ショルティ&シカゴ響でリスト「ファウスト交響曲」と「がんばれシカゴベアーズ」を聴く

文:松本武巳さん

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CDジャケット

リスト
ファウスト交響曲
サー・ゲオルク・ショルティ指揮
シカゴ交響楽団&同合唱団(合唱指揮:マーガレット・ヒリス)
録音:1986年1月(シカゴ、オーケストラホール)
DECCA(輸入盤 417 399-2)


CDジャケット

ダウンズ
がんばれシカゴベアーズ
アメリカ国歌
スーザ
星条旗よ永遠なれ
サー・ゲオルク・ショルティ指揮
シカゴ交響楽団&同合唱団(合唱指揮:マーガレット・ヒリス)
録音:1986年1月(シカゴ、オーケストラホール)
DECCA(輸入盤 417 397-2)

  ■ 究極の同時セッション
 

  だれがどう見ても性格の異なる2種類の録音セッションが同時に組まれたのは、やはり合唱団を用いる都合であっただろう。特にがんばれベアーズの録音だけで合唱団を拘束することは、予算上も都合がつかなかったのに違いない。そのため、がんばれベアーズの録音を行うことになった際に、当初から予定されていたファウスト交響曲の日程に乗っかる形で、同時に録音することになったのであろう。しかし、この2枚が同時に録音された事実だけでも話題性が満載で、とても傑作な話である、そんな気がしてならない。

 

■ シカゴベアーズとは?

 

 1985年度に初めて全米スーパーボウルを制覇した、シカゴを本拠地として活躍するフットボールチームである。実は、レギュラーシーズンが85年12月23日に終わり、プレーオフを勝ち抜いた結果、第20回スーパーボウルが86年1月26日に開催され、初優勝を飾ったのである。
 がんばれシカゴベアーズの演奏を、ショルティがシカゴのオーケストラホールで演奏したのは、スーパーボウル直前の86年1月23日で、これに合わせて急遽録音もなされたものと思われる。ライヴの録音の方も、シカゴ交響楽団自主制作CDの第13巻(2枚組)として、現地でかつて出されたことがある。

 

■ 国内盤では二度と再発できない(らしい)

 

 実は国内盤も一度だけ出されたことがあるのだ。LONDON(F35L-29034)で、同時期の録音であるチャイコフスキーの管弦楽曲集(1812年、幻想序曲ロメオとジュリエット、組曲くるみ割り人形)の余白に収録する形で発売された。こちらも、ほぼ同時に録音されたディスク(輸入盤 417 400-2)で、がんばれベアーズを余白に収録できる余裕が、このチャイコフスキーのディスクには十分にあったので、日本での初発売時の対応は、一定の見識があったと言えるだろう。
 しかし、再発時に権利関係の許諾が取れなかったとの噂で、その後一度も国内盤では再発売されていないのだ。現在はオーストラリア盤で、唯一入手が可能であると思われる。

 

■ ファウスト交響曲の楽曲について

 

 ファウスト交響曲は合唱を伴う交響曲で、「3人の人物描写によるファウスト交響曲」とも呼ばれる。ゲーテの戯曲「ファウスト」を知ったのは、パリに在住していた当時、ベルリオーズから薦められたのがきっかけであった。1840年代に構想を練り始め、1852年にベルリオーズから「ファウストの劫罰」を献呈されたのを機に、1854年第1稿が完成した。1857年には「ファウスト第二部」に基づく「神秘の合唱」が加筆され、最終稿は1880年に完成した。初演は1857年にワイマールで、ゲーテとシラーの記念碑除幕式の際にリスト自身の指揮で行われ、ベルリオーズに捧げられた。3人の主要な登場人物の性格描写に、それぞれ1楽章を使って描写している。第3楽章「神秘の合唱」では、テノール独唱、男声合唱、オルガンが加わる。

第1楽章「ファウスト」

 序奏を持つソナタ形式。真理を探究するファウストが5つに分けて表現される。第1主題は十二音技法を先取りした大胆なもので、ファウストの苦悩を表す。第2主題は情熱的で闘争的な姿が表現されている。第3主題は愛に対する欲求を表しており、第4主題は自然と人生の愛を歌う姿が表現されている。第5主題は、ファウストの英雄的側面を表している。

第2楽章「グレートヒェン」

 比較的分かり易い三部形式で、第1楽章と対照的に、グレートヒェンの愛らしくて清廉な性格が描写されている聴きやすく平安に満ちた楽章。グレートヒェンの2つの主題が新たに追加されている。

第3楽章「メフィストフェレス」
 複雑なソナタ形式である。全ての物事を否定し、人間性を認めず、事物を戯画化し、破滅させてしまうメフィストフェレスは、ファウストのネガティヴな面を反映したものである。ファウストの主題が、パロディ化したグロテスクかつ悪魔的に変容していくさまは、ベルリオーズの世界にも通じている。「神秘の合唱」に入ると、天使が現れ悪魔に打ち勝ち、暗黒から一筋の光が差し込み、神々しい雰囲気の中でファウストは救済される。

 

■ ファウスト交響曲の名録音について

 

 実演される機会はそれほど多くはないのだが、過去に錚々たる指揮者が録音している。思いつくまま挙げてみても、以下の名録音が並んでいる。非常に録音運の良い曲であると思われる。

  • アンセルメ指揮、スイスロマンド管
  • バーンスタイン指揮、ボストン響
  • ショルティ指揮、シカゴ響
  • ドラティ指揮、コンセルトヘボウ管
  • ムーティ指揮、フィラデルフィア管
  • バレンボイム指揮、ベルリン・フィル
  • シノーポリ指揮、シュターツカペレ・ドレスデン
  • ラトル指揮、ベルリン・フィル

(思いつくまま挙げたので、名録音が多数脱落している可能性があるが、記述の趣旨に鑑み寛容に願いたい。)

 

■ ショルティの隠れた名録音の一つ

 

 ショルティは、長大な「ファウスト交響曲」の各々の主題を実に明確に振り分け、曲の全体像を提示している。アンサンブルはほぼ完璧で迫力も十分である。ショルティとシカゴ響のまさに咆哮する金管群、完璧の代名詞のような合奏能力、沈着冷静だが非常に勢いに溢れた音楽進行が、聴き手の前に押し出さんばかりに次々と出てくるのである。

第1楽章

 ファウストを描いた音楽で序奏と主部から成っている。序奏では、第1主題が、後の十二音技法を先取りした旋律と一般に言われており、ファウストの悩みの姿を象徴している。次に主部は、劇的かつ情熱的な第2主題を提示し、続いて下行音型が第3主題を提示する。ファウストの愛に対する欲求が描写され、柔らかくかつ美しい響きが心に染み入る。さらに第4主題に移行し、自然と人生への愛を歌うファウストの姿が描写されるが、ここでのシカゴ響のアンサンブルは、実に美しく響き渡っている。その後、劇的な第5主題である英雄としてのファウストが提示され、金管の咆哮とティンパニの炸裂は、いつものショルティ通り迫力満点である。さらに、調性が不安定に変化し、その不安定さが幻想性すら齎す部分でのショルティの指揮は、本当に上手い。さらに徐々にクレッシェンドしながらフォルティッシモに至る部分などは、ショルティ特有の荘厳とも言える圧巻の響きを表出している。そして英雄としてのファウストの主題が再び鳴り響いた後、猛烈な迫力とオーケストラの掛け合いを見せつつ第1楽章を終える。実に優れた演奏と言えるだろう。

第2楽章

 グレートヒェンを描いた音楽で、全体的に魅惑的で柔らかな曲想に溢れる緩徐楽章。冒頭の幻想的な動機や引き続いてのオーボエの主題は、たいへん愛らしく響き、ロマン派リストの本領発揮であろう。その後も続く弦楽器群による音の調和は、言語を絶する美しい音楽として表される。天上の楽園のイメージにまさに合致するような、柔らかさ、暖かさ、優しさ、儚さ、格調の全てを具備した見事な音楽として表現されている。さらに情熱的なカンタービレとなった後、再びグレートヒェンの主題が弦楽器間で再現された後、神々しいまでの美しさを響かせつつ楽章を閉じて行く。

第3楽章

 メフィストフェレスの音楽である。新しいテーマは現れず、過去のテーマがパロディとして扱われる。低弦の動機とヴァイオリンの掛け合いで開始され、一瞬東洋風の印象を持たされたり、悪魔的な雰囲気であったり、グロテスクな雰囲気になったり、目まぐるしい変化が続く部分こそが、ショルティの真骨頂であろう。音楽の持っている重量感も迫力も、シカゴ響の機能性がショルティによって最大限に発揮され、その後の英雄としてのファウストの主題がパロディで出てくる場面などは、ティンパニとヴァイオリンの超絶技巧がとても印象的な部分だが、ショルティの棒にしっかりと付いて行っているのは流石だと感心する。さらにグレートヒェンの主題や、舞曲風の部分などが次々と出てくる。

神秘の合唱
 クライマックスは神秘の合唱である。暗闇の世界に徐々に光が差し込み、厳かに力強く高揚していく合唱が、感動的な盛り上がりをもたらし、さらにオルガンの荘厳な響きが加わる部分などは、筆舌に尽くし難い深い感動を覚える。ショルティは合唱部分の扱いにも長けており、色彩の目まぐるしい変化にも軽々と対応している。そして長大なファウスト交響曲は感動的かつ敬虔なフィナーレを迎える。

 ショルティの指揮の基礎には、間違いなく歌心溢れた音楽性が根底に横たわり、いつもながらの猛烈な音楽気質も、基本的にどんな作品であっても音楽全体をしっかりと鷲掴みした、規模の大きな音楽として作り上げる手腕は、当時の名指揮者の中でも屈指の存在であったと思われる。機能性に長けたシカゴ響を自由にドライヴして、大いに飛翔した音楽がショルティとシカゴ響には確かに存在していた。

 

■ がんばれシカゴベアーズ、アメリカ国歌、星条旗よ永遠なれ

 

 ショルティが冒頭に記した理由で、急遽録音に臨んだ3曲だが、国歌と星条旗よ永遠なれは、再発が一定数なされているが、前述の通り、がんばれシカゴベアーズはなかなか聴く機会が訪れない。ごく短いが、合唱を伴うこの曲は、確かに今回のような機会に録音されるものであろう。なお、合唱団は応援歌とファウスト交響曲の神秘の合唱を同時に取り組むことになったが、このことはとりわけ、どうしても若干強引な音楽作りをしがちなショルティにとって、むしろ大変都合の良い抑止効果があったのかも知れない。
 それは、合唱部分における音楽の敬虔さだけに留まらず、ショルティの指揮自体に、いつものような強引さが多少影を潜め、ファウストと言う重い素材を扱っているにもかかわらず、普段より音楽の流れがスムーズで、強引な処理を行っている部分も少なく、それでありながらメリハリがしっかりと付いた演奏を残した。シカゴベアーズのお蔭で、ファウスト交響曲の演奏の質が向上したとも思われる。とすれば、シカゴベアーズは思わぬところで大変偉大な貢献したわけである。

 

(2016年10月30日記す)

 

2016年10月30日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記