ロヴロ・ポゴレリチのリスト演奏を聴く

文:松本武巳さん

ホームページ What's New? 旧What's New?
「音を学び楽しむ、わが生涯より」インデックスページ


 

CDジャケット
CD裏

リスト

  • ピアノ・ソナタ
  • オーベルマンの谷(巡礼の年第1年より)
  • バラード第2番
  • 波を渡るパオロの聖フランシス(伝説曲より)

ロヴロ・ポゴレリチ(ピアノ)
録音:2006年2月3-5日、パリ
Intrada(フランス盤 INTRA026)

 

■ イーヴォ・ポゴレリチの弟

 

  ロヴロ・ポゴレリチは、1970年に旧ユーゴスラヴィアの首都ベオグラードで生まれたクロアチアのピアニストであり、現在ザグレブ音楽アカデミーの准教授を務めている。彼は名前で想像がつく通り、著名なピアニスト、イーヴォ・ポゴレリチの弟である。

 ロヴロは1987年から幅広い演奏活動を開始し、クロアチアのほとんどの都市で演奏し、国内のほとんどすべてのオーケストラとすでに共演している。クロアチアでのコンサートの他に、フランス、スイス、英国、イタリア、デンマーク、オーストリア、ドイツ、チェコ、オランダ、ベルギー、フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、ブルガリア、カナダ、日本、中国でも公演を行っている。また、2012年4月、ロヴロはゾルタン・コチシュ指揮ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団とハンガリー・ツアーを行った。 

 

■ これまでに出たCDや映像

 

 ここで取り上げた「リスト作品集」の他に、ムソルグスキー「展覧会の絵」(2種類)、ラフマニノフ「前奏曲作品23より」、プロコフィエフ「ピアノ・ソナタ第7番」、バッハ=ブゾーニ「シャコンヌ」、シューマン「交響的練習曲」、ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第5番」などが、これまでに出ている。

 イーヴォが残した録音と重なる部分が結構多いことに気付かれるであろう。しかし、演奏内容はお互いに別々の個性(ただし、かなり濃い個性)が発揮されたものであり、無理やり重ねて考えるような共通点は存在していない。 

 

■ 日本公演でも弾かれたリストの楽曲

 

 2011年の暮れ頃、ちょうどリスト生誕200年記念に当たる年の日本公演で、ロヴロは演奏会の前半を、ここで紹介するディスクの後半部分をそのまま演奏し、後半はかつて2度録音しているムソルグスキーの展覧会の絵を演奏した。その際の記憶と、このディスクの演奏は、ほぼズレのない形で重なっているので、すでにロヴロの演奏様式や楽曲解釈は当時から固定していたものと想像される。

 ロヴロはかなりの大柄で、見た目も演奏も相当インパクトがあるのだが、イーヴォとは異なった意味で、音に対する鋭い感受性が聴き取れ、彼の演奏からは洗練された繊細さを同時に感じた。リストの演奏は決して絢爛豪華な華やかな演奏ではなく、終始くすみを持った音で演奏し、リストの音楽の持つ本質的な深さや叙情的美しさを健全に表現しており、聴き手は安心して音楽に身をゆだねることが出来た。

 それでいて、教職に普段就いているからであろうか、イーヴォのような研ぎ澄まされた緊張感はなく、音楽も雰囲気も思いのほか大らかに流れていったのである。聴き手がどうしても、あのイーヴォの弟だと構える上に、風体自体はイーヴォと非常に似通っているため、なおさら開演前は聴衆に一定の緊張感が走ったのであるが、現実には全く杞憂であったのである。 

 

■ リスト畢生の大作ロ短調ソナタ

 

 以上の楽曲は、CDの演奏からもほとんど同様の感想を抱くのだが、CDに収録されているリストのピアノ・ソナタについては若干別の感想を抱いているので、以下に別途記しておきたい。リストのピアノ・ソナタでは、ロヴロはダイナミックかつ強力なパフォーマンスで、作品を確実に見事なスキルと制御された力で演奏している。そこには他の曲への繊細さとは明確な境界線を描いているように思えた。真剣に聴くと確かに少し洗練されていない辛い雰囲気も感じられるのだが、技術的には落ち着きのある素晴らしい演奏であり、ピアノの音と機能を生かした演奏であると言えるだろう。ピアノに向かう強い意志の力が痛いほど伝わってきて、加えてロヴロの奏でるピアニッシモは、とても美しくかつ安定した水晶のような輝きであり、音楽が独特の不安定さを抱えたまま流れていくのである。

 その一方で、まるで鋼のようにロヴロの打鍵は強く、テンポが遅くても速くても一瞬たりとも落ち着かない。途切れることのないクレッシェンドは、ロヴロの強靭なエネルギーをしっかりと表している。しかしながら、音楽の根底には常に優しさや繊細さが失われず、聴き手は次々に現れる新鮮で詩的で抒情的なロヴロの優れた感性を、否応なしに感じ取ることが出来るだろう。このソナタの持っている本質的な不安定さをそのままストレートに表出しており、まさに一聴の価値があると言えるだろう。

 最後に、このロヴロのリスト演奏は、ブレンデルが若い頃VOXへの録音時代に見せていたような尖ったリスト演奏と、不思議なほど聴後感が似ていることを特記しておきたいと思う。あの頃のブレンデルのリスト演奏は、後年のPHILIPSへの芸術的完成形を示した録音とは異なる不思議な魅力があったのだが、説明することは難しいが、そのVOX時代のブレンデルのリスト演奏と雰囲気が似ているのである。まさか、ブレンデルの出自(現在のチェコ・モラヴィア地方生まれだが、育ったのは現在のクロアチアの首都ザグレブである)との関連性では無いと思うものの、説明困難な謎の共通項を、このロヴロ・ポゴレリチのリスト演奏から感じ取れたことを記しておきたいと思う。もしも、この感覚が正しいとするなら、ブレンデルはPHILIPS移籍後に、演奏スタイルを大きく変容させたこととも繋がってくるので、そこに仮にでもバルカン半島の複雑な歴史的経緯が絡んでいるとしたら、とても歴史的にも民族的にも興味深いことであるだろう。 

 

(2021年12月23日記す) 

 

2021年12月24日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記