「わが生活と音楽より」
ロージメードル前奏曲を聴く

文:ゆきのじょうさん

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 稲庭さんの書かれた「イギリス音楽事始?」と題された文章を読んでいつか書いてみたいと思っていたものです。

 ヴォーン=ウィリアムスが1920年に作曲した「ロージメードル前奏曲」というのがそれです。私が愛聴しているのは次のディスクです。

CDジャケット

ホルスト:セント・ポール組曲 作品29-2
ディーリアス(フェンビー編):2つの水彩画
パーセル:シャコンヌ ト短調
ヴォーン=ウィリアムス(アーノルド・フォスター編):ロージメードル前奏曲
ウォルトン:映画「ヘンリー5世」の劇音楽から弦楽のための2つの小品
ブリテン:シンプル・シンフォニー 作品4
ネヴィル・マリナー指揮アカデミー・セントマーティン・イン・ザ・フィールド
録音:1971年7月21、22日 キングスウェイ・ホール、ロンドン
東芝EMI(国内盤 CE33-5242)

 拙稿「随想 マリナーとピノックを聴いて」で、私は「マリナーはどちらかというと嫌いの部類に入る」と書き、「『ではマリナーの代表盤は何か』と問われても、これというものを出せる人は少ないでしょう。」とも書きました。そんな私が、もしマリナーで一枚選べと言われたら、迷わず選ぶのがこのディスク、それもロージメードル前奏曲なのです。

 弦楽合奏曲です。まず低弦のひそやかなピチカートで始まって、すぐヴァイオリンで奏される旋律はどことなく人なつっこいようで、心の奥を包むように聴き手を捉えます。続いて低弦から始まる第2の旋律はより穏やかで浪々として美しいものです。2つの旋律どちらもが秋の落日に枯れ野をみるような侘びしさでもあり、郷愁でもあります。この二つの旋律がからみあい、表となり裏となり、寄り添い、次第に最高潮に達して、やがて終結していく。そんな演奏時間わずか4分足らずの小曲です。

 一度聴いたら忘れられないこの佳品は、当時大学生であった私を強くとらえ、1980年の大学オケの定期演奏会で取り上げました。著作権料を払うための申請をしたところ、申請当時では演奏された記録がないとの著作権協会の話でしたので、日本初演かもしれない、と私たちは色めき立ったものです。今はネットで検索すると様々なオケでのアンコールピースで演奏されているようです。(因みに私が担当していたセカンドヴァイオリンでは、これらの美しい旋律を担当する部分がほとんどなく、恨めしく思ったものです。)

 さて、この弦楽合奏曲は(アーノルド・フォスター編)となっていることから分かるように、元々はオルガン独奏曲であったものを編曲しています。吹奏楽版もあるようです。原曲のオルガン版が聴けないものかとずっと思っていましたら、ナクソスから出ました。

CDジャケット イギリス・オルガン音楽集第2集

エルガー(アトキン編):オルガン・ソナタ第2番変ロ長調作品87a
パリー:古いイギリスの調べによるコラール幻想曲
エルガー:賛歌 作品3
ハウエルズ:高遠なる儀式のためのシチリアーノ
ホイットロック:プリマス組曲
ヴォーン=ウィリアムス:ウェールズの讃美歌の調べによる3つの前奏曲
 ブライン・カルファリア
 ロージメードル
 ハイフライドル
サムション:間奏曲、儀礼的行進曲
ドナルド・ハント オルガン
録音:1991年10月、イングランド、ウースター大聖堂
ナクソス(輸入盤 8.550773)

 私は弦楽合奏版で聴いているので、オルガン原曲を聴いてもまったく違和感がありませんでした。上述のマリナー盤は現在カタログにはなく、他に弦楽合奏版のディスクが見つからないので、現時点で入手しやすいディスクの一つだと思います。

 ここでは「ウェールズの讃美歌の調べによる」となっています。つまり、ロージメードル前奏曲はウェールズの讃美歌の旋律に基づいて書かれた曲ということになります。

 ロージメードル(Rhosymedre)という名前は何に由来するのか、私が調べた範囲ではよくわかりませんでした。ウェールズ英国国教会の教区(diocese、主教管区?)の一つであるセント・アサフ(St. Asaph)にロージメードル教区(the Parish of Rhosymedre)というのがあります。ウェールズの地図で調べてみるとレクサムという市にあるようです。ロージメードル前奏曲の原曲がここで歌われているものかどうかはわかりませんでした。

 ウェールズは連合王国であるイギリスにあって、ケルト民族が起源であり、元々はウェールズ語という英語とは文法も異なる言語を話していたそうです。16世紀にイングランドに併合されてから、ウェールズ語は禁止されていましたが、1967年に公用語として復活しています。イングランド併合後、宗教も英国国教会が主となりましたが、それ以前からカソリックがウェールズには根付いていたそうです。そして非国教徒たちは英国国教会以外の教会に集って、ウェールズ文化を守ってきたといいます。そこで歌われた讃美歌はウェールズ人が作った曲が使われていたといいます。おそらくロージメードル前奏曲の原曲もそのうちの一曲だったと思います。なお、ロージメードル前奏曲は、ロシメドル前奏曲とも称されることがあります。これがウェールズ語由来の発音なのかどうかはわかりません。

 ちなみに、ラルフ・ヴォーン=ウィリアムスは1872年にグロスターシャー州のダウンアンプニーで生まれました、グロスターシャー州はイングランドですが、ウェールズに隣接しています。

 ロージメードル前奏曲はたった4分ほどの小曲です。しかし、そこには尽きせぬ魅力があると思います。

 

2007年2月15日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記