「わが生活と音楽より」
バッハ/ブランデンブルク協奏曲・管弦楽組曲の二種のピアノ四手編曲版を、二組の女性デュオで聴く

文:ゆきのじょうさん

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 バッハの管弦楽をピアノに編曲するという試みは、私が知る限りそれほど多くはないと思います。バッハ自身も協奏曲の独奏をチェンバロに変更した編曲版があるだけです。したがって、ブランデンブルク協奏曲や管弦楽組曲のピアノ版というのはありそうでなかったのですが、二種の編曲版があることが分かりましたので、ご紹介したいと思います。

 

■ マックス・レーガー編 





 マックス・レーガー(1873-1916)は、自らを「ドイツ三大B」(バッハ、ベートーヴェン、ブラームス)の正統的な後継者だとしていました。一方でピアノの名手であり、ショパンやヨハン・シュトラウスのワルツのピアノ用編曲なども手がけています。そして、バッハのブランデンブルク協奏曲、管弦楽組曲のピアノ連弾版を作曲しています(以下、レーガー編)。

 ところが、このレーガー編は問題がありました。バッハの錯綜する声部をすべて4つの手に振り分け、それらが複数の旋律を同時に奏するものだったのです。高音部を受け持つプリモ・パートは音符でぎっしり詰まっており、低音を担当するセコンド・パートはそれに比べて音符の数が少なくなっています。実際の譜例として、ブランデンブルク協奏曲第5番第1楽章冒頭を示します

 プリモ・パートの負担が大きいだけではなく、手の交差が多すぎて1台のピアノで連弾するのには困難を極めます。そのためレーガー編は、「演奏不可能」「机上の空論」と批判されてきたそうです。

 しかし、近年になって録音する試みが出て来ました。トレンクナー&シュパイデル・ピアノ・デュオもその一つです。

CDジャケット


J.S.バッハ/レーガー編:『ブランデンブルク協奏曲』&『管弦楽組曲』ピアノ連弾版
● ブランデンブルク協奏曲第1番ヘ長調 BWV.1046
● ブランデンブルク協奏曲第2番ヘ長調 BWV.1047
● ブランデンブルク協奏曲第3番ト長調 BWV.1048
● ブランデンブルク協奏曲第4番ト長調 BWV.1049
● ブランデンブルク協奏曲第5番ニ長調 BWV.1050
● ブランデンブルク協奏曲第6番変ロ長調 BWV.1051

● パッサカリア ハ短調 BWV.582
● 管弦楽組曲第1番ハ長調 BWV.1066
● 管弦楽組曲第2番ロ短調 BWV.1067
● トッカータとフーガ ニ短調BWV.565
● 管弦楽組曲第3番ニ長調 BWV.B1068
● 管弦楽組曲第4番ニ長調 BWV.1069
● 前奏曲とフーガ 変ホ長調 BWV.552

トレンクナー&シュパイデル・ピアノ・デュオ
エフェリンデ・トレンクナー ピアノ
ゾントラウト・シュパイデル ピアノ
録音:1995年6月、2000年3月27-29日、ドイツ、ヘッセン州バート・アーロルゼン市、フュルストリッシェ・ライトバーン
独MDG 102 2294-2

 聴いてみますと意外なほど聴きやすい演奏だと思いました。もちろん弾いている方は大変なのでしょうが、そんな苦労は微塵も感じさせません。原曲で聴き慣れた響きがそのまま奏でられるため、違和感も少ないです。

 とは言え、演奏困難であることは問題ですが、新たな編曲版というのは出て来ませんでした。そして2017年になり、新しい編曲版がでました。

CDジャケット



エレオノール・ビンドマン編
ブランデンブルク・デュエット

● ブランデンブルク・デュエット第1番ヘ長調
● ブランデンブルク・デュエット第3番ト長調
● ブランデンブルク・デュエット第5番ト長調
● ブランデンブルク・デュエット第6番変ロ長調
● ブランデンブルク・デュエット第4番ト長調
● ブランデンブルク・デュエット第2番ヘ長調
エレオノール・ビンドマン ピアノ/primo: 第1、6、4、2番 second:第3、5番
ジェニー・リン ピアノ/primo: 第3、5番 second: 第1、6、4、2番
使用ピアノ Steinway Model D, No. 59004
録音:2017年8月9-11日、ヴァージニア州ボイス、ソノ・ルミナス・スタジオ
独GRAND PIANO GP777-78

CDジャケット



J.S.バッハ:管弦楽組曲全曲
● 管弦楽組曲第3番ニ長調 BWV.1068
● 管弦楽組曲第2番ロ短調 BWV.1067
● 管弦楽組曲第4番ニ長調 BWV.1069
● 管弦楽組曲第1番ハ長調 BWV.1066

エレオノール・ビンドマン ピアノ/primo: 第2、4番 second:第1、3番
スーザン・ソボレフスキ ピアノ/primo: 第1、3番 second: 第2、4番
使用ピアノ Bosendorfer, No. 48862
録音:2022年4月2日(第1番、第4番)、4月3日(第2番、第3番)、ニューヨーク、ブルックリン、プレジデント・ストリート・スタジオ
独GRAND PIANO GP915

 ライナーノーツによりますと、2014年にバッハのコンサート・シリーズのピアノ二重奏(ピアノ連弾)プログラムをビンドマンが企画しているときに、ブランデンブルク協奏曲第2番がぴったりだと思ったことが発端です。しかし、レーガー編の楽譜を大幅に編集してもまともな演奏にはならず、新たに書き直したそうです。結果として生まれた編曲版は演奏が楽しく、聴衆にも好評でした。当然のことながら、他の5つの協奏曲も編曲せざるを得なくなり、「ブランデンブルク・デュエットが生まれたそうです。

 ビンドマン編は、レーガー編と比較すると「ピアノでの演奏しやすさ」に主眼が置かれています。「私の主な目標は、バッハがピアノ二重奏のための4声のインヴェンションを作曲しようとしていたとしたら、どのように楽譜を配分したかを想像し、ポリフォニーを強調した編曲を作成することでした。」と書いています。2人のピアニストは均等に音を奏でるように配慮したとのことです。

 聴いてみますと、なるほど確かに音像は整理整頓されており、レーガー編が縦の響きを強調しているのに対して、ビンドマンは旋律を重視していて、そこに過不足ない和音を置いているようです。音楽はさらさらと気持ちよく流れるのも心地よさをもたらします。

 ビンドマンは他にも無伴奏チェロ組曲全曲やリュート組曲のピアノ独奏版もリリースしています。

 

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 レーガー編、ビンドマン編を聞き比べますと、バッハの管弦楽をピアノに落とし込む難しさと愉しさが分かります。ベートーヴェンの交響曲を編曲したリストや、バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番やクライスラーなどを編曲したラフマニノフが、ブランデンブルク協奏曲を編曲したらどうなっていたのだろうと想像するのも、また一興だと思いました。

 

2025年8月5日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記