パヴァロッティのデビュー公演「ラ・ボエーム(正規盤)」を聴く

文:松本武巳さん

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パヴァロッティ全集(CD-100,101)

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プッチーニ
歌劇「ラ・ボエーム」全曲
ルチアーノ・パヴァロッティ(テノール)
ヴィート・マッティオリ(バリトン)
アルベルタ・ペッレグリーニ(ソプラノ)、他
フランチェスコ・モリナーリ・プラデッリ指揮
レッジョ・エミリア市立劇場管弦楽団&合唱団
録音:1961年4月29日、イタリア・モデナ(ライヴ)
DECCA(輸入盤 483 241 7)
パヴァロッティ・オペラ録音全集(95CD+6ブルーレイ・オーディオ)※ボーナス盤として収録

 

■ パヴァロッティのデビュー公演ライヴ

 

 世紀の名歌手ルチアーノ・パヴァロッティは多くのラ・ボエームの名盤を残したが、今回紹介するラ・ボエームの全曲盤ディスクは、1961年4月29日の彼のデビュー公演のライヴ収録である。前日の28日も公演が行われたという記録も一部にみられるが、彼の一連のデビュー公演であることに違いがないと言えるだろう。地元モデナのレッジョ・エミーリアコンクールで優勝した直後のオペラ初舞台であり、パヴァロッティ25歳の時のことであった。

 ところでパヴァロッティは、1935年10月イタリア北部のエミリア=ロマーニャ州にあるモデナ県の県都モデナにて生を受けた。中規模の都市であるが、近くにフェラーリの本社がある比較的裕福な地域である一方で、モデナ県はむかしからイタリア共産党の牙城ともいわれている地方でもある。まだまだ階級社会であった当時の職人階級に生を受けたパヴァロッティであるが、何と同郷・同年齢・母親の職場まで共通の幼馴染に、同じく後年世紀の大歌手に成長したミレッラ・フレーニがいたのだ。ちなみにカラヤンと共演した1972年録音の、世紀の名盤と呼ばれているラ・ボエーム全曲盤は、同時にフレーニとの共演でもあったのである。

 

■ 夥しい海賊音源の存在

 パヴァロッティが後年スターへの階段を駆け上っていった事実が後押ししているとは思うが、このデビュー音源の海賊盤がまさに夥しい回数、まさに何度も繰り返し発売されたのである。しかし、このモノラル録音の音質は、最終的な正規盤をもってしても、1961年当時の標準的な水準に達していないやや貧弱な録音であるのだ。ところが、少々視点を変えてみると、意外なほど舞台の主役の立ち位置辺りの音は、かなり鮮明に捉えることに成功しているのも事実なのである。オーケストラの音も、モノラル特有のやや広がりに欠ける音とはいえ、決して聴きにくいほどの音質ではないのであるし、演奏を盛り上げている部分でも、特に音が割れたりはしていないのである。

 

■ ザ・グレイティスト・ヒッツ50で、「冷たい手を」が正規盤として初出

 

 先に数年前に発売された、パヴァロッティの当たり役をチョイ集めした名演集である、ザ・グレイティスト・ヒッツ50において、1961年のデビュー録音から、著名なアリア「冷たい手を」が初めて正規盤として発売されたのである。ここに至って、パヴァロッティのデビュー公演の、公式の録音が存在することを、世間は知るに至ったのである。それから待つこと、さらに数年、101枚組という天文学的な全集の中のボーナス盤としてではあるが、ついに全曲が正規盤として陽の目を見るに至ったのである。

 

■ 昨年末に出たオペラ録音全集のボーナス盤として正規初登場

 

 今回のオペラ全集における正規盤に於いて、ステリオ・マローリ指揮とのクレジットが、全集セットの広告媒体の一部にクレジットされているのだが、過去の夥しい海賊盤ではすべてモリナーリ・プラデッリの指揮とクレジットされていたのだ。この矛盾については、添付された欧文解説書によれば、どうやらマローリはプロンプターであったようである。何らかの販売会社その他による誤記(誤訳?)であろうと思われる。

 この正規録音におけるパヴァロッティは、後年に複数の録音を含め数多くの舞台に立ったパヴァロッティのロドルフォ役の、代表盤とまではさすがに言いがたいであろう。しかし、このデビュー録音におけるパヴァロッティの声はかなり鮮明に捉えられており、生まれ故郷でのデビュー録音特有ともいえる、ピンと張り詰めた緊張感と伸びのある美声が早くも発揮されており、特に緊張感の強さに於いては、パヴァロッティの録音としては稀有なレベルにあると言え、この意味でたいへん貴重な録音であり貴重な正規盤初登場であると言えるだろう。

 

■ 後年、カラヤン、ベルリン・フィルと歴史的録音を残す

 

 1972年、ベルリン・イエスキリスト教会に於いて、帝王の名を欲しい儘にしていた当時のカラヤンが、フレーニとパヴァロッティという幼馴染の大歌手を擁して、オペラ演奏には不慣れなベルリン・フィルを伴って当曲の全曲録音に挑んだ。この録音はDECCAによって収録されたもので、まさに今なお歴史的名録音と呼ばれている名盤中の名盤である。パヴァロッティにとって、デビューから11年目のことであった。この録音は、DECCAにとってもベルリン・フィルにとっても、まさに一期一会の録音であったようで、これほどまでに優れた録音であるにもかかわらず、後に追随する企画は両者間には存在していないのである。

 デビュー録音とこの世紀の名録音を比較する気はない。というか、比較すること自体が無理であり、無駄でもあるだろう。ただ、今回初めて、この2つの全曲盤を続けて聴いてみたところ、ある演奏家の一生に占める、デビュー公演の大きさを痛感したように思えたのである。節目の演奏会とは、パヴァロッティのレベルの演奏家人生であっても、ものすごく大きな位置を占めるのだろうと思わざるを得ない。そして、1972年の名録音は、1961年のデビュー公演があってこそ存在し、その逆はあり得ない議論なのである。このことが、1961年のデビュー公演の正規盤初発売を聴いて、もっとも痛感したことである。彼が世を去って早10年以上。このような貴重な録音が正規に残された幸運を感謝したい。

 

(2018年12月13日記す)

 

2018年12月13日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記