フィルハーモニア管のフルート奏者ガレス・モリス

文:江口さん

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伊東様

 クレンペラーが本当にお好きのようですね。私も大好きです。というか、私の場合、クレンペラーはもちろんですが、彼の手兵というべきフィルハーモニア管弦楽団が好きということが大きいと言えるでしょう。なぜ彼らのベートーヴェン演奏はあれほど生命力があるのでしょう? オーケストラの音色はフルートとトランペットによるところが大きいと聞いたことがありますが、フィルハーモニアのフルートの音が独特と思われたことはありませんか?

 フィルハーモニアのフルートセクションのトップを1949年頃から1972年まで(つまりクレンペラーの引退まで)務めたガレス・モリス(Gareth Morris)は、木製のフルートを使い、英国スタイルでフルートを吹いた、最後の著名プレイヤーと言えるでしょう。

 フルートの演奏スタイルは、今や全世界をフランス流派(French school)が征服してしまいました。つまり、ランパルやゴールウェイのような、金属管の楽器で、しなやかな、流麗なヴィブラートをきかせた演奏です。フレンチスクール以外のフルートの音が50年代以降の良好な録音で、メジャーオケで聞けるのは、フィルハーモニアのガレス・モリスのみと言っていいと思います(SP時代の古い録音には、英国はもとより、ドイツ・オーストリアなどの奏法が残されていると思いますが)。

 英国式奏法(British style)というのは、基本的に木製のフルートを使い、ヴィヴラートは非常に控えめで、唇をかなり引き締めて吹きます。このため、フルートでありながら、ちょっとリコーダーを思わせる響きがします。つまり、古いフルートの音のイメージを保持しているわけです。

 しかし、フランス流派が発展させた柔軟で華麗な奏法の聴衆へのアピールに対抗できず、英国人も(ウィリアム・ベネットやゴールウェイなど)もみなフランス流派になびいてしまいました。

 50年代にハレ管弦楽団でフルートを吹いていたオリヴァー・バニスターは、英国式の木製フルートを使いながら、フランス奏法でした。彼がバルビローリの下で吹くドビュッシーの「牧神」は、絶品です。そう、私がもっとも好きなオーケストラでのフルートプレイヤーは、甲乙つけがたく、ガレス・モリスか、フランスものならオリヴァー・バニスターなのです。

 ランパルやゴールウェイのフルートの音が古楽器オケの中から聞こえることはちょっと想像もつきませんが、ガレス・モリスの音色と奏法は、突然彼がブリュッヘン指揮18世紀オーケストラの中に入っても、ものすごい違和感はないと思います。(もちろん木製管フルートといっても、ガレス・モリスのフルートはベーム式の近代メカの楽器ですから、音量バランスはとれないでしょうが)この意味で、古楽器による演奏が当たり前になった現在から振り返ると、ガレス・モリスの演奏はかえって新鮮に響くこともあります。

 フランス流派が、19世紀半ばに発明された金属製の近代メカのフルートの特性を最大限に生かす奏法を新たに発展させたのに対し、英国ではそれ以前からのフルート奏法の伝統が保持されてきたのだと思います。ガレス・モリスは1972年に、伝統ある英国流派の多分最後の奏者として舞台から引退します。さすがに、他の楽員達にも、ガレス・モリスの演奏は時代遅れと見られていたようです。皮肉なことに、そのころからオリジナル楽器による古楽器演奏が興隆し、そのフルート奏者たちは、もちろん全くフランス流とは違う奏法、どことなく英国流派を思わせる演奏をしているというわけです。

 伊東さんが、クレンペラーのバッハ・ブランデンブルク4番について書かれていたとき、「ブロックフレーテ」とされていましたが、あれこそが、英国流派のフルートの音なのです。

 69年に録音されたクレンペラー編曲、ラモーの「ガボット」でのガレス・モリスのフルートソロを聞いていると、おそらくバロック時代から続いてきたフルート演奏の伝統がついに消え去る直前の、最後の美しいきらめきのような気がして、わたしは勝手に(^^)感傷的になってしまうのです。

 私は自分でもフルートを吹くのですが、そのきっかけは、中学校の頃、50年代にカラヤンがフィルハーモニアを振ったモノラル録音の田園交響曲を聞いたことです。2楽章で聞こえてくる、不思議な、吸い込まれるように美しいフルートの音色にすっかりとりこになってしまいました。(もちろんガレス・モリスです)100回は聞いたかもしれません。そのころは、奏法がどうの、奏者がだれだの、全く知る由もなく、ただただうっとり聞き入っておりましたが。

 

2003年5月28日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記