マスカーニの歌劇「イーリス」を聴く

文:松本武巳さん

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CDジャケット

マスカーニ
歌劇「イーリス」全曲

  • イーリス:イロナ・トコディ (Sp)
  • オーサカ(大阪):プラシド・ドミンゴ (T)
  • キョート(京都):ファン・ポンス (Br)
  • イーリスの父:ボナルド・ジャイオッティ (Bs)

ジュゼッペ・パタネ指揮バイエルン放送合唱団、ミュンヘン放送管弦楽団
録音:1988年5月
CBS(UK盤M2 45526)(LP)、SONY(国内盤CSCR80601)(CD)

 

■ 国内でも話題を呼んだ、日本題材のオペラ

 

 今年(2016年)10月、東京フィルハーモニー交響楽団が定期演奏会において、アンドレア・バッティストーニの指揮により、このマスカーニのオペラ「イーリス」をセミステージ形式で取り上げた(オーチャードホール、オペラシティ、サントリーホール)ことによって、結構大きな話題を呼んだばかりである。イーリス役とオーサカ(大阪)役以外は日本人キャストにより上演された。ちなみに行商人役で登場した伊達英二は、日本人には珍しく、一度見たら決して忘れることのできない風貌と、良い意味で特徴のある独特の声質を以前から有しており、私はかなり久しぶりに彼の姿を見たように思い、とても懐かしさを感じたものである。

  ■ 初演とあらすじ
 

 世界初演は、1898年11月22日、作曲者自身による指揮で、ローマのコスタンツィ劇場において上演された。日本初演は、1985年8月、日生劇場にて、藤原歌劇団と二期会の合同で、指揮は井上道義によって上演された。

全3幕、上演時間:約2時間半、台本:ルイージ・イッリカ

第一幕

 夜が次第に明けて太陽の光があたりをつつみ、町民たちの太陽への賛歌で幕が開く。若くて貧しい純真無垢な少女イーリスは、見ていた恐ろしい夢を語り、悪夢を追い払ってくれた太陽に感謝している。年老いた盲目の父が質素な小屋から現れ、イーリスの手で日差しの中へ導かれ祈りを始める。金満の若い遊び人であるオーサカは、遊女屋経営のキョートの手を借りて、目を付けたイーリスを手に入れようと狙っている。旅回りの人形使いに変装したオーサカとキョートによって、イーリスは連れ去られてしまう。イーリスの父は娘を探すが、娘は吉原に行ったと聞かされ、イーリスに捨てられたものと思い込み激怒し、行商人に吉原へ連れて行ってくれるように頼む。

第二幕

 遊郭の一角に閉じ込められたイーリスにオーサカが言い寄るのだが、まだあどけないイーリスは、愛の言葉にあきれて笑っていて相手にしない。やがてオーサカの本心がわかり、父親のもとへ帰してくれと頼む。オーサカはいたく失望し退屈してしまい、キョートにイーリスを追い出すよう勧めるが、キョートは芸者にして荒稼ぎしようと目論み、イーリスに暗い穴を見せて、言うことに従わなければ穴に落とすぞと脅す。そこに父親があらわれイーリスは助けを乞うのだが、助けてくれると思った父親は、実はかどわかされたのだとは知らずに、娘に激しく罵詈雑言を投げ掛けてしまう。絶望のあまりイーリスは窓の下の穴に身を投げてしまう。

第三幕

 真夜中のどぶ川の土手で、浮浪者達が下水をさらいごみ漁りをしている。絹の着物と飾りを見つけ、その着物と飾りをはぎ取ろうとするが、死んでいると思っていた人間が動くのを見て、日が昇り始めるとともに逃げてしまう。横たわっていたのは、重い傷を負ったイーリスであった。薄れる意識の中で人生は無情だと告げるオーサカ、キョート、そして父親の声が聞こえてくる。やがて夜が完全に明け、太陽の温かい陽光がイーリスに降り注ぎ、「陽光の中で私は休むわ」と言い残して、イーリスは息を引きとる。最後に再び太陽の賛歌が聞こえてくる。

 

■ 世界初のスタジオ録音盤

 

 このオペラを作曲当時のマスカーニは非常に人気が高い作曲家で、オペラ作曲に大きな希望を抱いていた。マスカニーの音楽はとても楽しく、表現の過激な部分などでは、作曲者の深いインスピレーションを感じさせてくれる。率直に言って、この作品は子供の売春についてのオペラである。イーリスは盲目の父親の元から拉致され、クライアントに売り飛ばされてしまい、後にイーリスは何が起こったのかを知ることになる。イーリスはとても美しい音楽に満ちたオペラであり、同時に若い女性の搾取を伴う背徳のオペラでもあるのだ。

 物語は、盲目の父親を世話する幼い無垢の少女イーリスが主人公である。イーリスの売春相手であるオーサカ(大阪)役は、プラシド・ドミンゴによって歌われていて、非常に美しい音楽として描かれている。ドミンゴは美しく歌うのだが、他の登場人物の部分の音楽も、非常に上手く優れた音楽に満ちている。スペインの名バリトン、ポンスがキョート(京都)役を歌い、ジャイオッティがイーリスの盲目の父親役を務めている。

 オーサカはイーリスを何とか手に入れなければならないと欲情し、キョートを唆してイーリスを誘拐することにする。イーリスは騙されたことに気付き逃げ帰る。ところが事情を知らないイーリスの父親は彼女を見つけ顔に泥を投げつけ、イーリスは悲観して身を投じてしまうのである。台本はとても工夫が凝らされているが、音楽自体は何でもありであり、非常に美しいメロディーと豊かな感情に溢れた音楽の両方を兼ね備えた内容となっている。このディスクは現在でも唯一のスタジオ録音であり、最高のキャストを揃えたディスクでもあるのだが、名指揮者パタネが全体を上手く率いており、十分に名盤の類に入るであろう。

 タイトルロールを歌うハンガリー人ソプラノ、イロナ・トコディは、たいへん美しい声と美しいイタリア語の発音を持っている。彼女の声は若く無邪気な少女のように聞こえるほど軽くはなく、13歳の少女と彼女の色を調和させるのは、さすがに少し難しかったと思われる。しかし、決して全体的に悪くなく健闘していると思われる。もとより感情的な声質を持っているために、聴いた人に彼女が道を誤ってしまった女性だと信じさせる点でも、十分にイーリス役として適役だったと言えるであろう。キャストにドミンゴを含めたのは、レコード会社のおそらく販売上の戦略だが、熱烈なドミンゴファンへの売り上げを押し上げてくれることを期待し、一方でドミンゴは常に挑戦する役割を捜し求めてきた歌手であることも十分に知っていたのだと思われる。もちろん、オーサカ(大阪)のような役柄は、ドミンゴが歌うに値するほどの大した役柄ではないのだが、それはここでの話とは別であろう。ヴェリズモオペラが好きな方ならば、この録音を購入しても決して後悔しないであろう。

 

■ 日本ブームと異国情緒

 

 このオペラは1898年に初演され、翌1899年にはスカラ座でオーサカ(大阪)の役をエンリコ・カルーソーが演じた記録が残っている。マスカーニにとって、とても残念なことに、初演の年がプッチーニのトスカの初演の年でもあり、聴衆は両者を同時に比較することができたのである。そして、数年後の「マダム・バタフライ」の登場によって、「イーリス」の運命は封じられてしまったのである。要するに異国情緒あふれた日本風オペラは、実際にはそんなに多くは必要とされていなかったのであろう。

 マスカーニは、1934年に最後のオペラ作品である「ネローネ」を作曲し、独裁者ムッソリーニに作品を捧げたことから、独裁政権側の音楽家とみなされ強く批判されたために、ムッソリーニの失脚後は独裁政権に加担した罪で全財産を没収されてしまい、ローマのプラザホテルで絶望と貧困に喘ぎながら、無惨にも息絶えてしまったのである。マスカーニは、生涯に17のオペラ作品を作曲したのだが、現在でも世界的に有名で生き残っている作品は「カヴァレリア・ルスティカーナ」と「友人フリッツ」のみであると言って過言ではない。

 オペラ「イーリス」は、真実主義というよりは象徴主義の作品と言えるだろう。「イーリス」とは植物の「あやめ」と言う意味であり、19世紀末のヨーロッパ中を席巻した、オリエンタリズムを基盤とした空想上の日本を舞台に描かれた物語である。現実世界とは完全にかけ離れた日本を舞台に、オペラならではの魅力的かつ謎の登場人物によって、疑似東洋風の独特の非常にエキゾチックな物語が描かれている。名前も含めて一風変わった登場人物たちが、美しい音楽と浮世離れした東洋風の香りに彩られ、奇妙で少々エロティックな物語を歌い上げている。

 マスカーニの残した他の作品と同様に、オペラ「イーリス」は本質的にはイタリア的な華々しさと、オペラ特有のメロドラマ的な要素に満ちている西洋独特の音楽である。本当の日本の姿とは似ても似つかぬ、空想によって描かれた現実とは程遠い想像の国ニッポンを舞台にしている訳だが、19世紀末当時の西洋世界が、東洋さらに極東の日本をどのように捉えていたのかを含めて、筋書きはともかく素晴らしい音楽を通して垣間見ることができるだろう。その意味では、西洋から見たこのオペラと、当該国日本から見たこのオペラは、価値観において別々の評価がなされたとしても、それ自体は決して奇異ではないと思われる。

 

(2016年12月25日記す)

 

2016年12月25日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記