「わが生活と音楽より」
アクサンチュス室内合唱団の「ドイツ・レクイエム」

文:ゆきのじょうさん

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CDジャケット

ブラームス:ドイツ・レクイエム 作品45(ロンドン版)
ソプラノ:Sandrine Piau
バリトン:Stephane Degout
ピアノ:ブリギッテ・エンゲラー、ボリス・ベレゾフスキー
ロランス・エキルベイ指揮アクサンチュス室内合唱団
録音:2003年6-7月
仏Naive(輸入盤 V4956)

 ここで演奏しているアクサンチュス室内合唱団は、以前《アクサンチュス トランスクリプションズ》というディスクを出して話題になりました。これはバーバーの弦楽のためのアダージョ、マーラーのアダージェットを初め、バッハ、ラヴェル、ドビュッシー、ショパンなどの器楽曲を合唱のために編曲したものを、アカペラ(伴奏なし)で歌い上げた一枚です。この《トランスクリプションズ》は、いわゆる「際物」ではなく、ヴォルフやベルクなどの現代ものも入っていますし、編曲も以前からあったものを多く使用しています。演奏は真摯でこれ以上ないほど、美しいものでした。

 楽器の原点は人の声だと言いますが、《トランスクリプションズ》において、女流指揮者エキルベイによるアクサンチュス室内合唱団の声は、透明度が高くて優しいものです。生々しさを感じる事なく、抵抗感なく耳に入ってきます。どこからともなく、ふわりと漂ってきて、そして、どこへともなく、虚空へと消え行くような一曲一曲を聞いていると、芯から心が癒されていくようです。そんなCD故に巷では「癒し」のカテゴリーに入れられたりしていました。

 そのコンビが今度はドイツ・レクイエムを出してきました。ブラームスのドイツ・レクイエムというと、ヴァイオリンが除かれた暗い管弦楽版でよく聴いていましたが、ブラームス自身がピアノ2台の編曲を行った演奏を私は初めて聴きました。出だしは管弦楽版で耳慣れた者にはちょっと戸惑いがあります。弦楽と比べてピアノでは音の持続性が弱く、響きが一体化しないような印象を持つからです。しかし聴き続けるうちに、次第に私は演奏に引き込まれてしましました。アクサンチュス室内合唱団は《トランスクリプションズ》と同様に透明度の高い歌声です。しかし前作と異なり、次第に声が一塊りになって迫ってくるのです。管弦楽版では“向こう側”にあったような合唱が、より露わになって覆い被さってきます。最初は明るめに感じていた演奏が、次第に心の奥底まで掴みかかるような暗さを帯びてきます。独唱も美しく、しかも力強く訴えてきます。エキルベイの指揮はテンポがほとんど揺るがず、際だった斬新な解釈があるわけでもなく実に実に骨太な演奏です。

 後半になるにつれ、ピアノと合唱は次第に熱を帯びて、更に迫力が出てきます。第6曲「この地上には永遠の都はない」では、大人数の合唱でも体験しないような歌声の圧力すら感じました。エンゲラーとベレゾフスキーのピアノも鳴り響いています。最後の「今から後、主にあって死ぬ死人は幸いである」も感傷的にならず、妙に弱音を強調することなく、実にたっぷりと響かせて終わります。

 巷ではこのディスクは《トランスクリプションズ》と同様に「癒し」系とする向きもあるようですが、とんでもない誤解だと思います。このドイツ・レクイエムは少人数でも響き合えば、どんなに壮大な音楽が造れるかを示した演奏の一つだと考えています。

 

2004年6月6日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記