カペレによる2種類のチャイコフスキー・ヴァイオリン協奏曲を聴く

文:松本武巳さん

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チャイコフスキー
ヴァイオリン協奏曲作品35

LPジャケット

ダヴィッド・オイストラフ(ヴァイオリン)
フランツ・コンヴィチュニー指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1954年2月、ドレスデン
DG(輸入盤LPM18196)10インチLP


CDジャケット

クリスティアン・フンケ(ヴァイオリン)
ハンス・フォンク指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1981年6月4日-7月4日、ドレスデン・ルカ教会
Ars Vivendi(欧州盤 AV2100131)CD

 

■ 名盤の中の名盤、オイストラフとコンヴィチュニーによる歴史的録音

 

 長い歴史を誇るシュターツカペレ・ドレスデンは、世間を超越した別世界的な存在感があると言えるだろう。まるで神話か伝説の中で今なお生き延びている、そんな稀有なオーケストラなのである。国家がどうこう、指揮者がどうこう、楽器がどうこう、奏法がどうこう、などという低次元な話を一切抜きにして、長年にわたって引き継がれてきた伝統芸能の牽引者としてのプライドを団員全員が共有しており、通常のオーケストラとは明らかに性質を違えた異次元オーケストラとして、今なおしっかりと存在し続けているのである。

 ところで、戦後の東ドイツ音楽界の再建に尽力し続けた名指揮者フランツ・コンヴィチュニーが、旧ソ連の名手ダヴィッド・オイストラフと共演したチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲が、ここで取り上げる一枚目のディスクである。1954年の古い録音でありながら、今なおCDで発売され続けている非常に有名な演奏であり、自身もかつて「名盤を探る」特集の際に取り上げたことがある、歴史的録音でもある。

 オイストラフのヴァイオリン演奏は、今にも弦が切れてしまいそうなほど豪快な力強い響きを特長としている。それは実に鮮烈な音色で、オイストラフのヴァイオリン演奏の重要な一面を表していると言えるだろう。かつ、洗練された都会的な演奏とは程遠い、分厚く人間臭い音色でふてぶてしく聴き手にグイグイと迫ってくるのだ。決して完全無欠なヴァイオリン演奏ではないものの、人間オイストラフの毀誉褒貶をすべて包み隠さず見せるような、豪放磊落な演奏でありながら同時に人間臭い親しみを感じる演奏なのである。この有名な協奏曲の夥しい録音の中で、オイストラフの演奏は未だにこの協奏曲演奏の主役の座を、シュターツカペレ・ドレスデンとコンヴィチュニーともに維持し続けている、そんな永遠の名録音と言えるだろう。

 

■ 元コンサートマスターがソリストとして里帰りした、知られざる名盤

 

 二枚目のディスクは1981年の録音で、原盤はETERNAである。クリスティアン・フンケは、1972年にシュターツカペレ・ドレスデンの第1コンサートマスターに就任し、その後1979年にライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の第1コンサートマスターに移籍した、旧東ドイツの優れたヴァイオリン奏者である。カペレの元コンサートマスターが、移籍後にソリストとして元のオーケストラから招聘された、いわば凱旋時の録音であるようだ。こちらは比較的近年の録音であり、ソリストの知名度こそ多少落ちるものの、非常に優れた演奏であるにもかかわらず長年にわたって意外なほど入手困難な録音となっている。

 クリスティアン・フンケの奏でるヴァイオリンの音色は、決して力強い演奏ではないのだが、良い意味で全体のまとめ役を長年経験しているフンケならではの、無駄な力の抜けた仲間内の室内楽風の味わいを見せていると言えるだろう。そして、指揮者ハンス・フォンクとシュターツカペレ・ドレスデンの団員が、フンケのソロに合わせて見事なアンサンブルを展開しているのだ。こういう形でのチャイコスキーのヴァイオリン協奏曲演奏は、実際には非常に珍しいのではないかと思われてならないのだが、残されたディスクを聴いてみると確かに素晴らしい演奏だとしか言いようがないのだ。良い意味で室内楽風の優れたアンサンブルを根底とした無駄な力を抜いた演奏であるのだが、単に内輪の演奏にとどまらずに、意外に聴き映えのする演奏に仕上がっているように思われる。

 

■ あまりにも異なる二つの録音の性格

 

 すでにお気づきのように、この二つの録音は、同じオーケストラがチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を演奏したという点を除いて、凡そ接点すらないような異なった視点から取り組んだ録音であると言えるだろう。しかし、一見180度異なる演奏でありながら、どちらを聴いても聴き手は大きな満足を得られるだけでなく、どちらの演奏も確かにシュターツカペレ・ドレスデンによる演奏なのである。

 私には、この二つの録音が時系列上は若干離れてはいるものの、いずれも旧東ドイツ時代に残されたことを含めて、まさにシュターツカペレ・ドレスデンが今なお一線で活動し続けている、稀有なオーケストラであることの証明のような気がしてならないのだ。フンケによる録音の方は現在も入手が若干困難ではあるものの、可能ならばぜひ聴き比べてみて欲しいと、心より念願している。

 

(2020年10月22日記す)

 

2020年10月25日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記