エルンスト・レヴィを聴く

文:ふりっつさん

ホームページ What's New?
あなたもCD試聴記を書いてみませんか インデックスページ


 
CDジャケット

Ernst Levy Volume 2
Forgotten Genius Plays Haydn, Beethoven and Mozart
エルンスト・レヴィ(ピアノ)
録音:1929-58
Marston(輸入盤 52021-2)

 「忘れられた天才がハイドン、ベートーヴェン、モーツアルトを弾く」

 意味ありげなタイトルに惹かれて購入したのだが、聴き終わって言葉を失うほどに驚いた。一言で言えば、「降参です!あなたが仰せの通り、天才です」ということだ。ライナーノーツを斜め読みすると「Andrew Porterというライターがシュナーベル、バックハウス、ケンプ、ソロモンと同格に評価した。だが、他の者は彼の天才を見いだせず…」とある。私はPorterさんの意見に、無条件に賛成する。

 レヴィの何が凄いのか。それを書く前にライナーから略歴を紹介しておく(誤訳の可能性アリ…)。

 1895年、スイスのバーゼル生まれ。両親はユダヤ人で、彼は生後8カ月でしゃべり始め、1900年には何でも弾けるようになり、作曲も始めた。1901年にはハイドンのニ長調の協奏曲を聴衆の前で演奏した。バーゼルとパリで音楽をエゴン・ペトリらに学んだ。26歳でパリに移住して合唱団を結成。1939年、ドイツの占領によりまずスペインに、そして米国に行き、1966年にスイスに戻るまで米国で過ごした。15の交響曲や多数の合唱曲、室内楽曲、器楽曲を書き、一部の作品は録音されている。などなど。

 このCDは2枚組で、ハイドンの31、47、60、61番(ホーボーケン番号では46、32、50、51番)、ベートーヴェンの23(「熱情」)、27、28、30、31番、モーツァルトの幻想曲K.397、シュトラウス2世の「春の声」を収録している。「春の声」は2つの割れたSPを修復して復刻したそうだ。ハイドンとベートーヴェンは、米ユニコーンが収録したもので、何と、ピーター・バルトークが録音を担当している。

 ハイドンはほとんどグールドの演奏しか聴いたことがないので簡単に流すが、古典的というよりはロマン的なしっとりした表情づけが印象的。「ただのミニチュアソナタ」と私が思いこんでいた作品が、もっと構えの大きなものであったことを教えてくれる。

 続く熱情ソナタは史上屈指の名演だと私は思う。

 かなり頻繁にテンポを動かしているが、少なくとも私には、そのテンポ変化に違和感はない。それどころか、まさに適切な場所でアッチェレランドし、適切な場所でリタルダンドし、さらには適切な場所でフォルテの指示をピアノに変える。そういう演奏だと思う。表情は千変万化。指も非常によく動く。堅固な響きを出すこともあれば、メロートーンで心を打つこともある。ホロヴィッツのような人だが、ベートーヴェン弾きとしては、ホロヴィッツより間違いなく上だ。

 音楽の構造というものをしっかりと把握した上で、楽譜から感じ取ったものをどう表現するかを設計し、その設計図に基づいて演奏する。そう言えば良いのだろうか。とにかく、即興的な表現を多用しながらも、演奏全体としての統一感は欠けていないどころか、音楽としては極めて均整の取れたプロポーションを保っているのだ。

 この曲の第2楽章。少し冗長な感じがして私は苦手なのだが、レヴィは実に色彩感豊かに弾き切って、飽きさせない。最後に主題が戻ってくる時、ぐっとテンポを落とすが、懐かしい気持ちがこみあげてきて、実に感動的だ。第3楽章では、最初の和音の連打の後、長めの「パウゼ」を取った上で、猛スピードで主部に入る。この効果も(私に対しては)絶大だ。さらには、思いがけない内声の強調にはっとさせられる。その内声が「そういうフレーズが隠れていたのか」という驚きを与えるにとどまらず、そうでなければならない、音楽の中での必然なのだと説得できるのが、レヴィの凄いところだ。さらにコーダはポルシェ並みの猛スピードで疾走する。その中で、弾き間違えないばかりか、音のバランスをコントロールし切っているさまは圧巻だ。

 熱情に多くを割き過ぎた。私は正直言って、中期の交響曲以外のベートーヴェンがあまり好きではない。特にピアノソナタは、後期の作品が持つ高雅な幻想性を持ち合わせていないように思えて、進んで聴く気にはなれない。しかし、レヴィはこの曲に新しい命を吹き込んでくれた。残るベートーヴェンの4曲についてはあえて言及しない。特に30番と31番は、言うまでもなく、ピアノ音楽史上でも指折り数えられるほどの名曲だし、レヴィの演奏は曲にふさわしいものだ。

 モーツアルトは、少しロマンティックに過ぎるかも知れない。もともと古典の枠をはみ出した個性を備えた作品だとは思うが、リストの曲のように聞こえてしまう。そうだと割り切ってしまえば、感動的な演奏だと言える。「春の声」はなかなか楽しい演奏で、レヴィの表現の幅広さを感じさせるが、音は「鑑賞に耐えないレベル」だ(笑)。

 すでにお気づきのことと思うが、これはVolume 2である。そう。Volume 1が存在するのだ。Volume 1には、ベートーヴェンの29番と32番のソナタ、リストのソナタと「詩的で宗教的な調べ」などが収録されている。もちろん素晴らしい(特に32番が)。

 私は彼を「ピアノのフルトヴェングラー」と呼んで一人悦に入っている。

 非常に残念なのは、Volume 2のライナーノーツに「これでおしまい」という趣旨の記述があることだ。しかし、一人の「知られざるピアニスト」の驚嘆すべき実力を把握するには、十分な質と量を備えた録音が残されていたことに感謝するほかない。

 なお、蛇足ながらこのCD、入手がやや難しいのが難点だ。Marstonレコードで直販しているほか、ごく一部のオンラインショップで買える。価格は2000円弱から5000円近くまでさまざま。オーストラリアあたりが安いかも…。

 

2002年2月17日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記