ルービンシュタイン唯一のリスト・アルバムを聴く

文:松本武巳さん

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CDジャケット

リスト

  1. 「詩的で宗教的な調べ」第7曲《葬送曲》
  2. 「即興的ワルツ」変イ長調
  3. 「メフィスト・ワルツ」第1番
  4. 「愛の夢」第3番
  5. 「ハンガリー狂詩曲」第10番
  6. 「コンソレーション」第3番
  7. 「ハンガリー狂詩曲」第12番 

アルトゥール・ルービンシュタイン(ピアノ)
録音:1953年10‐12月(モノラル)
RCA(LM-1905)(輸入盤LP)

 

■ ルービンシュタインのリスト

 

  膨大な録音が残されているルービンシュタインならば、なんとなくリストの音楽にも数多くの録音が残されているような気がするのだが、意外なことに単独のアルバムとしては、実はこの1953年録音のモノラル録音が唯一の録音なのである。主だったリストの作品の録音としては、ステレオ初期にピアノ協奏曲第1番と、ピアノソナタロ短調を残しているものの、他はSP時代から通してみても小品を数曲録音しているだけなのである。貴重なアルバムではあるものの、ほとんど忘れ去られたルービンシュタイン唯一のリスト・アルバムを、今回は取り上げてみたいと思う。

 

■ 技巧的に絶頂期の録音

 ルービンシュタインの長い録音生活の中で、1950年代のモノラルLPの時期が、ルービンシュタインにとって最も脂ののった活動時期であり、技巧的に判断しても最も充実した時期であると言えるだろう。彼は、若いころは実は技巧的にかなり不安定で、単に勢いで弾き飛ばしてしまう癖もあって、優れた録音はさして多く残していない。彼自身の自伝でも、そのことについては本人が言及しているので、一般的に確立した見解だと捉えても問題ないと思われる。

 例えば、全集に近い数多くの録音を残したショパンについて言えば、1930年代のSPへの第1回録音は、実年齢が40代後半から50代前半にも関わらず非常に若々しい演奏であって、それはそれで魅力があるものの、1950年代前半に残した2度目の録音に比べると、多くの点で劣っていると言わざるを得ないし、1960年代を中心に取り組んだ3度目の集中録音では、ステレオ録音で残された魅力はあるものの、さすがに70歳代から80歳に達する時期の録音だけあって、あまりにも淡白な演奏に終始しているものが多いのである。もちろん、例えばポロネーズ集の録音などは、最後の60年代の録音が間違いなく最も優れているし、いろいろと探せば例外も存在してはいるものの、一般的には50年代前半のモノラル録音の時期が、ルービンシュタインの全盛期であったことは疑いないであろう。

 

■ 協奏曲第1番とソナタロ短調

 

 リストが残した多くの作品中、最も著名なグループであり同時に大曲でもあるこの2曲の録音も、ステレオ初期に残されているのだが、いずれも残念ながらあまり良い出来とは言えないように思う。ピアニストの技巧的な限界も見え隠れする上に、ルービンシュタインのオーラのようなものが全く見えてこない録音なのである。そんなこともあって、この1953年のモノラル録音のアルバムは、私自身長い間全く聴き返すこともなく、レコード棚に半世紀もの間眠り続けていたのである。今回、このレコードを取り上げたきっかけは、単に年末年始の自室の片付けの成果に過ぎなかったのである。

 ところが、ターンテーブルから聴こえてくるこれらの小品は、いずれの楽曲も技巧的に安定したあまりにも美しい歌心の感じ取れる惚れ惚れとする演奏ばかりで、本当に驚いたのである。難曲のメフィスト・ワルツも技巧的に非常に安定した演奏であり、たぶんルービンシュタインが長年弾き込んできたリストの数少ない作品をまとめて取り上げて、珠玉の作品集としてレコードを制作したのであろう。録音から実に55年もたって、ようやく私の耳にこれらの音楽が届いたわけである。

 

■ ごく簡単に各曲の感想を記すと…

 

 冒頭に置かれた詩的で宗教的な調べからの《葬送曲》は、ルービンシュタインが録音した数年前に、ホロヴィッツが同じRCAに超絶的な録音を残している。ホロヴィッツが超絶技巧に側面を当てた凄絶な演奏であったのに比べて、ルービンシュタインは詩的な側面に光を当てた素敵な音楽として、全編を美しく演奏していてとても聴き映えがする。

 次の即興的なワルツは、当時は多くの名手が取り上げていた小品であり、全体を華やかにうまくまとめている。続くメフィスト・ワルツ第1番は、超絶技巧曲として知られるリストの技巧的な名曲であるが、技巧面では若干問題のあったルービンシュタインではあるが、全体を通じて無理をしないゆったりしたテンポで、安定した演奏を最後まで繰り広げている。超絶技巧的な緊張感こそ乏しいものの、細部にまで目が行き届いた落ち着いた演奏である。これはこれで聴いていてとても面白い。

 レコードはここからB面に移り、冒頭の愛の夢第3番はリストの作品中で最も著名な曲の一つであろう。実に味わい深く聴かせてくれる。これぞ大人(たいじん)の芸風だと言えるだろう。またコンソレーション第3番は、昔から家庭的小品として愛されてきた技巧的に比較的容易な楽曲であり、こちらも悠揚迫らぬ落ち着き払った演奏で、全体をたいへんきれいにまとめ上げている。

 ハンガリー狂詩曲第10番と第12番は、リストの作品中では比較的取り上げられることの多い曲であるが、第2番や第6番のような超絶技巧一本やりの楽曲では決してない。この2曲でルービンシュタインは、技巧的に余力を残したテンポを貫き、狂詩曲第10番では、連続してあらわれる急速な音階のパッセージが美しく浮き上がってくるように響き、たいそう印象的な出来栄えとなっている。また、このアルバムの最後を飾る第12番では、繰り返しあらわれる主題の即興的なパッセージが、非常に印象深くかつ美しく紡ぐように奏でられており、技巧面一本やりのリスト演奏とは一味異なる、リストの音楽の持つ別次元の素晴らしさを聴き手に教えてくれるかのようである。

 

■ アルトゥール・ルービンシュタイン

 

 私はかつて、ルービンシュタインについてほとんど取り上げてこなかった。いつかは取り上げるべきピアニストであることは当然だと思いつつ、なんとなくではあるが長年が経過していったのだが、まさか彼のリストの音源を取り上げることになるとは思ってもいなかったのが、実際のところの本音である。古き良き時代の巨匠の残した演奏は、いわゆる懐が深い演奏が多く、思いもよらぬ形で新たな感動を与えてくれることが、今なおあることが大きな魅力であるのだが、今回はまさにそんな偶然の産物であった。年末年始の大掃除もそれはそれで良い習慣だと、そんな風に改めて思った次第である。

 

(2018年1月8日記す)

 

2018年1月8日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記