さらに、ムターのヴァイオリンについても、シベリウスの協奏曲について書いたことがある程度である。なぜ、書くのか? 一体、どんな動機がこの文章を書かせる原動力であったのか? 本文中に可能な限り明示できればと思う。

 

■ カラヤンとワーグナー、チャイコフスキー 

 わたしがいちいち説明するまでもなく、ともに膨大な音源が残されている。その中では、当ディスクの位置づけは、曲目自体はさして大きな意味を持っていないであろう。むろん、ムターとの共演は主だった協奏曲の中で、この曲だけがディスク化されていなかった事実はある。しかし、そのような理由だけでカラヤンがライヴ収録するとは考えにくい。それに比べると、ノーマンとは初共演であったので、ライヴ収録する必要度は高かったであろう。

■ わたしとワーグナー、チャイコフスキー

 わたしの過去の駄文の中に、この著名な2人の作曲家の名前を見つけることは簡単ではない。端的に言うと、この2人の作曲家は私の苦手な作曲家の最右翼なのである。ここでは、「嫌い」だとは言わないでおこう。なぜなら、2人の大作曲家の功績を否定する意図はまるでないからである。つまり「不要」だとは決して思っていないことを付け加えておく。単にわたしにとって苦手なのである。

■ ザルツブルク音楽祭と8月15日

 この日は、オーストリアの祝日(聖母被昇天祭)であることもあり、11時からウィーンフィルのマチネコンサートが例年開かれており、わたしがこの音楽祭を訪れ続けた2006年(モーツァルト生誕250周年)から2014年(リヒャルト・シュトラウス生誕150周年、カラヤン没後25周年)までも、例年ムーティを中心とした指揮者たちが、ウィーンフィルコンサートを行っていた。たとえば2009年には、ムーティがカラヤン没後20周年追悼コンサートを兼ねて、ブラームスのドイツ・レクイエムを振っていた。つまり、カラヤン時代から、この日はウィーンフィルのマチネコンサートが例年開かれていたのである。

■ 稀有な名演と語り継がれるワーグナーと、評価が定まらないチャイコフスキー

 1987年のジェシー・ノーマンとの初共演は、カラヤン嫌いも含めて、非常に高い評価を受け続けている名演として語り継がれている。一方、1988年のムターとのチャイコフスキーは、高い評価を受けている場合もあるが、評価が未だ確立しとは少々言いがたい録音で、明らかに評価は二分されている上に、ムターには15年後の再録音が存在しているのだ。個々に思うところを自由に記してみたい。

■ ワーグナー(1987年)録音-一般論

 カラヤンのワーグナーについては、そもそも基本的に評価は高めであったと思われる。その中で、最も高い評価を受けたのが、このノーマンとのライヴ録音であると思われる。タンホイザーもジークフリート牧歌もトリスタンとイゾルデも、いずれもゆったりとした深い響きの中で、淡々と歌われ進行していくが、決して耽溺していないために、カラヤン嫌いのリスナーも含めて高評価を得ているのだと思われる。そして、ノーマンの深く美しく澄んだ力強い声も、その評価に大きく寄与しているのである。

■ チャイコフスキー(1988年)録音-一般論

 カラヤンのチャイコフスキーも、基本的に評価は高めであったと思われる。後期交響曲集に至っては、本当に何度も何度も繰り返し録音され発売されたにも関わらず、高い評価を維持していたように思われる。また、ピアノ協奏曲第1番でも、リヒテルとの共演や、ベルマン、さらにキーシンとの共演まで、旧ソ連-ロシアの名ピアニストとの共演盤が多く残されている。ヴァイオリン協奏曲においては、クリスチャン・フェラスとの名盤がかつて存在したが、ムターとは著名な協奏曲中チャイコフスキーのみ録音が残されていた。実は2年前にも共演したが、発売には至らなかったというお蔵入り音源が別途あったようだ。つまり、発売を前提として再共演が実現したため、演奏自体を離れた風評まで事前に起きたようである。この点で、ワーグナーとチャイコフスキーのライヴ録音に至る経緯は異なっていると言えるだろう。

■ ワーグナー録音について-個人的見解 

 

 非常にゆったりとしたテンポで進められていくが、そこには演奏家たちのワーグナーへの深い敬意が充満している。この点は、特記しておきたい。したがって、強奏部分でも余計な咆哮とかは起きえないのである。このことが、祈りにも近い雰囲気を創出し、演奏全体に決して重々しくないが、きわめて荘厳な雰囲気を形成し得たのであろう。つまり、相互理解が前提となって、深く感動的な音楽が作り上げられたように思われてならない。カラヤンの思いが、結果的にソリストともオーケストラとも一致した録音として、稀有な存在価値があるのだと思われる。

 

■ チャイコフスキー録音について-個人的見解

 

 一方のチャイコフスキーは、作曲家への思いも、曲の解釈も、指揮者とオーケストラとソリストの三者間で、最後まで共有しえないものが残ったように思われる。しかし、それは2年前のお蔵入りの結果を再発させないための、三者間の紳士協定であったのかも知れない。なぜなら、カラヤンの指揮にソリストが合わせるような部分が出るのは、ある程度予想が付くが、カラヤンがソリストに合わせて努力している部分(第1楽章も第2楽章も、楽章の後半部分に差し掛かると顕著に表れている)まで明らかに存在するのだ。通常はこのような場合、共演を取りやめるとか、録り直しをするとか、普段のカラヤンならば何らかの措置を講ずると思われる。それにも関わらずこのライヴ録音が発売に至ったのは、カラヤンにとっては秘蔵っ子の旅立ちであり、ムターにとっては大恩人との最後の共演となる可能性を感じ取っていたこともあると思われる。カラヤンがソリストにここまで気遣った録音として、わたしは稀有な存在価値を見出すのである。

 

■ さいごに

 

 わたしには、この2つの録音から、カラヤンの女性観を垣間見えるような気がしてならない。カラヤンは、女性とドイツ語圏以外の音楽家に対しては、けっこう優しい眼差しを送ることが多かった。彼は、個人のルーツが、純粋なドイツ民族ではないことが知られている。そんな彼にとって、人生と言う闘争の相手ではなかったのが、女性とドイツ圏外の音楽家たちであったのだろうと思う。彼の眼差しは、ノーマンに対しても、ムターに対しても、とても優しいものがある。しかし、そのことはカラヤンが女たらしであったことを決して意味しない。同じような眼差しを、カラヤンが小澤などの音楽家にも向けていたことを、わたしたちは知っている。このような観点から見つめると、カラヤンの3度目の結婚も、この価値観の帰着点として、彼には本当に大事なことであったのだろうと思われる。25歳年下の女性、それも異分野の才能を持つ女性と再婚したカラヤンの本音が、こんなところに見え隠れしているように思えてならない、とまで言ったら、さすがに言い過ぎであろうか?

 

(2014年10月14日記す)

 

2014年11月2日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記