ジャン=ジャック・ルソーのオペラ「村の占い師」を紹介する

文:松本武巳さん

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ジャン=ジャック・ルソー

CDジャケット
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歌劇「村の占い師」(台本:ジャン=ジャック・ルソー)

  • ジャニーヌ・ミショー(ソプラノ)
  • ニコライ・ゲッダ(テノール)
  • ミシェル・ルー(バリトン)

ルイ・ド・フロマン指揮ルイ・ド・フロマン室内管弦楽団
録音:1956年頃、フランス(モノラル)
Pathé (フランス盤 33DTX 211)LP, Membran Wallet (輸入盤 233384)CD


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歌劇「村の占い師」(台本:ジャン=ジャック・ルソー)

  • ガブリエラ・ビュルクナー(ソプラノ)
  • ミヒャエル・フェイファー(テノール)
  • ドミニク・ヴェーナー(バリトン)
  • カントゥス‐フィルムス室内合唱団

アンドレアス・ライズ指揮カントゥス‐フィルムス・コンソート
録音:2006年8月、スイス
cpo (輸入盤 777260-2)


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歌劇「村の占い師」(台本:ジャン=ジャック・ルソー)

  • カロリーヌ・ミュテル(ソプラノ)
  • シリル・デュポワ(テノール)
  • フレデリック・カトン(バリトン)

セバスチャン・デラン指揮レ・ヌーヴォー・カラクテール
録音:2017年7月1−2日、フランス・ヴェルサイユ宮殿(旧王室歌劇場)
Chateau de Versailles Spectacles(輸入盤 CVS004)※PAL方式DVD付属

 

■ ジャン=ジャック・ルソーのオペラ

 

  ジャン・ジャック・ルソー(1712−1778)と言えば、大抵の方は偉大な哲学者・思想家としてのイメージが真っ先に浮かぶことであろう。このスイス・ジュネーヴ生まれの歴史的偉人が作曲家として残した、唯一のオペラ「村の占い師」をここで紹介したい。比較的名前だけは有名なのだが、実際に聴いたことがある方は非常に稀であろう。序曲と8曲から構成された、全9曲の1幕物のオペラである。

 1752年にヴェルサイユ宮殿で初演され、パリ・オペラ座で公開初演されたルソーの代表作の一つであるオペラ「村の占い師」。作曲したのがもしもルソーでなかったら、音楽史から抹殺されていたオペラかもしれない。曲は非常に素朴で全体の構成も単純であることはどう考えても否めない。序曲からして、同じフレーズの繰り返しが多く、かなり単調な音楽だと言わざるを得ないものの、一方でとても分かりやすい構成となっており、しかも全体的に特に大きな破綻があるわけではない佳作であると言えるだろう。

 ルソー自身の台本によると、コレットはコランが自分に冷たくなったと悩み、その悩みや思いを村の占い師に相談する。村の占い師は、恋とはそもそも不安になると募り満足すると薄れるものだから、コランに意図的に冷たくするようにという作戦をコレットに授けて帰す。一方のコランのほうも、同じようにコレットが自分を避けているのではないかと悩んでおり、村の占い師に相談に来た。二人の本当の気持ちを確信した村の占い師は、コランに対し本心(恋心)をコレットに正直に示すように勧める。再会した二人は、村の占い師から授けられた指示どおりにお互いの気持ちを正直に示し合い、お互いの本音を知った二人はその場で永遠の愛を誓いあう。実に他愛もない筋書きのオペラである。

 引続きパントミム(パントマイム)によるディヴェルティスマンが演奏され、オペラの最後に愛を主題にした独唱や合唱を何度も歌いながら、無事に大団円を迎えるのである。なんの変哲もない気晴らしの作品にすぎないが、聴いていて不快感が生じるような音楽ではなく、気楽に楽しむべきオペラと言えるだろう。全曲の長さも、CD1枚に収まる適切なものと言えるだろう。

 

■ 1956年頃録音のフロマンによる初録音

 

 このディスクが「村の占い師」全曲の、世界最初の録音であると思われる。モノラル後期の落ち着いた音作りとなっている。何よりソプラノのジャニーヌ・ミショーが歌っていることにまず興味を惹かれる。この古い録音には、ほぼ当時の慣習ではあるがいくつかのカットがあり、特に第8場の「村の若者たちのためのパストレル」やコランの歌を聴けないのは残念であるし、同じく第8場の「僕の薄暗いあばら家には」などは、当時の主流であった分厚い弦のユニゾンが現代の耳に若干うるさく、近年の小編成の古楽器伴奏の方にずっと心は惹かれてくる。そのため、若いニコライ・ゲッダによる名唱であるにもかかわらず、遺憾ながら素直に楽しめないところがあるのだ。

 話を進める重要な役割である村の占い師役のミシェル・ルーは、とても若々しく元気溢れた表現で、二人の間を取り持つキューピット役としては多少違和感を持ったのも事実である。歌手陣は押しなべてハイレベルなのだが、古いスタイルの分厚い弦による伴奏に、若干時代がかったものを感じてしまうのは、ある程度やむを得ないのかもしれない。ただオペラ特有の緊張感に全編溢れており、このオペラの筋書きをきちんと楽しむためにはもってこいであろう。ただし前述の通りかなり多くのカットがあり、かつカットの一部が重要な場面であるのが、とても残念である。つまり初録音としての聴きどころは多いものの、この「村の占い師」の理想的な演奏・録音とまでは言えないであろう。

 

■ 2006年録音のcpoから出た全曲盤

 

 ロラン・マニュエルの名著「音楽の喜び」によれば、スイスのジュネーヴ出身のルソーを、作曲家としてはアマチュアレベルで取るに足らないなどと酷評している。たぶんフランス人にとって、ジュネーヴ出身のルソーが作曲家として優れた能力の持ち主であるなどということは、とうてい許しがたく受け入れられないと言うことなのであろう。伝統的なラモーによる重厚な様式に比して、非常に軽い幕間劇としてのスタイルは、後世の先駆けとして作られた音楽であると捉えるべきであろう。そのような意味合いでこのオペラ「村の占い師」を捉えると、このオペラの存在価値が出てくると思われる。

 たとえば、第8場で演奏されるマントミム(パントマイム)の冒頭のメロディが、人々の間で歌い継がれていく間に、現在の「むすんでひらいて」の姿になっていったと言われている。このように言われていることが、聴いているだけで最も納得しやすいのが、実は当盤の演奏であると言えるだろう。他の録音ではよほど気にして聴かないと、「むすんでひらいて」の原型だとは聴こえないかもしれない。その意味で、ルソーの生地による演奏であるこのディスクを象徴しているように思えて、このディスクはどうしても無視できないのである。また、ソプラノのガブリエラ・ビュルクナーのとても柔らかくて彩のある声が、フロマン盤におけるミショーとはまた違った意味でとても魅力的でもある。ただし、個人的にアンドレアス・ライズの棒は、少々重すぎるように思えてならない。

 

■ 2017年最新録音のヴェルサイユ宮殿での録音

 

 ヴェルサイユ・バロック音楽センターやパリ、リヨンの音楽院との協力関係を軸として、フランス古楽演奏との連携を強めているヴェルサイユ宮殿の「シャトー・ド・ヴェルサイユ・スペクタクル」による最新の企画盤で、このオペラ「村の占い師」は2017年に取り上げられた。このレーベルから発売されるディスクは、基本的にフランス音楽史上を彩ってきた重要な作品でありながら、録音機会にあまり恵まれておらず忘れられかけていた隠れた名曲ばかりを発掘し発売しているようだ。

 ジャン=ジャック・ルソーの貴重なオペラ「村の占い師」を、18世紀当時の演奏様式をふまえたピリオド楽器で演奏したこの新録音は、普段ピリオド楽器をあまり好まない私でも存分に楽しめた。1752年にヴェルサイユで初演(試演)され、翌年パリ・オペラ座にて公式に初演されたこのオペラは、イタリア音楽に通じる親しみやすい旋律にフランス語を巧みに合わせて、フランス語はオペラに全く向かないという俗説を、見事なまでに払拭した作品でもある。

 マンハイム楽派の交響曲やイタリア・オペラを支持する教条的なフランス音楽家や取り巻きたちから、初演時にあからさまな妨害を受けたにもかかわらず大成功を収めた作品でもある。このオペラは、モーツァルトの習作オペラ「バスティアンとバスティエンヌ」の明白な下敷きになるなど、想像以上の多くの追従作が現れるに至った作品でもある。

 歴史的な重要作であるにもかかわらず録音は依然として非常に少なく、セバスティアン・デラン率いるフランス古楽グループが、初演場所でもあるヴェルサイユ宮殿で新録音に挑んだ貴重なディスクでもある。デランは楽団も合唱もギリギリまで編成を削り込み、室内楽的作品の一つであるかのように、繊細な魅力を鮮明かつ素朴に表出する解釈を目指しているように見受ける。ただし、歌手陣はかなり健闘しているものの、声質自体の魅力がやや乏しいきらいがある。なお、この最新盤にはDVDが付属しているがPAL方式によるものなので、たとえばパソコンで閲覧するなどして、当録音の方針を目の当たりにすることも可能なディスクとなっている。

 

(2019年4月16日記す)

 

2019年4月16日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記