「わが生活と音楽より」
もう少し、サンパウロ交響楽団を聴く

文:ゆきのじょうさん

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 先の拙稿「サンパウロ交響楽団を聴く」の末尾で、ネシュリング指揮のベートーヴェンは「田園」がブラジル本国でリリースされているので、注文したことを触れました。ついでに頼んだもう一枚と合わせてちゃんと届くのか心配でしたが、先日、地球の裏側から到着しました。比較的簡易な包装だったので、CDケースは見事に破壊されていましたが(苦笑)、肝腎のCDと解説書は無事でした。いそいそと新しいケースに入れ替えながら聴いてみると、これは紹介せずにはおれないと思ったので、しつこいようですが採り上げた次第です。

 

 

CDジャケット

ベートーヴェン:
序曲「献堂式」 作品124
交響曲第6番 ヘ長調 作品68「田園」

ジョン・ネシュリング指揮サンパウロ交響楽団

録音:2005年9月15, 17日、サラ・サンパウロ
伯Biscoito Classico(輸入盤 BC222)

 ネシュリングの指揮でのベートーヴェンとしては、4枚目となります。配置はその前の第5、第7から採用されたヴァイオリン両翼配置です。最初はなんと序曲「献堂式」。いままで「コリオラン」「エグモント」と序曲を録音してきたので、今度は「フィデリオ」か「レオノーレ」第3、あるいは「プロメテウスの創造物」あたりかと思ったら、意表をついて比較的録音されることの少ない「献堂式」を採り上げたのには、思わずにんまりとしました。冒頭からスケールが大きく堂々としており、続くファンファーレの響きも品よく突き抜けています。主部に入ってのフーガのテンポも適度に加速されており、決めるところはアタックも強く決めているので、曖昧なところはありません。こういうフーガのような構成の曲については、私個人はルドルフ・ケンペの指揮が最高であると確信(?)しているのですが、ここでのネシュリングの指揮も実に素晴らしいです。「献堂式」がこんなに楽しい、素晴らしい曲であることを再認識させられました。この演奏だけでも、このディスクを買った甲斐があったと思います。

 さて、次は「田園」です。今までに聴いた第1、第2、第4、第5、第7、第8と比べて、「田園」は方向性がやや異なり、誤魔化しができない難曲だと思います。このコンビがどのように演奏するのか、楽しみにしていました。

 第一楽章のテンポは速めで始まりますが無闇にインテンポなのではなく、フレーズの最後は軽くリタルダントが入るのは好ましく感じました。音量が増すと厚みが出てきますが、音楽は心地よく前に突き進んでおり、まさに「田舎に到着して愉快な気分」にぴったりです。特に聴き惚れたのは、木管パートの刻みの良さで、決して名人芸というわけではないのですけど、爽やかに吹き抜ける風のような演奏をしています。提示部の反復の後は音楽がぐんぐん高まってくるのが伝わってきます。弦楽器パートのニュアンスも豊かでわずかなテンポの揺らめきもとても自然です。この第一楽章だけで私は完全にノックアウトされてしまいました。こんなに演奏者達の気持ちがストレートに感じることができる演奏も最近なかったな、とつくづく思い至ります。「英雄」はともかく、「田園」は、正直このコンビではどうなのかと疑っていた自分が恥ずかしいくらいです。

 第二楽章は病的な弱音ではなく、誠に健康的なしっかりとした音で始まります。それにしても、各パートの迷いのない歌い方には感動を覚えます。どれも洗練されているとは言えないのですけど、何を表現したいのかが痛いほど分かります。最後の鳥のさえずりの部分は、やりすぎではないかとすら思うような気持ちの込め方です。

 第三楽章は、このコンビのいつもの美点が余すところなく出ています。浮き立つような躍動感は、快速テンポでも息が詰まるような印象を与えません。あっという間に第四楽章に突入して、嵐は怒濤のように押し寄せますが、ただ無鉄砲に大音響を轟かせているわけではなく、厚みのあるしっかりとした演奏です。終楽章はアレグレットのはずですが、比較的速めのテンポが選ばれています。したがって、嵐の後の穏やかさよりも、感謝と喜びの感情が前面に出ているとも言えます。途中からテンポはやや緩められて、第一、第二ヴァイオリンの掛け合いがありますが、このときの第二ヴァイオリンのニュアンスが強烈です。これ以降、指揮者とオーケストラが燃えに燃えてくるのが分かります。このあたりはほとんど編集されていないようで、多少アンサンブルが乱れますが、それが欠点とは思えない燃焼度です。コーダの最後での弦楽合奏は柔らかいレガートがかけられて、聴き手に平穏をもたらし、すてきな終幕を引いてくれます。十分な間をもって入る拍手が盛大で歓声も聴き取れますが、下品なブラボーや叫びはなく、聴いていても気分がとてもよいです。

 ネシュリング指揮サンパウロ交響楽団のベートーヴェンの最新作は、期待に違わぬというか、期待以上の演奏でした。サンパウロ交響楽団として残るは「英雄」だけなのですが、個人的には、ミンチュク指揮のディスクがあるものの、ネシュリング指揮で「合唱付き」も録音してほしいと願わずにいられません。

 この「田園」を注文する際に新譜として案内が出ていたので、一緒に購入したディスクがあります。それがこれです。

 

 

CDジャケット

チャイコフスキー:
交響曲第1番 ト短調 作品13「冬の日の幻想」
幻想序曲「ロミオとジュリエット」

ジョン・ネシュリング指揮サンパウロ交響楽団

録音:2006年4月27-29、8月24-26、サラ・サンパウロ
伯Biscoito Classico(輸入盤 BC225)

 今度は、意表をついてチャイコフスキーです。しかも後期ではなく第1番というのも面白い選曲です。カップリングは「ロミオとジュリエット」ですが、作曲時期が近いので選ばれたのでしょうか?

 ここまでこのコンビのディスクを聴き込んでくると、正直「ここは、こんな風に演奏するな」と想像できるようになります。それでも飽きることはなく、楽しんで聴くことができます。全体を通じて感じるのは、演奏が「元気」なことです。速いところはノリノリで演奏し、ゆっくりなところは綿々と歌います。もちろん構成はしっかりとしており、曖昧なところはありません。金管もここぞとばかり咆哮しても、昔の軍楽隊のような「ブンチャカ」という音ではなく深さがあります。

 「冬の日の幻想」の第一楽章冒頭も、弦の刻みは実にスピード感があります。それ故に刻みが細かくなり、アタックが繰り返されても実に自然につながり、木管によるテーマとの対照が際だちます。ロシア民謡風の旋律といいますが、ブラジルのオーケストラとのミスマッチがあるのかどうか、そんな聴き方はどうでもよくなってきてしまいます。第二楽章の最初は、同じ作曲家の「弦楽のためのセレナーデ」を聴いているような気持ちになります。オーボエから始まる哀愁がこもる旋律は、チェロに受け渡されると自然に身体が揺れてくるような情緒が満載となります。スケルツォの見事な弾みぶりは、もはや言うことはなく、最終楽章はまさに元気いっぱいの演奏、それでいて、はしたなく転がっていくのではなく、ネシュリングはしっかりテンポを保ちながら堂々たる終結を見せてくれます。

 「ロミオとジュリエット」は冒頭の弱音部から弦楽器がしっかり弾いて音を出しています。やがて盛り上がってきてティンパニが雷鳴のように轟き、主部に入るとまだアクセル全開にはならず、落ち着いたテンポを保ちます。次第に盛り上がってくると実にリズム感のよい刻みが始まります。このあたりは本当に聴いていて爽快感がでてくる演奏です。甘い旋律の第2主題は、あっさりと演奏されますが、醒めているわけではありません。その後二つの主題が交錯しながら盛り上がってくると、指揮者もオーケストラも高揚してくるのが手に取るように感じられます。繰り返される第2主題も雰囲気が満点です。終結部も無闇に遅くなるわけではなく、推進力があり、実に堂々たる締めくくりを迎えます。

 

 

 

 一連のディスクを聴き通してみると、何だか元気をもらったような感じがしてきます。あれこれ細かいことは言わない、殊更に新機軸を聴き手に押しつけようとはしない、ただ自分たちが演奏していて心地よく楽しい音楽をしようと言う気概が透徹していると思います。これを、やれ深みが足りないとか、やれ精神性が、と注文するのは簡単です。しかし、ただリズム感だけが優れているというだけでは勝負できない「田園」でもこれだけ立派な演奏をして、チャイコフスキーではお約束なところはきちんと決めながら、ただの通俗的な演奏に終わらないのも、この音楽家としての気概があればこそではないかと、私は考えます。

 これで、ますますこのコンビの来日が楽しみになってきました。都合さえつけば、全プログラムを聴いてみたいと思っています。

 

本編はこちらです。

 

2007年10月13日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記